基本合意書(MOU)とは?M&Aで締結する目的・留意点を解説
⽬次
- 1. 基本合意書とは
- 2. 基本合意書の法的拘束力
- 2-1. 法的拘束力を付与する条項
- 2-2. 法的拘束力を付与しない条項
- 3. 基本合意書を省略することはできるのか
- 3-1. 独占交渉権
- 3-2. 秘密保持義務
- 4. 基本合意書の内容
- 4-1. スキームの概要
- 4-2. 譲渡価格の概算
- 4-3. スケジュール
- 4-4. デューデリジェンス(買収監査)の実施・役員の処遇
- 4-5. 保証債務の解消等
- 4-6. 独占交渉権の付与
- 4-7. 秘密保持義務の設定
- 4-8. 一般条項
- 5. 基本合意書と意向表明書の違い
- 6. 基本合意書と最終契約書の違い
- 7. 終わりに
- 7-1. 著者
M&Aにおいて基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。
本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。
基本合意書とは
基本合意書は、M&Aの交渉段階において譲渡側、譲受け側の両者が締結する合意文書を指します。
中小企業のM&Aでは譲渡側(売り手)、譲受け側(買い手)双方の意思決定者は、トップ面談と呼ばれる面談で初めて顔合わせを行います。
面談は交渉の場ではなく、お互いの人間性や企業文化、ビジネスへの理解を深め、疑問点を解消する機会として活用されます。
面談を通じて両者が「M&Aに向けて交渉を進めたい」という意向が一致すると、M&A対価の概算や役員の処遇などM&Aの基本的な条件のすり合わせが行われます。
そして、ある程度条件が固まった段階で、その時点での譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)の合意事項を確認し、いくつかの基本事項について合意するために、契約が書面により締結されます。それが本記事のテーマでもある「基本合意書」です。
英語では「Letter of Intent」や「Memorandum of Understanding」と呼ばれ、それぞれ「LOI」「MOU」といった略称が用いられることもあります。
基本合意書の法的拘束力
原則として、契約を締結するとその合意には法的な拘束力が生じます。法的拘束力のある条項に違反した場合には、損害賠償責任を負う可能性があります。
基本合意書は譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)で合意した内容を書面にした契約であるため、何も規定しなければ法的拘束力が生じます。
しかし、基本合意の段階では、法的拘束力をすべての条項に及ぼすことはまれであり、一部の条項にのみ法的拘束力を限定します。
法的拘束力を付与する条項
基本合意書の中で、法的拘束力を付与すべき条項で特に重要なものは、以下の2つです。(詳しくは後述の「基本合意書の省略」をご参照ください。)
②秘密保持義務
その他、
④合意書の効力等に関する条項(有効期限・譲渡禁止・法的拘束力)
⑤一般条項の一部(費用・合意管轄等)
に法的拘束力を付与する場合もありますが、どの条項に法的拘束力を付与するかについては、案件の内容により異なります。
法的拘束力を付与しない条項
基本合意書は前述の通り、譲受け側が行うデューデリジェンス(買収監査)の前に締結されます。
譲受け側(買い手)にとっては、デューデリジェンス(買収監査)を通じて対象企業の内部情報を把握する前に、条件面について法的な義務が生じる約束をすることは困難と考えられます。
そのため、法的拘束力を付与すべき事項以外は、法的拘束力を付与せず柔軟に記載することになります。
なお、法的拘束力を付与しない条項がある場合、契約書に規定する必要がありますが、具体的には下記のような条項を入れることになります。
第〇条 売主及び買主は、本合意書のうち第〇条乃至第〇条についてのみ法的拘束力を有し、その他の条項については法的拘束力を有しないものであることを確認する。
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基本合意書を省略することはできるのか
