会社売却後の役員退職金、従業員退職金はどうなる?
⽬次
- 1. 退職金とは
- 2. 役員退職慰労金とは
- 3. 会社売却を株式譲渡で行った場合の退職金
- 3-1. 従業員退職金
- 3-2. 社長・役員の退職金
- 4. 会社売却を事業譲渡で行った場合の退職金
- 4-1. 従業員退職金
- 4-2. 役員退職慰労金
- 5. 退職金への課税
- 6. 税率・税額の計算方法
- 7. 会社売却における退職金に関する注意点
- 7-1. 損金算入条件を確認する
- 8. 資金繰りに影響が出ないように注意する
- 9. 終わりに
- 9-1. 著者
会社売却後に退職する場合、退職金はもともとの規定が引き継がれるのでしょうか。支払われる金額や方法、時期などに変化が生じるのでしょうか。
本記事では、会社売却にともない退職者が出た場合の従業員や役員の退職金、注意すべきポイントについて解説します。
退職金とは
退職金とは、従業員の退職時に雇用主である会社が支払う金銭のことで、通常の給与や賞与とは別に支給されるものです。
退職金制度の導入は法律上の義務ではありませんが、人材確保、早期離職に対する抑止力、従業員などのモチベーション向上などの観点から、多くの企業において導入されています。
退職金制度を導入している場合には、就業規則や退職金規程などで定めた要件を満たす従業員が退職する際には、退職金を支払う義務が発生します。
退職金は賃金と同じく労働者の債権となるため、資金不足など会社の事情により支払わなくても済むということにはなりません。
役員退職慰労金とは
役員退職慰労金とは、取締役や会計参与および監査役など役員の報酬に該当し、役員が退任時する際に支払われます。
その支給については定款に定めがない限り、株主総会の決議が必要とされていますが。
しかし株主総会で個々の役員に対して判断を行うことは適さないため、支払金額や時期、方法について取締役会に一任することが一般的です。
その際、具体的な金額や時期、方法について共通の基準を定めた役員退職慰労金規程を制定し、株主総会では規程に則った支給を行うという決議が行われます。
会社売却を株式譲渡で行った場合の退職金
会社売却を行う手法(スキーム)によって、従業員との雇用関係が継続されるか、再度新たに雇用契約を行うか異なり、退職金の対応も変わります。ここでは、株式譲渡の場合と事業譲渡の場合とに分けて、従業員、役員への退職金について見ていきます。
従業員退職金
株式譲渡では、譲受け企業側に経営権が移動するものの、会社自体はそのまま存続します。雇用契約はそのまま譲受け企業に引き継がれるため、従業員はこれまで通りの労働条件で働くことが可能です。退職金制度もそのまま引き継がれることもあります。
社長・役員の退職金
中小企業のM&Aでは、社長や役員が売却後も会社に残る場合もあります。
しかし、経営陣が高齢であり、事業承継を目的とした会社売却では、一定期間引継ぎ後、社長や役員が退職する場合もあります。この場合、譲渡企業は株式総会の決議を経て、役員退職金を支払います。
ちなみに会社売却前に役員退職金を支払う場合は、オーナー経営者を含む旧株主グループが支給金額などを決定します。一方で、売却後に役員退職金を支払う場合は、株式譲渡によって新しく株主となった買い手企業側が、役員退職金の支給金額などを決定することになります。ただし、後述のように会社売却の対価の一部を役員退職金として受け取る場合には、売却前に売却後の退職金額を決めておくため、買い手側が金額を決めるというわけではありません。
会社売却を事業譲渡で行った場合の退職金
続けて、会社売却を事業譲渡で行った場合の退職金、退職慰労金について見ていきます。
従業員退職金
事業譲渡によって会社売却が行われた場合、譲渡された事業部門で働いていた従業員は買収先へ転籍することになります。そのため、売り手側の会社をいったん辞め、その後買収先の会社と雇用契約を結び直さなければなりません。
したがって、転籍する従業員に関しては、売り手側の会社を辞めた段階で会社から退職金が支給されます。ただし、買い手側への転籍でなく売り手側の会社に残ることを希望する従業員や、事業譲渡された部門以外で働いている従業員については退職しないため、退職金が支給されることは基本的にありません。
役員退職慰労金
役員は、一般的に事業譲渡にともない買い手側に移動することがないため、退職せず引き続き売り手側で業務に従事することになります。
そのため、ほとんどの場合役員退職金が支払われることはありません。ただし、事業譲渡にともない退職する役員がいる場合は、売り手の株主総会の決議を経たうえで役員退職金が支払われることになります。
