コラム

海外のM&Aにおいて法務面での留意点

海外M&A

⽬次

[表示]

はじめに

日本企業がアジア諸国に進出するにあたっては、進出(会社設立・M&Aを含む)のみならず、その後の事業展開や撤退を含む、事業のあらゆる場面に関する現地法制の検討が必要となる。多岐にわたり事案によって異なるが、検討点の概要のみを述べる。

進出の方法と考慮すべき規制

企業が海外に進出する方法は、事業内容、進出目的、進出先での会社法規による規制*1や外国投資規制*2等を勘案し、100%子会社(独資)や合弁会社等の方法から選択される。

外資による出資や外資への株式譲渡には、行政当局の承認が要件とされることもある*3。

このような手続面や、税務上の観点、あるいは、後述する撤退の場面等を考え、現地法人の株式を保有するSPCの株式を取得する手法によってアジア諸国への進出を行うことも考えられる。

この他、進出に際しては現地の競争法(独占禁止法)や証券市場に関する規制の検討を要する事案もある。アジア諸国への進出にあたっては、各国に特有の規制等にも配慮を要する*4。

*1 例えば、ミャンマーでは、合併その他の組織再編に関する法規定が存在せず、M&Aの手法としては、株式譲渡、株式割当、事業譲渡に限定されている。
*2 外国投資家が投資を行う際に遵守すべきルールや得られる優遇策等を定めたもの。例えば、ミャンマーでも、2012年11月に新外国投資法が、2013年1月にその施行細則が、それぞれ制定されている。
*3 例えば、ミャンマーでも、外国投資法に基づくミャンマー投資委員会の許可を取得している外資会社の株式を外国人に譲渡するには、同委員会の許可を要する。
*4 例えば、ミャンマーへの進出では各国の経済制裁の影響の検討が必要になることもある。

事業展開・撤退で留意すべき規制

日本企業は、アジア諸国への進出の際、現地での事業運営のノウハウ・事業展開や外国投資規制等の関係から、現地のパートナーや現地での事業運営経験のある日系企業との合弁会社を形成することが多い。合弁会社の運営は、基本的には、現地の会社法規の定めに従い、各機関がその決議事項について決議要件に従った議決をして進めることになる。ただし、会社法規の定めは、構成員が真に希望するところを必ずしも反映しきれていない。そのため、合弁会社の形成にあたっては、機関設計、運営(決議事項や決議要件)、財務の管理、追加出資や貸付の条件等、日常的に生じ得る事項について、構成員間でお互いの意思をよく確認し、合弁契約書等の合意書面を作成し、その内容を実行することが望ましい。

合弁会社については、形成段階において、事業の撤退(解散・清算)についても、一定の合意をしておくことが望ましいと思われる。合弁会社の構成員の意思が対立して運営に支障を来す場合(デッド・ロック)等、合弁会社による事業遂行が困難になる事例も実際に珍しくない。

  • どのような場合を「デッド・ロック」とするか
  • そのような事態が生じた場合にどのような解決をするか(協議手続の流れや、株式の買取や解散の条件)
  • 清算手続をどのようにするか

このような取り決めが構成員間でなされていることによって、かえって深刻な対立を避けることにつながったり、デッド・ロックが生じた場合にスムースな解決がなされたりすることで、結果的に事業への影響を少なくすることも可能になる。また、このような撤退の場面を想定し、清算等に関する現地の法制を踏まえた上で、より撤退が容易な方法での進出を検討することも考えられる。

上記の点以外に、海外に拠点をもつ企業が現地法人に関して抱えることが多い課題とその対応の要点を以下に挙げた。

海外現地法人に多い課題と対応の要点

1.人事

  • 就労上のルール(日本語版の雛形、現地労働法規の理解、ルールの修正)
  • 現地カルチャーの理解
  • 信頼できるHR責任者(外部委託も考えられる)
  • 労働契約の締結(書面)
  • 勤怠管理・警告
  • 人事管理システムの確立(本社への労務関係情報の伝達)

2.経理

  • 取引関係の把握
  • 相手方(又は現地法人)の経理・仕訳方法の理解
  • 契約・取引管理(新規、継続、終了)
  • 予算の策定(年間・長期、期中の見直し、本社への報告)
  • 原価モニタリング
  • 現地会計事務所の採用(本社への経理関係情報の伝達)

3.トラブル・紛争

  • 定期的に現地視察(様子把握、人の異動、インタビュー:従業員・責任者、その他定点監査、取引先確認)
  • リモート・チェック体制(問題事案の伝達)
  • 対応指針の周知・実行(取引先又は現地法人との協議)
  • 結果報告・責任問題

4.その他重要事項

  • 運営・管理(合弁契約、役員との委任契約、チェックリストの作成)
  • 撤退(合弁契約、経営方針)

このうち、労働に関する事項は、法務の観点からも特に重要な検討点である*5。

適切な労務管理を行うには、現地の文化・習慣への理解は勿論のこと、労働法制の正確な理解が求められる。また、現地法人に関する紛争については、現地での執行が可能な手段を採用して実効的な解決を図る必要がある。現地の司法・行政の状況も踏まえ、最終的な執行の場面を想定した検討が求められる。

なお、例えば、工場を運営する場合であれば不動産関連の法規を、知的財産に関する事業を行ったり商標をはじめとする知的財産を使用するのであれば知的財産関連の法規を、といったように、それぞれの事業に関連する主要な法規制の調査・検討も必須である。

*5 例えば、ミャンマーでは、労働法規が多数存在し、規制が業種毎に異なる法律でなされている点もある。

現地法規制の確認方法

アジア諸国においては前述のような法制度の整備が進行中であることも少なくなく、最新の情報の確認・検討を適時に行う必要があることにも留意が必要である。また、規制に関する法律には明記されていない実務上の解釈・運用も存在する。具体的な情報については、現地の法律事務所に確認をすることが確実だと思われる。

しかし、アジア諸国の法律事務所にはコネクションを有しない企業も多い。また費用面での懸念から、現地の法律事務所への照会を躊躇することもある。そのような場合には、日本の法律事務所を通じ、必要に応じて現地の法規制を予算内で確認するということも検討に値する。

結び

アジア諸国をはじめとする海外では、文化や価値観が日本とは大きく異なることが少なくない。アジア諸国には、海外の企業も既に多く進出しており、社会が大きく変容していく中で、協議・交渉・合意のプロセスの重要性は更に高まっている。それぞれにとって大切なものを尊重しつつも、事業上必要な事項については率直に協議を行い、望ましくない想定についても相互の認識を確認しておく必要性も、また高まっているものと思われる。

広報誌「Future」 vol.2

Future vol.2

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.2」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

篠田 憲明

篠田しのだ 憲明のりあき

三宅坂総合法律事務所弁護士

2001年弁護士登録(日本)。2008年弁護士登録(ニューヨーク州・カリフォルニア州)。三宅坂総合法律事務所パートナー。長期の海外生活とM&A・事業再生・企業間取引・紛争解決・交渉業務の豊富な経験を生かし、クロスボーダー案件を多数取り扱う。 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

この記事に関連するタグ

「ASEAN・広報誌・M&A法務・海外M&A・クロスボーダー」に関連するコラム

ASEAN主要国(タイ、インドネシア、ベトナム)におけるM&Aの留意点

海外M&A
ASEAN主要国(タイ、インドネシア、ベトナム)におけるM&Aの留意点

今回は、ASEAN主要国における現地法人M&Aの留意点を概説する。本稿では、比較的数多くの実例がみられる非上場企業の買収を念頭に、株式・持分取得と外資規制上の主な留意点を以下に記載する。ASEAN諸国等における国外企業による資本提携など買収案件では、現地進出自体のビジネス上のフィージビリティの検討に加え、外資に対するライセンス等の規制、雇用法制・雇用慣行や税制面での検討が重要である。なお、以下の記

クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~

海外M&A
クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~

日本M&Aセンターのシンガポール・オフィスには、4人の現地スタッフ、4人の日本人スタッフの合計8名が常駐している。現在のスタッフ体制が確立したのは、およそ1年前。その中核となる二人のコンサルタント、ジョアンナとイーチェンが、日本オフィスに現状を伝えるべく、2019年7月に来日。シンガポールにおけるM&Aの最新情報をレポートする。(文中:J=ジョアンナ、Y=イーチェン)左:イーチェン、右:ジョアンナ

