技術承継とは？

技術承継とは、企業が培ってきた独自の技術や技能を、次世代の人材へ引き継ぐ取り組みのことです。事業の継続や競争力の維持に直結する重要なテーマであり、とりわけ中小企業では存続を左右する鍵ともいえます。まず、技術と技能の違いを整理したうえで、事業承継やM&Aとの関係について整理していきます。

技術と技能の違い

「技術」とは、製品開発や生産工程に関する理論や方法、ノウハウを体系化したものを意味します。これに対して「技能」とは、熟練者が長年の経験を通じて身につけた実践的な作業能力のことです。

技術は比較的マニュアル化や文書化が可能ですが、技能は個人の体験や判断力に依存する傾向が強く、再現が難しい場合も珍しくありません。企業の競争力を支えるのは、多くの場合この技能の部分であり、承継が進まなければ大きな問題となってしまいます。

そのため、技術承継を考える際には、技術と技能を区別しつつ、両者をバランスよく受け継ぐ視点が不可欠です。

技術承継と事業承継・M&Aとの関係

事業承継とは、資産や負債、取引先との契約や従業員、ブランドやノウハウなど、企業活動全体を後継者へ引き継ぐことを指します。その中で技術承継は、特に「技術や技能」に焦点を当てた承継の一部として位置づけられます。

近年は、熟練人材の不足や後継者不在が深刻化しており、特に製造業ではその課題が顕著です。厚生労働省の調査によれば、多くの中小企業で計画的な人材育成の仕組みが整っておらず、OJTやOFF-JTが十分に実施されていない実態が示されています。このような状況は、技能の継承を一層困難にしています。

その解決策として注目されているのが、M&Aです。買い手企業が技術や人材を承継することで、自社の競争力強化につなげられるとともに、売り手企業にとっても後継者問題を解決する手段となります。

たとえば創業70年以上の歴史があり、国内シェア7割を誇るゴム製品製造会社の社長は、55歳を機に譲渡を決断しました。ゴムパッキン製造の技術と従業員を引き継ぎます。譲渡後も取締役社長として関与し、企業の「ものづくり」の姿勢を維持しています。

【M&A事例】シェア7割のニッチトップ企業。会社の永続と人生設計を考え55歳で決断

また、プラント向け製缶板金業の会社は、技術・技能の維持が課題でしたが、譲渡先と手を組むことで内製化が進み、受注先の拡大や製造プロセス改善につながりました。コロナ禍にあっても業績を回復させ、現在では過去最高益を予測するまでになっています。

【M&A事例】M&Aから2年半。苦しいコロナ禍も2社で乗り越え今期最高益へM&Aから2年半。

このように、技術承継は人材育成だけでなく、事業承継やM&Aと密接に関わるテーマであることが分かります。

技術承継が求められる背景

技術承継が注目される理由は、社会構造や経営環境の変化にあり、大きく3つに整理できます。

熟練技術者の高齢化と人材不足

多くの企業では、経営者や熟練従業員が高齢化を迎えており、技術の継承は待ったなしの課題となっています。特に製造現場で必要とされる技能は、経験に裏打ちされた知識や勘に依存する部分が大きいため、引退と同時に失われかねません。形式的にマニュアルを整備しても補いきれない領域が存在するため、企業の存続に直結するリスクが潜んでいます。

一方で、若手人材の採用難や早期離職も深刻さを増しています。技能を受け継ぐべき層が十分に確保できなければ、承継の仕組み自体が機能しません。結果として技術の連続性が断たれ、企業の競争力や成長の機会を奪うことにつながりかねないのです。

グローバル競争と海外技術の進展

製造機械やデジタル技術の発達によって、かつては国内企業の強みだった製品も、海外で再現されるようになっています。価格競争力だけでは優位性を保ちにくくなり、差別化の鍵は、独自に培われた技能やノウハウへと移っています。

この技能やノウハウを次世代に継承できるかどうかが、国際市場における競争力を大きく左右します。さらに、人材や技術が海外へ流出するリスクも存在することから、国内で技術を守り、承継していく重要性はこれまで以上に高まっているのです。

中小企業における企業存続リスク

中小企業では、後継者不足や承継の停滞によって、利益が出ていても廃業を余儀なくされる「黒字廃業」が増加しています。こうした事態は、個々の企業にとどまらず、地域経済や雇用に波及し、社会全体に大きな損失をもたらす点で看過できません。

このリスクを軽減するため、行政や自治体では支援策の整備が進められています。補助金や専門家の派遣など、早期から利用可能な制度も広がっており、企業は一刻も早く技術承継に取り組むことが推奨されます。

技術承継が進まない主な原因と課題

技術承継の重要性は、多くの企業で認識されているものの、現実には思うように進んでいないケースが少なくありません。その背景には、人材・技術・組織の三つの側面に共通する課題が存在しています。