退職金への課税
会社から支給される退職金にかかる税金についてご紹介します。役員報酬や給料、賞与などと同じように、退職金にも以下の3種類の税金が課税されます。
- 所得税
- 復興特別所得税(2037年まで)
- 住民税
ただし、役員報酬や給料などと大きく違うのは、分離課税として他の所得とは別個に税額を算出する点です。
役員報酬や給料などの給与所得は総合課税の対象となるため、他の所得と合算したうえで累進税率によって税額が算出されます。しかし、退職金は分離課税の対象となるため、他の所得とは合算を行いません。
税率・税額の計算方法
退職所得にかかる所得税の税率は、課税所得に応じて以下のように定められています。
課税退職所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円から194万9,000円まで | 5% | 0円 |
195万円から329万9,000円まで | 10% | 9万7,500円 |
330万円から694万9,000円まで | 20% | 42万7,500円 |
695万円から899万9,000円まで | 23% | 63万6,000円 |
900万円から1,799万9,000円まで | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円から3,999万9,000円まで | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円以上 | 45% | 479万6,000円 |
※国税庁ホームページ「退職金と税/令和5年分所得税の税額表」をもとに作成
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/02_3.htm
また、復興特別所得税は退職所得税額の2.1%、住民税は退職所得に対して一律10%と定められています。
会社売却における退職金に関する注意点
最後に、会社売却における退職金の留意点についてご紹介します。
損金算入条件を確認する
多くの企業では、役員に支払う退職金の支給額を「役員退職慰労金規程」で定めています。会社が退職した役員に対して退職慰労金を支給するためには、株主総会の決議が必要です。しかし、役員退職慰労金規程に関しては、会社に設けられていなくても役員に退職金を支給することはできます。
しかし、それでも多くの会社がこの規程を設けている理由は、退職金額が恣意的に決められ、支給後の会社経営に悪影響を及ぼすことを防ぐとともに、役員退職慰労金を税務上妥当な範囲内に収めるためです。
会社が役員退職金をどれくらい支払うのかは、会社で自由に定められます。しかし、税務上妥当な金額を超えた部分は税務調査で否認されるため、損金算入はできません。そのため、どれくらいが税務上妥当と言える金額になるのかは、一般的に「功績倍率方式」によって判断されています。
役員の退職時の報酬月額をベースに、役員の法人の業務に従事した期間や役員の職責に応じた倍率を乗じて、以下の計算式で退職金の支給額を算定する方法。
役員退職金支給額=退職時の報酬月額×役員勤続年数×功績倍率
功績倍率は会社で任意に設定できますが、税務上妥当であるかどうかの判断は、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の状況などにより、総合的に判断されるため、専門家に相談しながら決めた方が良いでしょう。
資金繰りに影響が出ないように注意する
一般的にどの企業でも、役員退職金は高額となることが多いものです。そのため、退職までの期間に退職金積立などを十分に行わない状態で退職金を支払うと、会社のキャッシュフローが悪化してしまうことがあります。こうした事態を避けるためには、役員退職金の原資をどうやって調達するのかを事前に検討しておくことが必要です。
終わりに
会社を売却する場合、これまで積み立ててきた分の退職金は買い手側に引き継がれるため、従業員や役員には規程通りの退職金が支給されます。また役員に関しては、会社売却の対価の一部を役員退職金として受け取ると、売り手も買い手も節税メリットが受けられるため、こうした点も考慮したうえで退職金額を決定することが大切となります。
退職金額の設定、節税効果などのシミュレーションには高度な専門知識が必要となるため、事前に専門会社の協力を得ておくことをお勧めします。
会社売却には、財務、労務、法務など専門的な判断が必要な場面が多々発生します。
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