「思った時がタイミング」。後継者不在の老舗が、社員と地域を守るために選んだM&A

登壇:青原 忠宏 氏(元 日本パイプ株式会社 会長)
開催:成長戦略セミナー2025 in 広島

「思った時がタイミング」。後継者不在の老舗が、社員と地域を守るために選んだM&A
登壇者プロフィール

青原 忠宏氏(広島県安芸高田市出身)
父が経営する日本パイプを30歳で承継。45歳で代表交代。61歳でM&Aを実施し、現在は会長を退任。 M&A実行 株式譲渡により大手企業グループへ

※情報はM&A実行当時。本記事は2025年11月開催「事業承継セミナー」の対談を採録・再構成したものです。

広島で蛇口やパイプを扱う日本パイプ。父から受け継いだ会社を、人事制度改革とブランディングで育ててきた青原忠宏さんは、61歳のときにM&Aを決断します。後継者と見込んでいた次男が別の道を選び、さらにコロナ禍で売上が約2割減——。「社員とその家族を守る最善は何か」を突き詰めた末の選択でした。9つの質問に沿って、決断の背景から条件交渉のコツ、社長の孤独、そして"その後"までを率直に語っていただきました。

父の基盤を、人事改革とブランディングで伸ばす

――お父様から会社を継いで、その後どのように成長させましたか?

決め手になったのは不動産でした。路線価と実際の売値に差があったため、当時の買い付け価格の証明書を不動産会社に作成してもらい、M&Aセンターに提出。買い手側に価格を上積みしてもらうことができました。

自社の良い部分をしっかりアピールすることも大切です。のれん代については「社員も既存のお客様も、買い手にしっかり活かしていただける」と考えて納得し、ハンコを押しました。

買い手選びでは、自社の10倍ほどの売上規模を持つ相手をおすすめします。同規模だとプライドがぶつかりやすい。最初は近い地域から、徐々に全国規模へと探してもらいました。調査の結果、広島に進出している大手も多く、大手と組むのが良いと判断。買い手の東京の倉庫も見学し、その規模に感銘を受けました。

入社した当時、社員は約10名。各人の給与の決め方がバラバラだったことに疑問を持ち、まず人事制度の改革から手をつけました。父がつくった基盤の上に、評価と処遇の仕組みを整えていったのです。

扱う商品は生活に欠かせないものばかり。それでも認知度の低さが課題でした。そこで日本各地で広告を展開し、社長就任後は業界の会合やテレビ出演などで知名度を上げる努力を重ねました。採用や差別化を見据えたブランディングにも力を入れました。

「①自力成長 ②理由 ③タイミング ④条件交渉 ⑤イベント ⑥孤独 ⑦譲渡後 ⑧反省点 ⑨将来」の9つのテーマで語られた。(広島会場にて)

「後継者不在」と「コロナ」。M&Aという最適解

――M&Aを行った理由は何ですか?

息子は二人。長男は歯科医の道へ進みました。次男はやりたいことを探していた時期で、いったん修業に出したのですが、後に「時計を売る仕事がしたい」「この業界には興味がなくなった」と打ち明けられたのです。これで親族への承継は難しいと判断しました。

加えて当時はコロナ禍。売上が約2割落ち込み、大きな痛手でした。スーパー営業マンを探したり、V字回復を期待したりもしましたが、社員とその家族を第一に考えたとき、最善はM&Aだと腹を決めました。個人で不動産なども手がけていたので、自分自身の生活面の不安はありませんでした。

後継者がいなかったこと――これが一番の理由です。
社員と家族を守る最善を考え抜いた結果が、M&Aでした。

―青原 忠宏

条件交渉のコツは「正直さ」と「強みの見せ方」

――タイミングはどう判断しましたか?

「思った時がタイミング」だと思います。思い立ってすぐ連絡を取り、トップ面談に進みました。設備投資や新規事業はリスクを伴います。余計な迷いが入る前に動くべきだと考えました。

会社が建つ土地の不動産価値を携帯で調べたとき、その数字に背中を押されました。役員報酬を取りながら会社を続ける道とも比べましたが、自分には不動産収入もある。きちんとM&Aで会社の次を託すことが、自分の使命だと感じたのです。

――条件交渉のコツは何ですか?

トップ面談で買い手の社長が「青原社長が2年後、3年後に"入って良かった"と思っていただけるようにします」とおっしゃった。この言葉が一番心に残り、大きな安心感になりました。

交渉でのコツは、とにかく嘘をつかないこと。プライベートも仕事も正直に話しました。新しく建てた家も見てもらい、借金のことも包み隠さず伝えました。M&A後は嘘がバレるものです。自社ロゴを名刺に引き続き入れてほしいという要望も、正直に伝えて承諾を得ました。

――トップ面談などのイベントで印象に残ったことは?

ディールのコツは、嘘をつかないこと。
M&A後は、嘘は必ずバレますから。

―青原 忠宏

社長の孤独。決まるまでの2年間

――「孤独」について教えてください。

M&Aを知っていたのは妻だけでした。銀行にもぎりぎりまで言いませんでした。成約が決まった7月25日、その当日まで明かさなかったほどです。社員である妹に伝えたのも10日前でした。

一方で、不動産会社から価格提示を受けたり、M&Aセンターから約150社の買い手候補を紹介いただいたり、わくわくする場面もありました。結局、決まるまでに2年かかりました。買い手が大企業の場合、役員会議は月1回。年に10回ほどしか意思決定のチャンスがないのです。

承継後の"いま"。社員は生き生きと

――譲渡後はどう関わりましたか?

M&A後は肩書が会長になり、1年間は顧問として関わりました。役員会議にはあまり出ず、「社長が2人いる」ような体制は避けました。事業の数字についても、何も言わずに見守ることに。嫁に行ったようなもの。結婚と同じです。

――従業員の方は辞めませんでしたか?雰囲気は変わりましたか?

定年退職はありましたが、自己都合で辞めたという話は聞いていません。むしろ社員は生き生きとしています。ボーナスも給与も上がったようで、70代の社員も元気に働いてくれています。

――これからについて教えてください。

これまでの経験とネットワークを活かし、お米を30トンほど仕入れて販売したり、リフォームの相談に乗ったり。イベントや倶楽部など、楽しいことにも取り組んでいます。

今回のM&Aは、90点

「残り10点は、やっぱり息子に継いでほしかったという思いがあるから。それでも全体としては合格です。丁寧にM&Aを進めてください。皆さんの参考になれば幸いです」——広島の業界が守られるように、という言葉で対談は締めくくられた。

開催セミナー概要
セミナー名
事業承継成長戦略 日本創生2025 / 事業承継セミナー
テーマ
【対談】M&AのBefore Afterとそのコツを教えます
登壇者
元 日本パイプ株式会社 会長 青原 忠宏 氏
聞き手
株式会社日本M&Aセンター 小川
開催日
2025年11月5日(水)
会場
オリエンタルホテル広島

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