基本合意書は最終契約書に先立つ前座的な立ち位置であるため、中小企業のM&Aでは、「その後すぐに最終契約書を締結するのに、短期間に2度の契約が必要なのか」「ほとんどの条項に法的拘束力がない基本合意書を締結することに、そもそも必要性を感じない」などの声が当事者から上がるケースも少なくありません。
結論から申し上げますと、原則として基本合意書を省略するべきではありません。
その理由は、前述「法的拘束力を付与する条項」でご紹介した「①独占交渉権」と「②秘密保持義務」にあります。それぞれについて見ていきます。
独占交渉権
M&Aを進める過程では、譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)双方ともに多くの時間と労力、そして費用を費やします。
特に譲受け側(買い手)は、基本合意書の締結後にデューデリジェンス(買収監査)へ協力することになります。
デューデリジェンスは、対象企業のリスクや資産価値を正確に把握するために、譲受け側(買い手)が外部の公認会計士や弁護士等の専門家に依頼して、実査やレポーティングを行います。監査する対象範囲によって異なりますが、数百万~一千万単位の費用がかかる場合があります。
このようなデューデリジェンス(買収監査)が開始されてから、もし一方的に交渉が打ち切られると、譲受け側(買い手)としては監査費用が無駄になり、多大な損害を被ることになります。
基本合意書に規定していなければ、譲渡側(売り手)が第三者と交渉しても契約違反には問えず、法的拘束力を付与していなければ損害賠償請求もできません。(契約締結上の過失などの理論に基づいて一定の損害賠償請求が認められる可能性はありますが、困難であると考えられます)。
そのため、譲受け側(買い手)はデューデリジェンス(買収監査)を始めるにあたり、独占交渉権の付与を受ける必要があります。
秘密保持義務
一般的にM&Aを検討するにあたり、基本合意の前段階で秘密保持契約を締結しますが、M&Aを支援する仲介会社との契約であるなど、譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)当事者間の契約ではない場合や、秘密情報の内容に変更が必要な場合があります。
そのため、改めて基本合意書において秘密保持条項を定め、基本合意が秘密保持契約を兼ねるケースが一般的です。
M&Aに関する情報の漏洩は、従業員や取引先の不信感を招き、最悪の場合は従業員の退職や取引の打ち切り等、譲渡企業の経営に深刻な影響を与えることになります。
デューデリジェンス(買収監査)で多くの秘密情報を提供する譲渡側(売り手)は、秘密が守られる保証がなければ安心して情報を提供することはできません。
譲受け側(買い手)としても、譲渡側(売り手)に安心してもらうことで、デューデリジェンス(買収監査)において積極的な協力を獲得し、結果リスクの把握がしやすくなることから、秘密保持義務について明確にしておく必要があります。
以上の理由で「独占交渉権」「秘密保持義務」の2点は基本合意書の中で最重要項目になるため、法的拘束力を付与した形で合意することが一般的です。
中小企業M&Aにおいて、これら2点を約束せずにデューデリジェンス(買収監査)に進むことは実務上ほとんど無く、原則として基本合意書を省略するべきでないとする理由です。
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基本合意書の内容
それでは基本合意書では、具体的にどのような項目が記載されているのでしょうか。
一般的には前述の「独占交渉権の付与」「秘密保持義務の設定」のほか、「M&Aのスキーム(手法)」「株価」、「スケジュール」「対象会社の役員についての処遇」「辞任する場合の退職慰労金の有無」などについて定めます。
その他「従業員の雇用維持」「辞任役員の引継ぎ」「取引先からの承諾の取得」「不動産の売買」「役員借入金の返済」など必要に応じて任意に定めます。
基本合意の段階で、詳細な条件まで設定できている場合は、その後最終契約に向けてM&Aの実行がスムーズに進む傾向にあります。
主な項目について、それぞれご紹介していきます。
スキームの概要
本記事では「株式譲渡」の場合を想定してご紹介していますが、M&Aのスキームはその他に「事業譲渡」「合併」「会社分割」等の形態があり、どの形態(スキーム)で行うかを定めます。
ただし、スキームは買収監査の結果、具体的なリスクの指摘内容により変更される可能性もあるため、協議の上で変更ができるようにしておくケースが一般的です。
