コラム

シナジー効果とのれん

杉山 光司

著者

杉山光司

日本M&Aセンターコーポレートアドバイザー室(2019年10月時点)

M&A実務

⽬次

[表示]

はじめに

M&Aによる企業買収を実施することで、既存事業と買収事業のシナジー(相乗)効果が生まれ、収益機会の増加やコストカットを通じた成長が実現可能となる。このシナジー効果と類似した概念で「のれん」という概念があり、のれんは買収先の顧客やブランド、人材といった超過収益力の価値と解釈されている。本稿では、シナジー効果とのれんの関係性を解説するとともに、のれんが会計に与える影響や近年のトピックについて記したい。

のれんの会計処理

(1)シナジー効果とのれんの関係性

企業買収の際には、企業の正味の財産的価値を示す純資産を超える買収額を支払うことが多く、この純資産と買収額の差を買い手企業はのれんとして資産に計上することとなる。ここで、当該買収額は買収による影響を見込む前の企業単独としての株主価値(スタンドアローン価値)に、買収プレミアムを加味した金額と表現することもでき、通常、買収プレミアムは買い手が想定するシナジー効果よりも低い金額になる(図1)。

シナジーとのれん

図1「シナジーとのれん」

(2)のれんの償却

のれんの価値は将来の超過収益力であるが、それは買収時点で認識した価値であり、年数の経過とともにその価値が劣化し、喪失していくと考えられる。こうした理解のもと、資産計上されたのれんは、20年以内のその効果の及ぶ期間で規則的な償却が必要とされる。のれんの償却は、定額法もしくはその他の合理的な方法で実施され、償却費は販売費および一般管理費として費用計上される。そのため、被買収企業の営業利益(及び企業買収によるシナジーから発生する利益)をのれんの償却額が上回る場合には、グループとしての営業利益は減益となる点に留意が必要である。 なお、赤字子会社の切り離し等、企業の純資産を下回る価額で企業買収がなされる場合があるが、当該差額は負ののれんとして買収した期に一時に特別利益に計上される。

(3)のれんの減損

期待されるシナジー効果を超えて買収プレミアムを支払った場合や、買い手企業において期待していたシナジー効果が実現されない場合、当初想定していた投資金額が回収できず、会計上はのれんの減損を実施することとなる。前者が生じる要因は様々であるが、M&A前の検討が不十分であったことや、他社買収先との競合により当初の想定よりも多額の買収となってしまうことがあげられる。後者についても、商品市場の悪化や原材料の高騰、シナジー効果創出の失敗等、様々な要因が考えられる。 買い手企業にとってはやむを得ない要因もあるが、内的要因の多くはPMI(PostMerger Integration:M&A成立後の統合プロセス)の有効な実行により対策できることが多い。既述の通り、のれんの償却は販売費及び一般管理費にて計上することが原則であるが、減損会計にて費用化された場合には特別損失として計上される。

IFRSにおけるのれん償却の検討状況

日本においても、国際的な財務・事業活動を行っている上場企業の連結財務諸表に国際財務報告基準(IFRS)を任意適用することが可能であり、適用会社数は堅調に増加している(図2)。

IFRS適用会社数の推移

図2「IFRS適用会社数の推移」

ここで、IFRSにおいては、のれんの償却について減損のみを行うアプローチを採用している点で、規則的な償却を原則としている日本とは考え方が大きく異なる。近年、IFRSののれんについて頻繁に議論がなされているが、その大きな理由は以下2点であると考える。

(1)大型M&Aの増加

2018年春に武田薬品工業が買収金額約7兆円でアイルランド製薬大手のシャイアーを買収したことは記憶に新しいが、近年は製薬業界やエネルギー業界を中心に、世界中で大型M&Aが行われている。大型M&Aの増加に伴い、M&Aにて認識されるのれんの金額も多額となっている。日本企業としてはIFRSを適用するソフトバンクが計上するのれんが突出しており、その金額は2019年3月末時点で4.3兆円を超える。

(2)突然かつ多額の損失計上

現状のIFRSの仕組みでは、のれんは減損により費用認識されることから、財務諸表に与える影響は突然かつ多額となる。M&Aに関係する2018年度の減損は世界で約16兆円と試算され、のれんの減損が株式市場へ与える影響は大きい。米国のGE社においては過去に買収した仏エネルギー事業について、のれん以外の項目と合わせて約220億ドル(約2.4兆円)の減損を計上した。こうした中、IFRSにおいても日本基準と同様に規則的な償却を導入すべきではないかという議論がなされている。欧米企業を中心に、定期償却は利益を押し下げるとする反対意見が根強いが、減損リスクの大きさから定期償却すべきとの意見も多い。IFRSを策定する国際会計基準審議会は2021年にも結論を出すと発表しており、今後の動向に注目したい。

最後に

後継者不在が問題となっている近年だからこそ、M&Aの機会は多く、企業が成長する好機である。一方で、他社との競合により買収額が評価額以上に吊り上がりすぎると、償却負担が過重となり、減損のリスクも高くなる。企業の戦略的に価格よりも投資の実行を優先することもあるが、このように結果として落札者が損をする状況は「勝者の呪い」と呼ばれる現象であり、入札案件等の過度な競争には留意が必要である。「勝者の呪い」を避けるためには、適切なM&A計画や有効なPMIを地道に実行していくことが重要だ。これにより、当初の想定を上回るシナジーを実現させ、企業の価値を高める成功事例が増えていくことを期待したい。

広報誌「Future」 vol.16

Future vol.16

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.16」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

杉山 光司

杉山すぎやま 光司こうじ

日本M&Aセンターコーポレートアドバイザー室(2019年10月時点)

大手監査法人にて、国内大手重工メーカーの監査を中心に、IT、小売卸、広告業といった幅広い監査業務に従事するとともに、IPOに関するアドバイザリー業務も経験。日本M&Aセンター入社後は、財務会計領域の知見を活かし、スキーム構築、バリュエーション実務を中心に、年間数十件の会計・税務のアドバイザリー業務に関与。

この記事に関連するタグ

「広報誌・M&A税務・イノベーション・シナジー・上場企業」に関連するコラム

事例にみるシナジー創出のポイント

M&A全般
事例にみるシナジー創出のポイント

シナジーは「創出」するものシナジーの実現を考える上でまず認識しなければならないことは、シナジーは買収を行えば自然に湧いて出てくるものではない、ということだ。シナジーは、買収企業が「創出」しなければならない。M&A戦略の策定から、買収価格の決定、買収後の事業計画の策定に至る一連のプロセスは全て買収企業が主導する。買収後は強力なリーダーシップを発揮し、対象会社と二人三脚で事業計画を実現していかなければ

シナジー追求のための PMI取り組みの必要性

PMI
シナジー追求のための PMI取り組みの必要性

シナジーは自然体では得られないM&Aは「企業の成長」という目的を達成する手段だ。オーガニックグロース(自力成長)では成し得ないドラスティックな(レバレッジの利いた)成長を、両社(売り手企業と買い手企業)が実現していくのがM&Aと言える。そういった意味では、両社がM&A後のシナジー効果を得て初めて「M&Aの目的を成就した」と言えるものであって、書類上M&Aが成立したとしても、シナジー効果を実現或いは

20年、30年先を勝ち残るための「M&Aシナジー追求」

M&A全般
20年、30年先を勝ち残るための「M&Aシナジー追求」

「イノベーション」と「M&A」最近、上場企業各社の中期経営計画等IR情報を見ていると、「イノベーション」と「M&A」という2つのキーワードを頻繁に目にする。中には、「今後3年間のM&A資金として総額●●億円を設定」といった一歩踏み込んだ公表を行う例も多い。企業価値向上への取組方針や具体的な取組内容を積極的に内外に向けて発信する上場企業が増えているのは好ましいことだ。近年の金融庁からの経営方針に関す

カーブアウトの税務

M&A実務
カーブアウトの税務

現在の日本は、いざなみ景気を超えて戦後最長の景気拡大となっているとされている。しかし、少子高齢化、人口減少、財政問題など日本の将来に対する漠然とした不安、あるいは産業構造の変化が著しいビジネス環境において、自社のビジネスポートフォリオをスピーディーに入れ替える必要性を感じている人は多い。このような背景からか、ここ数年、カーブアウトやスピンオフにより企業が選択と集中を実行することを税務面からも後押し

企業統合に関する改正会計基準の実務上の留意点

M&A実務
企業統合に関する改正会計基準の実務上の留意点

イエローハットは、ドライバースタンドの取得により、2,027百万円の負ののれん発生益を認識している(2014年3期及び2015年3期の有価証券報告書より)。当該負ののれんの一括収益認識は、2008年12月26日「企業結合会計基準」の一部改正によるものであり、20年以内の一定の年数で規則的に償却する処理から、一時の利益に計上する処理に改正された。負ののれんの一括収益認識は、国際財務報告基準(IFRS

海外のM&Aにおいて税務・会計面での留意点

海外M&A
海外のM&Aにおいて税務・会計面での留意点

はじめに自動車や家電など資本財メーカーに加え、消費財メーカーやサービス業の日本企業によるアジア、特にASEAN5(インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア)へのM&Aによる進出が盛んだ。近年ではさらに、メコン経済圏(ミャンマー・カンボジア・ラオス)も注目を集めている。数はまだ少ないが、メコン経済圏への日本企業の直接投資も始まっている。ユニチャームは、2013年3月、ミャンマーの紙おむつ

「広報誌・M&A税務・イノベーション・シナジー・上場企業」に関連する学ぶコンテンツ

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース