契約締結前の最終条件調整。押さえておきたいポイント
⽬次
- 1. 最終条件の交渉とは
- 1-1. 最終条件の交渉のタイミング
- 2. 譲渡側(売り手)が意識しておくべきポイント
- 2-1. 希望条件に優先順位を付ける
- 2-2. 譲渡タイミングを逃さない
- 2-3. 最終判断はオーナーが行う
- 3. 譲受側(買い手)が意識しておくべきポイント
- 3-1. M&Aにリスクはつきものと割り切る
- 3-2. M&A後の「社長」の処遇に注意する
- 3-3. 将来ビジョンを持ち、PMIを想定すること
- 4. 最終条件の調整内容
- 4-1. 最終条件の決定
- 5. 細目事項の決定
- 6. 終わりに
- 6-1. 著者
M&Aの最終契約に盛り込まれる事項は多岐に渡ります。ここでは、最終条件の交渉を行う上で、主要な事項及び細目事項をご紹介します。
最終条件の交渉とは
最終契約書が締結されて、M&Aは実行フェーズにうつります。株式譲渡のスキームにおいて締結される株式譲渡契約書は、株式と代金を交換して、経営権を移譲することを目的としています。
また、それに伴いM&Aで譲渡側(売り手)、譲受側(買い手)がそれぞれ実現したいことを果たすための双方の権利義務を定めています。場合によっては双方の意見が重ならず、最終局面でやむなく破断となる可能性もあります。また、成約に至ったとしても、一方にとって著しく不利な内容である場合には、事後的にトラブルに発展したり、禍根を残してしまうケースもゼロではありません。
最終条件の交渉では、お互いにM&Aを目指す理由・目的を改めて確認し、それぞれが譲れない条件をしっかりと主張するとともに、相手方の主張内容やその背景、事情にも配慮した上で、交渉を進めていく必要があります。
また、円滑なPMIのため、M&A実施後の運営体制や統合戦略もこの段階から検討します。
最終条件の交渉のタイミング
最終条件の交渉はデューデリジェンス(買収監査)の後から開始されます。デューデリジェンス(買収監査)が終了すると、通常7~10日後に監査を実施した監査法人から「買収監査報告書」が提出されます。
基本合意契約のときに株価を決めるベースとなった「修正貸借対照表」と「買収監査報告書」との間には乖離がある場合があります。その乖離を1点ずつ検討して最終的な株価を決定します。乖離の中には明らかに決算書が間違っていた、という項目もありますが、視点の違いや評価基準の違いによる乖離も多いです。これらはどちらが正しいと一概に言えるものではないので、慎重な調整が必要です。
譲渡側(売り手)が意識しておくべきポイント
最終条件の交渉を行う上で、譲渡側(売り手)が意識しておくべきポイントは大きく以下の3点です。
希望条件に優先順位を付ける
譲渡側(売り手)が希望する条件項目は、希望株価、従業員の処遇維持、既存取引先との取引継続など複数に及ぶことが一般的です。希望条件の全てが満たされるに越したことはありませんが、譲受(買い手)候補企業にも同じく希望条件があるため、現実的には全ての要求が通ることはありません。
最終条件の交渉に当たり、自身の価値観に照らして、希望条件の優先度を明確にすることが重要です。M&Aを成立させ、その後のPMIを成功させるためには、本当に自らが譲れない条件以外は、時として譲受け候補企業の主張も受け入れる姿勢も非常に重要となります。
譲渡タイミングを逃さない
条件交渉の終盤になればなるほど、譲渡側(売り手)オーナーは「このM&Aを成約しても良いんだろうか。」と思い悩み、考え直すことがあります。「業績もいいし、もう少し待ったら、もっといい条件の買い手がでてくるのではないか。」といった欲がでてくるのです。
譲渡タイミングを検討する上では「業界」と「会社」が成長期にあるタイミングがベストと言われています。それを逸したタイミング(成長鈍化、業績下降)では好条件は期待できません。オーナーが「もったいない」「手放すのが惜しい」と思える会社だからこそ、譲受(買い手)候補企業が手を挙げるものと理解することが肝要です。
最終判断はオーナーが行う
M&Aの意思決定は譲渡側(売り手)オーナーにとって重圧の掛かる決断となります。株を保有しているかどうかを問わず、親族や役員、顧問税理士に相談を求めるケースがありますが、時に各立場での意見・アドバイスが場を混乱させ、まさに「船頭多くして船山に上る」という状態に陥ることがあります。
この状態が続けば交渉が長期化し、場合によっては譲受け候補企業が痺れを切らして検討を辞退する可能性もあります。最後は譲渡側(売り手)オーナー(筆頭株主)が決断するという覚悟を持って、最終条件の交渉に臨みましょう。
譲受側(買い手)が意識しておくべきポイント
最終条件の交渉を行う上で、譲受け候補企業側が意識しておくべきポイントは大きく以下の3点です。
M&Aにリスクはつきものと割り切る
最終条件の交渉では、基本合意契約の内容と買収監査の結果の間で差異があったものを中心に調整することになります。譲受(買い手)候補企業の中には、投資リスクへの恐怖心から、些細な問題点にまで執着し、譲渡側(売り手)へ過度な要求を行う場合があります。
M&Aではいくらリスク軽減策を検討しても、投資リスクをゼロとすることは不可能です。リスクがあるからこそリターンがあると割り切り、最終条件の交渉においては、自社のリスク回避と譲渡側(売り手)との信頼関係のバランスを意識しましょう。
M&A後の「社長」の処遇に注意する
M&A後の旧経営陣の処遇は重要な課題です。譲受(買い手)候補企業にとっては、買収後こそがM&Aの勝負になります。買収後にきちんと得意先や技術の引継ぎが行われて、順調に利益が上がらないと買収の目的を果たすことはできません。
譲渡企業の多くは、社長自身が得意先、従業員、技術等に極めて大きな影響力を持っています。従って、M&A後にうまく会社を引き継いで、譲渡企業の従業員や取引先に感謝されながらも、いま以上の利益を上げていくためには、譲渡企業の社長の協力が必要不可欠な場合が多いです。
最終条件の交渉における旧経営陣の処遇については、尊厳を守り、自発的な協力を促すものとなる様、細心の注意を払いましょう。
将来ビジョンを持ち、PMIを想定すること
円滑なPMIのため、M&A実施後の運営体制や統合戦略も最終条件の交渉のタイミングで検討します。買収は企業成長の手段であり目的ではありません。両社が更なる飛躍を遂げられる様、買収日当日からスムーズに統合作業が開始できることが望ましいです。
戦略なきM&Aは必ず失敗します。買収によってどういう展望が描けるのか、それを確実に実現するために新役員体制はどうあるべきか、譲渡企業従業員や取引先へはどのように開示すべきか、など最終条件の交渉とともに真剣に検討しましょう。
最終条件の調整内容
最終契約に盛り込まれる事項は多岐に渡ります。ここでは、最終条件の交渉を行う上で、主要な事項及び細目事項を紹介します。
最終条件の決定
最終条件の決定を行うために、次のような事項について決定しなければなりません。主な内容としては下記になります。
スキーム | 株式譲渡、事業譲渡など、どの手法でM&Aを実施するかを定めます。 |
株価 | 買収監査の結果も踏まえ、最終的に株価を決定します。 |
退職金 | スキームによって退職金についての扱いも異なってきます。ちなみに株式譲渡では、株価+退職金が譲渡価格となります。 |
資本提携日 | 資金決済日と同一となります。 |
譲渡代金の支払い方 | 買い主から売り主の指定口座に送金する方法が一般的です。場合によっては、エスクロー(第三者となる金融機関が入り譲渡代金を決済する方法)などの条件を定めます。 |
従業員の処遇 | M&A後の譲渡企業の従業員・社員の処遇を定めます。全員引き受ける条件にするケースが一般的です |
譲渡企業社長の処遇 | 譲渡企業社長の尊厳を守り、自発的な協力を促す処遇にすることが大切となります。 |
譲渡企業社長の連帯保証、担保提供の解除方法 | 譲渡企業社長が連帯保証人の地位から外れ、担保提供を解除するための手続きを定めます。「買い手が売主の連帯保証と担保の差し入れの解除に責任を持つ」旨の条項を入れることが一般的です。 |
細目事項の決定
企業を引き継ぐためには決めておかなければならない細かいことがたくさんあります。それらを総称して「細目事項の決定」と呼びます。
細目事項の一例
- 譲渡企業の社長が趣味で集めた絵画の取り扱い
- 譲渡企業の、贅沢すぎる社有車・骨董品・ゴルフ会員権・別荘などの処分方法
- 譲受候補企業から譲渡企業に派遣される役員
最終契約締結前にきちんと決定しておくことが、M&A成立後にトラブルが起きることを防ぐために重要です。
終わりに
以上、最終締結前に押さえておきたいポイントをご紹介しました。締結後もスムーズに歩みを進めるために、妥協することなく、きちんと互いの条件を確認しあう最後のフェーズとして慎重に進めていきましょう。