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譲渡価格の概算
譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)が基本合意の時点で合意した金額、または算出根拠を定めます。
対象企業の役員への退職慰労金を含めた価格とする場合は、その旨も明記しておきます。
譲渡側(売り手)、譲受け側(買い手)ともに譲渡価格は交渉を進めるかどうか検討するにあたっての重要な考慮要素であり、基本合意に記載の譲渡価格が最終契約の交渉のベースになるため、金額はできる限り特定して記載すべきです。
「スキームの概要」と同様、デューデリジェンス(買収監査)の結果を踏まえて調整が必要な場合もあるため、変更ができるようにしておきましょう。
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スケジュール
例えば、基本合意後のデューデリジェンス(買収監査)実施の日程や、最終契約締結及び株式譲渡実行等に係るスケジュールを定めることができます。
しかし基本合意の時点ではあくまで「この日程で進めたい」という両者の確認の意味合いで記載し、法的拘束力はもたない条項とするケースが一般的です。
案件によっては、決算や連結処理にあわせるために譲渡日が限られることがありますので、早めのスケジュールをたてて、関係者全員で理由とともに共有しておくことが円滑に進めるキーとなります。
デューデリジェンス(買収監査)の実施・役員の処遇
デューデリジェンス(買収監査)は対象企業のリスクや資産価値を正確に把握するために、譲受け側(買い手)が公認会計士や弁護士等の専門家に依頼して行われます。譲受け側(買い手)は監査に多くの時間と費用をかけることになるため、基本合意書には譲渡側(売り手)がこれに協力するよう定めます。
また、後継者不在を理由とする事業承継型M&Aでは、譲渡側(売り手)が早期の引退を希望しているケースも多く、役員の処遇は非常に重要な規定になります。対象企業の役員について留任か辞任か、辞任する場合は退職慰労金の有無についても定めます。
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保証債務の解消等
譲渡側(売り手)の債務に関わる個人保証の解除は、中小企業のM&Aでは対価に近い性質を持ち、必ずと言って良いほど定められる条件です。
まれに、保証債務がないという理由で項目を削除したいという要望が上がるケースもありますが、保証債務の有無については慎重に確認する必要があります。
原則として監査前の基本合意段階で「保証債務がない」と判断するべきではありません。譲受け側(買い手)に保証債務解除の必要性を認識してもらうためにも入れておくべき条項になります。
独占交渉権の付与
前述の「独占交渉権」にて、独占交渉権付与条項の必要性を記載していますが、一方で、譲渡側(売り手)からすると独占交渉権を付与することにより、譲渡側(売り手)は期間中、他の譲受け側(買い手)候補と自由に交渉することができなくなります。
譲渡側(売り手)としては、できるだけ多くの譲受け側(買い手)候補から最も有利な条件を提示する企業と交渉をしたいと考えるため、譲渡側(売り手)をあまりに長期間拘束することがないよう、独占交渉期間は2か月~6か月程度にするケースが多く見られます。
秘密保持義務の設定
譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)双方が、M&Aを進める過程で知りえた一切の情報を、M&A以外の目的に利用したり、第三者に開示したりすることを禁止します。秘密保持義務の必要性については、前述の「秘密保持義務」をご参照ください。
通常は、契約終了後も一定期間は秘密保持義務が継続すると規定します。
一般条項
契約書の最後に置かれる一般条項は定型的な内容となり、交渉の対象となることは多くありません。
例えばデューデリジェンス(買収監査)や投資銀行などのファイナンシャル・アドバイザーへの報酬等の費用は、費用を支出した当事者が各自それぞれに負担するという費用負担の規定や、基本合意に関する紛争について第一審の専属的管轄裁判所を合意する規定等を置きます。
基本合意書と意向表明書の違い
意向表明書は、譲受け側(買い手)が譲渡側(売り手)に対し、一方的に譲受けの意思と希望条件を伝える差入形式の書面です。
譲渡側(売り手)、譲受け側(買い手)双方が合意して締結する基本合意書とは異なります。
通常、基本合意書では独占交渉権の規定が置かれているため、基本合意書の締結後は譲受け側(買い手)を1社に絞って交渉を進めていくことになります。
しかし譲受け側(買い手)候補者が複数競合している場合は、意向表明書にて条件をそれぞれ提示してもらい、交渉を進める買い手を絞り込んでもらう目的で意向表明書が用いられます。
また、中小企業M&Aの場面でも、譲受け側(買い手)が上場企業の場合には、金融商品取引所の規則に基づく適時開示義務の関係で、基本合意書でなく意向表明書が活用されます。
適時開示義務とは、上場企業等がM&Aを業務執行機関で決定した場合は、軽微基準に該当する場合を除き、直ちに内容を開示することを求めるものです。会社情報適時開示ガイドブックによれば、「単なる準備行為」や「成立の見込みが立つものでないとき」にまで開示を求めるものではないとされています。
M&Aは従業員や取引先、株価等に大きな影響を与えるため、取引が成立するか分からない初期の段階で公表することは避けたい、と考えるのが通常なので、上場企業にとって適時開示義務の対象となるか否かは極めて重要な問題です。
この点、意向表明書は譲渡側(売り手)が秘密保持義務と独占交渉権についてのみ約束する場合はあるものの、その他の条件については合意していないので、取引成立の見込みは低いとして適時開示が不要と解される可能性があります。
このため、上場企業では、基本合意書ではなく意向表明書を用いて交渉を進めていくケースも見られますが、形式的に意向表明書であれば開示が不要とされるのではなく、実質的な判断を伴うため、案件に応じて慎重に検討していく必要があります。
基本合意書と最終契約書の違い
最終契約書にはデューデリジェンス(買収監査)の結果を反映して、譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)が最終的に合意したすべての条件を定めます。
基本合意書は条件面については法的拘束力を付さないことが一般的ですが、最終契約書では譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)双方に契約を履行させるため、違反した場合には損害賠償請求をできるようにしておく必要があるので、法的拘束力を付しています。
意向表明書 | 基本合意書 | 最終契約書 | |
---|---|---|---|
締結時期 | 基本合意前 | 買収監査前 | 買収監査後 |
形式 | 差入形式 | 両者押印 | 両者押印 |
法的拘束力 | なし | 一部あり | あり |
M&Aの最終契約書とは?ポイントを専門家が解説!
本記事ではM&Aの最終段階において締結される最終契約書のポイントについて、M&Aの専門家がわかりやすく解説します。日本M&AセンターではM&Aに精通した公認会計士・税理士・弁護士など専門家を含めた盤石の体制で安全・安心のM&Aをサポート致します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。無料相談はこちらM&Aの最終契約書とはM&Aにおける最終契約書(DefinitiveAgreement、通称「
終わりに
以上、基本合意書の概要についてご紹介いたしました。
基本合意書作成に当たっては、一部の法的拘束力を付与するべき条項に注意することはもちろんですが、法的拘束力を付与しない諸条件、特に譲渡対価算定の根拠となる条件や譲渡の前提条件についてもしっかり記載すべきです。
デューデリジェンス(買収監査)前の段階での譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)の合意事項を再確認することで、その後の交渉がスムーズに進みやすくなりますし、当該合意が最終契約の交渉の際のベースになることから内容が詳細であればあるほど、譲渡側(売り手)と譲受け側(買い手)双方に心理的な拘束力が生じ、成約する確率が高まります。
他方で、基本合意段階で詳細に全ての条件を決定しようとすると基本合意段階で交渉が止まってしまう可能性がありますので、取捨選択がされたメリハリのある合意書を作成することが望ましいでしょう。