シンガポール進出4年目を迎えて

海外M&A
シンガポール進出4年目を迎えて

日本M&Aセンターの初のASEAN海外拠点として、2016年4月にシンガポールに事務所を開設した。以来3年間の活動で得たシンガポールのM&A動向について記したい。ASEANにおけるM&A件数推移下の図を参照いただきたい。近年のアジアにおけるIn-Outの件数推移である。2018年はシンガポール企業の買収が53件と、最も多い。単年に限ったことではなく、ここ5年ほどはASEANのM&Aにおいて最も日本

シンガポールからの考察:日本企業による東南アジアでのM&A

海外M&A
シンガポールからの考察:日本企業による東南アジアでのM&A

長らくシンガポールを拠点としてビジネスに携わり、縁あって日本のコンサルティング・ファームの一員となった。それらの経験等から、日本企業による東南アジアでのM&Aを考察したい。総論国際化時代を迎え、日本企業がグローバル競争に生き残り、事業を拡大していくためには、東南アジアにおけるM&Aが不可欠の戦略である。すでに日本企業は、東南アジアにおいて、金額ベースでは他国をしのいで最大の投資元となっている。ディ

アジアにおけるクロスボーダーM&A -失敗しないためのアプローチ-

海外M&A
アジアにおけるクロスボーダーM&A -失敗しないためのアプローチ-

アジアへの投資は衰えずアベノミクスにより日本国内景気が上向き、円安の進行が進んでいる。それにもかかわらず、日本企業の海外進出・投資は依然として衰えていない。シンガポールにおいて日本企業を支援している筆者からも、日本市場の縮小とアジア新興国の所得水準向上という長期的トレンドから、国内市場を主戦場としてきた企業でさえ、持続的な成長のために海外戦略を加速させている状況が見て取れる。アジア地区への日本から

ASEAN地域におけるM&A事例紹介

海外M&A
ASEAN地域におけるM&A事例紹介

日本M&Aセンター海外支援室は、日本企業のアジア進出あるいは撤退の支援を第一段階として展開してきた。今や、第2段として、日本企業の現地資本企業(ローカル企業)の買収等、いわゆるIN-OUT案件を発掘、構築する段階に至っている。ここでは、第1段階の総括として、ASEAN2カ国で成約した案件、および第2段階の本格的IN-OUTの端緒となるであろう案件をご紹介する。CASE1インドネシア【背景】買手A社

「ASEAN・広報誌・M&A法務・海外M&A・クロスボーダー」に関連する学ぶコンテンツ

地域別にみる中小企業のM&A動向

地域別にみる中小企業のM&A動向

国内の421万企業のうち99.7%を占める中小企業。地域資源の活用、歴史的背景、立地特性など地域ごとにその特徴も様々です。本記事では、地域別に中小企業のM&A動向について迫ります。全国でM&A件数の圧倒的No.1は?中小企業M&Aの件数は経済活動の規模に比例します。下記の図1は当社におけるM&Aの実績と、「県別の経済活動の規模」を比較したものです。東京を例にとると、グラフ左端が東京の企業が譲渡もし

M&Aにおける最終契約のフェーズ。押さえておきたいポイント

M&Aにおける最終契約のフェーズ。押さえておきたいポイント

最終契約書とは概要・目的最終契約書(DefinitiveAgreement、通称「DA」)とは、M&Aの最終段階において締結される、当事者間の最終的な合意事項を定めた最も重要な契約書です。基本合意書は、デューデリジェンス(買収監査)実施前における、交渉過程の確認や中間的な合意を確認するためのものであり、今後の交渉を阻害しないための約束事(独占交渉権限の付与や秘密保持義務の設定その他の一般条項)以外

契約締結前の最終条件調整。押さえておきたいポイント

契約締結前の最終条件調整。押さえておきたいポイント

最終契約に盛り込まれる事項は多岐に渡ります。ここでは、最終条件の交渉を行う上で、主要な事項及び細目事項をご紹介します。最終条件の交渉とは最終契約書が締結されて、M&Aは実行フェーズにうつります。株式譲渡のスキームにおいて締結される株式譲渡契約書は、株式と代金を交換して、経営権を移譲することを目的としています。また、それに伴いM&Aで譲渡側(売り手)、譲受側(買い手)がそれぞれ実現したいことを果たす

M&Aにおける登場人物とその役割

M&Aにおける登場人物とその役割

M&Aの実行には高度な論点が複雑に絡み合い、高い専門性や知識が必要とされるため当事者以外に多くの関係者が登場します。本記事ではM&Aの関係者・専門家について解説していきます。分類登場人物概要・主な役割M&Aの当事者M&Aの取引対象M&Aで取引されるもの(会社・事業など)譲渡希望企業(M&Aの売り手)「M&Aの取引対象」の保有者(株主・会社)譲受け希望企業(M

頼れる相談先、M&Aの専門家とは

頼れる相談先、M&Aの専門家とは

自社の今後を見据え、M&Aという選択肢が浮かんだ時、あなたらどうするでしょうか。まず誰か詳しい人に話を聞いてみよう、相談しようと考える人が多いのではないでしょうか。M&Aの実行には高度な論点が複雑に絡み合い、高い専門性や知識が必要とされるため、当事者以外に専門家をはじめ様々な関係者が存在することは「M&Aの専門家」の記事でご紹介しました。本記事では具体的に誰に、どのような視点でM&A実行を目指して

M&Aにおける基本合意書の締結

M&Aにおける基本合意書の締結

基本合意書とは中小企業M&Aでは譲渡側(売り手)、譲受側(買い手)双方の意思決定者が顔合わせをするトップ面談で両者の意向が一致すると、M&A対価の概算や対象企業の役員の処遇など基本的な条件のすり合わせが行われます。そして、ある程度条件が固まってくると、その時点での譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)の合意事項を確認し、いくつかの基本事項について合意するために契約が書面により締結されます。それが基本合

「ASEAN・広報誌・M&A法務・海外M&A・クロスボーダー」に関連するM&Aニュース

ルノー、電気自動車(EV)のバッテリーの設計と製造において2社と提携

RenaultGroup(フランス、ルノー)は、電気自動車のバッテリーの設計と製造において、フランスのVerkor(フランス、ヴェルコール)とEnvisionAESC(神奈川県座間市、エンビジョンAESCグループ)の2社と提携を行うことを発表した。ルノーは、125の国々で、乗用、商用モデルや様々な仕様の自動車モデルを展開している。ヴェルコールは、上昇するEVと定置型電力貯蔵の需要に対応するため、南

マーチャント・バンカーズ、大手暗号資産交換所運営会社IDCM社と資本業務提携へ

マーチャント・バンカーズ株式会社(3121)は、IDCMGlobalLimited(セーシェル共和国・マエー島、IDCM)と資本提携、および全世界での暗号資産関連業務での業務提携に関するMOUを締結することを決定した。マーチャント・バンカーズは、国内および海外の企業・不動産への投資業務およびM&Aのアドバイス、不動産の売買・仲介・賃貸および管理業務、宿泊施設・飲食施設およびボウリング場等の運営・管

santec、カナダで光測定装置の開発事業を行うJGR Optics Inc.の全株式取得、子会社化へ

santec株式会社(6777)は、JGROpticsInc.(カナダ・オタワ、JGR社)の全株式を取得し、子会社化することを決定した。santecは、光部品関連事業、光測定器関連事業、光イメージング・センシング関連事業を展開している。JGR社は、光測定装置の開発、製造、販売を行っている。本件M&Aにより、santecは、光測定器関連事業の新たな売上の柱となる製品群の獲得によるシェア拡大と強化を図

レアジョブ、ベトナムでオンライン教育事業を展開するDVE社と資本業務提携契約締結

株式会社レアジョブ(6096)は、ベトナムの子ども向けのオンライン英語教育ソリューション「Kynaforkids」を運営するDreamVietEducationJointStockCompany(ベトナム、DVE社)と資本業務提携契約を締結した。レアジョブは、英語関連事業を展開している。DVE社は、ベトナムにおいてオンライン教育事業を展開している。本提携により、レアジョブは、成長戦略の一つの柱であ

日本ペイントHD、欧州塗料メーカーCromology Holding SASを孫会社化へ

日本ペイントホールディングス株式会社(4612)は、連結子会社であるDuluxGroupLimited(オーストラリア・メルボルン、DuluxGroup社)が、イギリスに新たに設立したDGLInternational(UK)Ltd(イギリス・ロンドン)を通じて、欧州において建築用塗料等の製造・販売を手掛けるCromologyHoldingSAS社(フランス・クリシー、Cromology社)およびC

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース