トランプ関税下の日本経済と金融市場動向——超低金利の「ツケ」と、日本の伸びしろ

登壇:加藤 出 氏(東短リサーチ株式会社 代表取締役社長 チーフエコノミスト)
開催:事業承継セミナー2025 in 栃木

トランプ関税下の日本経済と金融市場動向——超低金利の「ツケ」と、日本の伸びしろ
登壇者プロフィール

加藤 出氏(東短リサーチ株式会社 代表取締役 チーフエコノミスト)
創立115年を迎える東京短資グループの調査部門・東短リサーチを率いる。金融機関・機関投資家などプロ向けに経済・金融政策の動向を解説するほか、テレビ東京「モーニングサテライト」、BS-TBS「Bizスクエア」などにも出演。

※本記事は事業承継セミナー2025 in 栃木での講演・採録・再構成したものです。

トランプ関税は世界と日本の経済をどこへ導くのか。FRBと日銀はどう動くのか。金融市場の最前線を知るエコノミスト・加藤出氏が、IMFの最新予測から円安と物価高のメカニズム、そして人材育成という日本の構造課題まで、経営者が押さえるべき経済の見取り図を解説しました。

IMF最新予測が示す「関税の中長期的なツケ」

先週、IMFが世界経済の最新予測を公表しました。アメリカの2024年は2.8%と比較的好調で、2025年は関税発表直後の4月時点で1.8%へ引き下げられたものの、今回は2.0%へ若干上方修正。2026年も2.1%と上方修正されており、関税引き上げの影響は「しばらくは深刻化しない」とIMFは見ています。

しかし2030年の予測は1.8%と、4月時点より0.3%引き下げられました。今のような政策が続くと、中長期的にアメリカの成長力はジワリと落ちていく——関税は国内産業を保護する一方、米企業の競争力を結果的に殺いでいく恐れがある、という見立てです。

一方の日本は、2025年が1.1%へ引き上げられたものの、2026年は0.6%へ低下。IMFは日本の潜在成長率をもともと低めに見ており、2030年の成長率は0.5%と予測されています。注目すべきは、日本以上に人口減少ペースが速い韓国の2030年成長率が1.9%と、日本よりかなり高く予測されている点です。ITや半導体などで競争力・生産性の高い企業が多いと見られているためで、「稼げる企業をいかに増やして人口減少のマイナスを補うか」は、いまの日本にとって極めて重要なテーマです。

アメリカの「貿易政策・不確実性指数」は、第一次トランプ政権時の過去最高約2,000ポイントに対し、今年4月には約8,000ポイントへ急騰しました。日本企業には「次の大統領選以降は元の対外政策に戻るのでは」という期待がやや強いように感じますが、実際は難しいでしょう。ある著名な国際政治学者は、アメリカの政策の振り子が「アメリカファースト」から協調路線へ戻るには一世代かかると予測しています。

FRBのジレンマと過熱する株式市場

FRBはいま、とても苦労しています。インフレが上がり家計のインフレ予想も高止まりしているので、本来は利下げできる状況ではありません。一方で労働市場は急減速しており、景気刺激のために9月から利下げが開始されました。今月も含め、あと数回の利下げが続きそうです。

他方で、アメリカを中心に株価は過熱しています。1970年を100とした名目GDPとS&P500の推移を見ると、2000年と2008年には株価バブルの破裂が起きましたが、その後は株価が名目GDPを大幅に上回ったまま上方へ乖離し続けています。BIS、IMF、金融安定理事会のいずれもが、世界的に株式、ハイイールド債、不動産、金、暗号資産の価格が過熱していると、リーマンショック以来見られなかった強い警告を発しています。リーマン後の大規模緩和で供給された過剰な流動性が、大きなバブルを起こしている可能性があります。この状況での利下げ継続は「火に油を注ぐ」恐れがあり、FRBの金利運営はバランスの取り方が一層難しくなっています。

円安が招く物価高——実質金利マイナス2.2%の異常

ここ数年の日本のインフレは、コロナ禍後の輸入物価上昇、ウクライナ戦争、国内の人手不足に加え、激しい円安が重なったものです。東京ドームの生ビールは一杯900円ですが、先日訪れたドジャースタジアムでは円換算で3,100円。内外の物価水準が円安で異常に開いてしまっています。

日銀の政策金利からインフレ率を引いた実質政策金利は現在マイナス2.2%。これほど深いマイナスの国は他にありません(アメリカはプラス1.2%)。預金の実質価値がこれほど目減りする状況は過去40年以上なかったことで、お金は海外へ流れやすく、円安が進みやすくなります。食料自給率38%・エネルギー自給率13%の日本では、円安は生活コストを直撃します。コロナ禍直前から最近までの原油価格は、円建てでは35%上昇しましたが、米ドル建てでは2%下落。世界で唯一、日本だけが「ガソリンが高い」と悲鳴を上げているのです。

日銀が「今のインフレは一時的」と言い続けること自体が、円安と物価上昇を招いてしまっています。

― 加藤 出

長く続いた超低金利を前提に、政府は国債発行を膨らませ、変動金利型住宅ローンの比率は2006年の8%から最近では78%に達しました。金利上昇には様々な痛みが伴いますが、恐れて利上げをしなければ、為替市場は「この国はインフレに見合った金利運営ができない」と見なし、円安と物価上昇がさらに進みます。ここから先、全方面で痛みが全く出ない金融政策の正常化は残念ながらあり得ません。米国経済が当面堅調と仮定すれば、現在0.5%の日銀の政策金利は2026年に1%へ達し、円高方向への修正が進まなければ2027年に1.5%へ届く可能性があると考えています。

日本の伸びしろは「人材」にある

最後に、金融緩和や財政のばら撒きでは解決できない構造問題です。フォーチュン誌のグローバル500企業に、1995年の日本は148社入っていました。今年はわずか38社です。IMFの推計では、2024〜2030年の累計実質成長率は、人口100万人以上の先進国32か国中で日本は最下位。IMDの2024年世界人材競争力ランキングでも日本は43位と、先進国の中で非常に低い位置にいます。

同ランキング1位のスイスには世界トップ10に入る工科大学が2つあり、それが世界の超有力企業を惹きつけています。2024年の日本の平均賃金が約500万円なのに対し、スイスは円換算で1,800万円超。物価を考慮した実質賃金でも日本を上回ります。

経済成長と教育には密接な関係があります。20世紀前半にアメリカが経済覇権を握れた主因は、世界に先駆けた普通教育制度にありましたし、日本の明治以来の発展も、江戸末期の高い識字率・計算能力が有利に働きました。現代においてはデジタル人材の厚みが重要です。裏を返せば、人材競争力ランキングが低い日本の伸びしろは非常に大きい。北欧諸国は1990年代の金融危機の後、失業者や社会人の学び直し費用を国が負担し、デジタル系のスキルでキャリアチェンジできるセーフティーネットを整えて新陳代謝を促しました。時代に合った教育を若者だけでなく社会人にも提供していけば、10年後には着実に効果が表れる——人口減少社会であっても、日本の経済成長の伸びしろは多々あると考えています。

開催セミナー概要
セミナー名
事業承継セミナー 2025(ラストライブツアー in 宇都宮)
テーマ
トランプ関税下の日本経済と金融市場動向
登壇者
東短リサーチ株式会社 代表取締役 チーフエコノミスト 加藤 出 氏
開催日
2025年10月20日(月)
会場
TKPガーデンシティ宇都宮

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