ここでは、承継が滞る主な原因を、三つの視点から整理します。

人材課題（若手人材の不足と定着率の低さ）

少子化や働き方の価値観の多様化により、若手人材の採用は年々難しくなっています。ようやく採用できたとしても、定着率が低く、十分に育成の時間を確保できないのが実情です。そのため、熟練者の知識や技能を受け継ぐ前に離職してしまうケースが多発し、結果的に承継のサイクルが断絶しやすくなっています。

さらに問題となるのは、若手が職場に定着しないことで、組織内の学習や教育の仕組みが回らなくなる点です。熟練者が時間をかけて後継者を育てようとしても、短期間で人が入れ替わってしまえば、承継の機会そのものが失われてしまいます。採用難と離職率の高さが同時に進行することで、承継の担い手不足は慢性的な課題となり、企業の持続性を脅かしているのです。

技術課題（属人化したノウハウ・マニュアル化の限界）

技能の多くは「経験に基づいた工夫」として個人に蓄積されがちです。そのため、文書化やマニュアル化が困難で、形式的に整備しても十分に伝わらない場合があります。

加えて、ベテラン社員が長年かけて培った感覚を短期間で再現することは難しく、習得には相応の時間が必要となります。その結果、効率的な技術承継が進まない要因となっています。

また、近年ではICTや動画などを活用した教育も進められていますが、それだけで熟練者の水準を再現するのは容易ではありません。現場での失敗や試行錯誤を経て身につけられる「勘所」は、単なるマニュアルでは置き換えられない部分が大きいのです。

そのため、承継の方法を工夫しなければ、マニュアル化された知識と実地経験との間に大きなギャップが生じてしまいます。技術の属人化を克服するためには、文書や動画と実践教育を組み合わせる長期的な取り組みが欠かせないといえるでしょう。

組織・経営課題（仕組み不足・ベテラン依存・経営層の軽視）

中小企業の多くでは、まだまだ体系的に承継を進める仕組みや制度が整っていません。そのため、特定のベテラン従業員に依存しやすく、業務が属人的になる傾向があります。

さらに、経営層が技術承継の重要性を十分に認識せず、優先順位を低く設定してしまうこともあります。そのような環境では、現場任せの取り組みにとどまり、承継が思うように進まない大きな要因となっています。

このような課題は、一朝一夕で解決できるものではありません。特に「経営層の意識の低さ」は、組織全体の方向性に大きく影響します。

人材育成や承継を戦略的に位置づけず、売上や短期的利益を優先してしまえば、現場は慢性的に人手不足のまま疲弊していきます。逆に、経営層が承継を重要な経営課題として明確に位置づければ、教育体制や制度整備も前進しやすくなるでしょう。

技術承継を成功させるためのポイント

技術承継は課題が多い分野ですが、適切な方法を組み合わせれば効果的に進めることが可能です。特に重要なのは、「記録」「教育」「デジタル化」「人材確保」「外部活用」の五つの柱です。

ここでは、それぞれの取り組みの要点について整理します。

技術やノウハウの文書化と動画化

まず欠かせないのが、熟練者の作業手順や判断基準を記録に残すことです。特に文章だけでは伝わりにくい「経験や勘に基づいたコツ」を動画で保存することで、後継者が理解しやすくなります。

紙媒体に加えて映像や写真を積極的に活用すれば、視覚的に学べるため定着度が一段と高まります。こうした取り組みを重ねれば、技能の属人化を解消し、技術の再現性を高めることができるでしょう。

OJT・Off-JTを組み合わせた教育体制

現場での経験（OJT）は実践的な学びとして欠かせませんが、それだけでは知識の体系化が十分ではありません。そこで、座学や外部研修といったOff-JTを組み合わせることが効果的です。

さらに、スキルマップを用いて必要な技能を「見える化」することで、教育の優先順位を明確にできます。こうした工夫により、育成の抜け漏れを防ぎ、計画的で安定した承継が可能となります。

ITツール・デジタル技術の活用

近年はITツールの活用も技術承継を効率化する大きな鍵となっています。知識や手順をデータベース化すれば、必要な情報を検索・共有しやすくなります。

さらに、AIや動画マニュアルを導入すれば、熟練者の技を「見える化」できるため、伝達のスピードを向上させることも可能です。こうしたDX化の推進は、時間や場所の制約を超えた教育を可能にし、結果として承継全体の効率を高めることが期待できます。

若手人材採用とモチベーション向上の取り組み

技術を受け継ぐ若手人材を確保することも、重要な柱です。採用だけでなく、定着率を高める工夫がなければ、承継は進みません。

そのためには、成長を実感できる仕組みやキャリアパスを設計することが効果的です。加えて、成果を評価する制度や表彰制度を整備すれば、モチベーションを高め、若手が主体的に承継に取り組む環境を築くことができます。

外部アドバイザー・専門家の活用

自社だけで技術承継を完結させるのが難しいケースも少なくありません。そのような場合は、外部アドバイザーや専門家の知見を取り入れることが有効です。第三者の視点によって、自社では気づきにくい課題を明らかにし、より効果的な承継方法を設計できます。

また、行政や自治体の支援制度を活用すれば、専門家派遣や補助金の利用によってコストを抑えることも可能です。外部の力を戦略的に取り入れることで、限られた時間や人材の中でも承継の精度を高められ、成功の可能性を大きく広げることができます。

M&Aによる技術承継問題の解消

自社内で技術を受け継ぐ体制を整えることが難しい場合、M&Aは有効な選択肢となります。ただし、承継の手段としてM&Aを活用する際には、双方の立場から見たメリットや注意点を理解しておかなければなりません。

ここでは、M&Aを通じて技術承継を進める際の主要なポイントについて解説します。

後継者問題の解決

M&Aは、後継者不在という根本的な課題を解決する有力な手段です。売り手企業は、廃業せずに事業を存続させながら、長年培った技術を次世代へつなぐことができます。

一方、買い手企業にとっては即戦力となる技術や人材を一度に確保できるため、承継にかかる時間を大幅に短縮することが可能です。そのため、双方にとって合理的かつ現実的な解決策となります。

売り手企業側のメリット

M&Aを活用することで、売り手企業は培ってきた技術を途絶えさせることなく次世代に継承できます。これは廃業リスクを回避し、従業員の雇用や取引先との関係を守ることにもつながります。

さらに、地域経済への貢献や社会的信用の確保といった側面もあり、単なる事業承継を超えて、企業の存在意義そのものを守りながら技術を引き継ぐことが可能です。こうした効果は、経営者自身の安心感や取引先からの信頼維持にも直結し、承継後も企業が円滑に運営される基盤を築くことにつながります。

買い手企業側のメリット

一方、買い手企業にとっての最大のメリットは、新しい技術や技能を短期間で獲得できる点です。特に、自社で開発すれば時間やコストがかかる分野を、M&Aによって補完できることは非常に大きなメリットです。

また、人材も同時に承継できるため、研究開発や生産体制の強化に直結します。こうした効果は競争力の向上につながり、成長戦略を加速させる有効な手段となります。

さらに、買い手企業が新しい市場に参入する際にも、技術と人材の一括承継は大きな武器となり、シナジー効果を生み出しやすい点も見逃せません。

技術承継を進める上での4ステップ

技術承継を効果的に進めるには、場当たり的に対応するのではなく、計画的な流れを踏むことが欠かせません。基本となる手順は「現状把握 → 優先度決定 → 計画と実行 → 手段の検討」という四つの段階に整理できます。

以下では、その具体的なステップを確認します。

①現状の技術・スキルの棚卸しと可視化

出発点となるのは、 社内にどのような技術や技能が存在しているかを正確に把握する ことです。熟練者が担っている「経験や勘に基づいたコツ」も含めて洗い出すことが重要になります。

スキルマップや業務フローを用いれば可視化が進み、承継すべき内容が明確になります。この段階を丁寧に行うことで、次のステップがスムーズに進みます。

②優先度の高い技術・技能を明確化

次に必要なのは、 承継の優先順位をつける ことです。すべてを一度に引き継ごうとすれば負担が大きく、結果的に中途半端に終わる可能性があります。

したがって、市場競争力や事業継続に直結する技術を中心に選定すれば、限られた時間や人材でも効率的に承継を進められます。この取捨選択によって、実務に即した現実的な承継が可能になるのです。

③承継計画の策定（教育・マニュアル化・OJTなど）と実行

承継すべき技術が整理できたら、 教育方法やマニュアル整備を含めた計画 を立てます。OJTとOff-JTを組み合わせることで、現場の実践力と体系的な学習を両立させることができます。

計画の実行段階では、進捗管理を徹底し、必要に応じて定期的に見直すことが必要です。こうした取り組みにより、形だけで終わらず、実効性のある承継が実現できるでしょう。

④M&Aを含む承継手段の検討

最後に、 最終的な承継手段を検討 します。自社の努力だけでは対応しきれない場合、M&Aという選択肢を視野に入れることも有効です。

M&Aを通じて後継者問題を解消しつつ、技術や人材を確実に引き継ぐことが可能となります。買い手にとっても新たな技術の獲得や競争力強化につながるため、双方にとってメリットのある手段といえるでしょう。

このように承継の方法を幅広く検討することで、技術承継を企業存続や成長戦略に結びつけられます。

終わりに

技術承継は、企業の存続や成長に直結する重要課題です。高齢化や人材不足、技能の属人化など多くの壁がありますが、文書化・教育・デジタル化・M&Aといった多様な手段を組み合わせれば解決の道筋は見えてきます。

ただし、自社だけで最適な方法を選び取るのは容易ではありません。だからこそ、専門家の知見を活用しながら計画的に取り組むことが、将来の競争力を守る最善策となります。