コラム

ベトナムM&Aの問題編②

渡邊 大晃

Nihon M&A Center Vietnam Co., LTD (ベトナム現地法人) 代表 General Director

海外M&A
更新日:

⽬次

[表示]

二重帳簿への対応
Xin chào(シンチャオ:こんにちは)!日本では記録的な猛暑が続いているようですが、雨期(4月~8月)に入ったホーチミンでは暑さも和らぎ、最近は過ごしやすい日々が続いております。最近(7月中旬執筆時点)は、ライチに続いて、大好物のマンゴスチンが旬の季節となり、「果実の女王」と言われる、その魅惑の甘さで癒される毎日です。

さて今回は、ベトナムM&Aの最大障壁でもある「二重帳簿問題」に関して、前回4月22日掲載ブログの背景に続き、その対応策をお話ししたいと思います。※本記事は2022年7月に執筆されました。

「表明保証+税務調査義務」と「第二会社方式」の二つの手法

M&A時に取られる、代表的な手法としては 「表明保証」+「税務調査義務」 のセットがあります。

まず最終契約における 出資前の事象(二重帳簿を含む)に起因する一切の損害や過失に関しては、全て譲渡側の負担と責任で賠償する 、という表明保証に加え、出資後における シングルブックへ移行する ことを譲渡側の義務として織り込みます。

その上で、税務当局から 直近事業年度までの税務調査を受け入れる ことをクロージング条件に盛り込むことにより、 出資前に税務リスク(買収価格の減額)を顕在化させる ことを一対のセット条項とします。

因みに税務当局は、前回実行した税務調査対象期間に遡って(再)調査を行うことは論理的に可能ですが、実務的には租税回避行為が極めて悪質もしくは重大であったことが発覚した場合を除いて再調査はまれであり、この方法である程度将来的なリスクを固定化することが可能です。

注意点としては、出資前と出資後において、(適正な)会計処理へ急激に舵をとることにより、過年度の会計処理とのギャップが目立ち、むしろ現地当局の疑惑を招く恐れがあります。専門家と相談の上で理想と実務の間でバランスを取って、慎重に移行期間を設けて検討することが不可欠となります。

別の手法として、新会社を設立した上で、 事業譲渡により事業資産を新会社に移行して、旧会社の税務リスクを切り離す という「第二会社方式」とも言われる外科的な手法も検討可能です。(深刻な税務リスクが想定される場合において)税務リスクやその他の重大なリスクを遮断するには最も効果的な方法です。

ただし 事業用の固定資産のみならず、取引契約、仕入契約、雇用契約、賃貸契約という無形資産を、事業を中断することなく旧会社から新会社へ円滑に移行する 必要があり、大きな労力、時間とコストが要求されます。

また 新会社において、事業ライセンス/投資ライセンス、またその他行政上許認可をゼロから新しく取得する ことが必要となり、難易度のハードルを更に押し上げます(*注:ベトナム企業法上でも会社分割という考え方もありますが、実務上は極めて煩雑で不明瞭な手続きでほとんど使われておりません)。

この手法を取り入れ、新会社への完全移行をクロージング条件にした場合は、契約書内に違約金(手付金)条項を設ける等、当事者における経済的コストを考慮にいれることも必要になります。

「覚悟」、「誠意」そして「志」の確認

これらいずれの手法を取ったとしても、譲受側と譲渡対象会社には大きな負担が伴うものであるのは間違いありません。二重帳簿からの脱却は、なかなか頭でわかっていても、実務面では簡単なことではありません。取引先を巻き込んだ長年の商習慣(商取引)を断ち切ることができるか、個人企業として税務を最優先してきた会計部門の思考回路を正していくことができるか、既存の仕組み、そして考え方をかえる大手術となります。

譲受側で確認すべき大前提として、譲渡側企業の経営陣が、M&Aを実行後(新しく投資家を迎え入れた時点より)、透明性のあるシングルブック(単一会計帳簿)に移行し、不適切な現地プラクティスから今後一切決別する 「覚悟」 、そして過去の悪しき慣習に起因する全ての過失損害に責任を潔く取ってもらう 「誠意」 の2点の確認が極めて重要になります。これは譲渡側の短期から長期目線での会社の発展と成長、そして「個人会社」から「社会の公器」を目指す、譲渡企業経営陣の「志」の真剣さが試される事となります。

最後に

最終的には、この問題を全て譲渡側企業に押し付ければ良い画一的な問題ではありません。日本の常識だからと押し付けてばかりいても、譲渡側からベトナム現地の常識はこうだという反発により、二者択一の議論で終始します。
譲渡側より一つ目線を上げて、日越の枠組みを越えてグローバルスタンダードで誇れる企業をベトナムに譲渡側と一緒に作り上げる決意を示し、(二重帳簿問題解決後の)長期的な発展と成長に向けて何が貢献できるか、具体的な企業提携シナジーを率先して発信していくことが極めて重要です。

今回と前回は、2回にわたり「二重帳簿問題」に関してお話しました。
次回はベトナムM&Aを検討における競争環境に関してお話ししたいと思います。Chào(チャオ:ではまた)!

そのほか各国のブログはこちらからご覧いただけます。

著者

渡邊 大晃

渡邊わたなべ 大晃ひろみつ

Nihon M&A Center Vietnam Co., LTD (ベトナム現地法人) 代表 General Director

大手化学メーカーを経て、2004年日本M&Aセンターに入社。2010年以降、海外M&A業務(東南アジア、米国、中国、インド等)に従事。2019年ベトナム法人設立に伴い、同代表に就任。上場未上場企業のM&A支援実績多数。米国公認会計士(USCPA)、英ノッティンガム大学修士(MBA)。

この記事に関連するタグ

「海外M&A・クロスボーダーM&A」に関連するコラム

小さく生んで大きく育てる ベトナムM&A投資の特徴

海外M&A
小さく生んで大きく育てる ベトナムM&A投資の特徴

本記事では、ベトナムでのM&Aの特徴と代表的な課題について解説します。(本記事は2022年に公開した内容を再構成しています。)比較的に小粒である、ベトナムM&A案件ベトナムのM&A市場は、ここ数年は年間平均300件程度で推移、Out-Inが全体投資額の約6~7割を占め、その中で日本からの投資件数はトップクラスです(2018年:22件、2019年:33件、2020年:23件)。興味深いことに、1件当

インドネシアM&AにおけるPMIのポイント

海外M&A
インドネシアM&AにおけるPMIのポイント

本記事では、クロスボーダーM&Aで最も重要であるPMIについて、インドネシアの場合を用いてお話しします。(本記事は、2022年に公開した記事を再構成しています)M&Aのゴールは“成約”ではありません。投資側の日本企業と投資を受ける海外の現地企業両社が、思い描く成長を共に実現できた時がM&Aのゴールです。特にインドネシア企業とのM&Aは、他のASEAN諸国と比較しても難易度は高く、成約に至ってもそれ

海外M&Aとは?目的やメリット・デメリット、日本企業による事例まで解説

海外M&A
海外M&Aとは?目的やメリット・デメリット、日本企業による事例まで解説

近年アジアなど成長著しい市場をターゲットに、海外M&Aを検討する中堅・中小企業は増えております。しかし、海外M&Aでは日本国内で実施するM&A以上にノウハウが不足していることが多く、海外M&Aを実施するハードルが高いと言わざるを得ません。そこで本記事では、日本M&Aセンター海外事業部の今までの経験を踏まえて、海外M&Aの内容や実施される目的、またメリットや注意点・リスクなどさまざまなポイントについ

タイでM&Aを検討する際に留意すること

海外M&A
タイでM&Aを検討する際に留意すること

本記事ではタイでのM&Aにおいてよく問題となる、タイ特有の留意点について解説します。(本記事は2023年2月に公開した内容を再構成しています。)※日本M&Aセンターホールディングスは、2021年にASEAN5番目の拠点としてタイ駐在員事務所を開設、2024年1月に現地法人「NihonM&ACenter(Thailand)Co.,LTD」を設立し、営業を開始いたしました。タイ王国中小企業M&Aマーケ

ベトナムM&Aの競争環境 引くてあまたの現地優良企業を獲得するには

海外M&A
ベトナムM&Aの競争環境 引くてあまたの現地優良企業を獲得するには

Xinchào(シンチャオ:こんにちは)!本記事では、ベトナムでのM&A投資における問題のひとつ、「厳しい競争環境」に関してお話させて頂きます。(本記事は、2022年11月に公開した記事を再構成しています。)独占交渉権とは「独占交渉権」とは、買手である譲受企業と売手である譲渡企業との間で、一定の間に独占的に交渉することができる権利の事です。一般的に買収ターゲット企業の選定後に、初期的な面談(対面/

海外M&Aにおける買収監査/DDチームの選び方

海外M&A
海外M&Aにおける買収監査/DDチームの選び方

本記事ではM&Aにおける終盤ステージである買収監査(デューデリジェンス)における留意点について解説したいと思います。ASEAN・中小M&Aにおける買収監査(デューデリジェンス)M&Aのプロセスでは基本合意契約を締結した後、最終契約に至る準備段階として買収監査が行われます。内容や期間はディールの規模や複雑性によって様々ですが、一般的に財務・税務・法務について専門チームに依頼します。また、場合によって

「海外M&A・クロスボーダーM&A」に関連する学ぶコンテンツ

「海外M&A・クロスボーダーM&A」に関連するM&Aニュース

ルノー、電気自動車(EV)のバッテリーの設計と製造において2社と提携

RenaultGroup(フランス、ルノー)は、電気自動車のバッテリーの設計と製造において、フランスのVerkor(フランス、ヴェルコール)とEnvisionAESC(神奈川県座間市、エンビジョンAESCグループ)の2社と提携を行うことを発表した。ルノーは、125の国々で、乗用、商用モデルや様々な仕様の自動車モデルを展開している。ヴェルコールは、上昇するEVと定置型電力貯蔵の需要に対応するため、南

マーチャント・バンカーズ、大手暗号資産交換所運営会社IDCM社と資本業務提携へ

マーチャント・バンカーズ株式会社(3121)は、IDCMGlobalLimited(セーシェル共和国・マエー島、IDCM)と資本提携、および全世界での暗号資産関連業務での業務提携に関するMOUを締結することを決定した。マーチャント・バンカーズは、国内および海外の企業・不動産への投資業務およびM&Aのアドバイス、不動産の売買・仲介・賃貸および管理業務、宿泊施設・飲食施設およびボウリング場等の運営・管

マイナビ、インドのHRスタートアップ企業Awign Enterprises Private Limitedを買収

株式会社マイナビ(東京都千代田区)は、ギグワーカーのリソースを活用して顧客へ成果物を提供するインド企業のAwignEnterprisesPrivateLimited(インドバンガロール、以下Awign)を2024年4月25日付けで買収し、子会社化した。マイナビは、社会や人々の有益となるようなサービス提供を目指した事業を展開している。Awignは、単発の仕事を請け負う労働者(ギグワーカー)が集うプラ

M&Aで失敗したくないなら、まずは日本M&Aセンターへ無料相談

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース