病院・クリニックM&Aにまつわる4つの誤解

今市 遼佑

プロフィール

今市遼佑

日本M&Aセンター 営業本部 ヘルスケアチャネル 医療介護支援部

業界別M&A
更新日:

⽬次

[非表示]

コロナ禍を契機に「医療の在り方」が注目されています。コロナ禍への対応が賞賛される一方、医療システムの問題点も浮き彫りになっています。

また、団塊の世代が後期高齢者となる2025年問題を抱える日本において、医療費の上昇や国の財政赤字、労働人口の減少は喫緊の課題となっており、国は医療費の抑制を進めています。

包括医療制度導入による入院費の抑制や地域包括ケアシステムによる在宅医療へのシフト、2024年の労働基準法改正施行における医師の働き方改革など、病院・クリニック経営において経営環境の変化への対応が求められています。

医療を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中、病院・クリニックは経営戦略としてM&A戦略を主体的に考えていくべきものとなってきています。M&A戦略を検討するためには、「M&Aの正しい知識を持って、正しい意思決定をする」ことが非常に重要となります。

病院・クリニックM&Aの現場では、多くの経営者がM&Aに対して誤った認識を持っている場合が多く、その中でも誤解されがちな4つの点について、解説します。

M&Aの目的、検討ポイントは業界・業種によって異なります。病院・クリニックのM&Aに精通した専門チームがあなたの会社のM&Aをご支援します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。

【誤解①】経営陣はM&Aと同時に全員入れ替わることになる

M&Aは、経営権が移行するということです。株式会社では、株式を買い取ることで経営権を移行することができます。
医療法人は、出資持分に比例するのではなく、1社員が1議決権を持ちます。よって、社員総会の社員の入れ替えによってM&Aが行われるのです。社員総会のメンバーをどうするかが問題となるので、M&Aの経営陣の交代は、M&A相手との相談によって決めることとなります。
現在、多くの買い手は、その病院・クリニックが培ってきた信頼をなるべく引き継ぎたいので、経営陣、理事長や病院・クリニック名がそのまま残ることが多いのです。

【誤解②】M&Aを実行すればすぐに引退できる

M&Aによる病院・クリニック経営の譲渡を検討されている方に、M&Aを実行後すぐに引退したいという方が多くいらっしゃります。医療法人と一般の株式会社では、経営者の引退の時期については全く異なります。株式会社のM&Aでは、多くの場合がM&A実行時に代表取締役が交代し、譲渡したオーナーは3ヶ月~6か月ぐらいをかけて取引先や金融機関にご挨拶周りを行い、経営の引き継ぎして引退します。一方で、病院・クリニックのM&Aでは、経営者が医療現場に深く入られていることがほとんどです。その場合、経営面の引き継ぎだけでなく、医療現場での引き継ぎも行わなくてはいけないのです。そのため、後継者となる人材の採用、教育、経営面の引き継ぎが長い期間かかることが通例となります。少なくとも1年間はバトンタッチする期間を見積もっていただく必要があり、M&Aの相手探し、マッチングにはさらに時間がかかりますので引退したい年から逆算して少なくとも3年前から事業承継に向けて動き出さなくてはいけないのです。

【誤解③】病院・クリニックの売買価格は病床数で決まる

病院・クリニックのM&Aの価値算定では、よく1病床につき1千万円ということが言われています。これは、事実と言える部分もありますが、誤りという側面もあります。
実際、病床が多い規模の大きい病院の方がもちろん売上は大きくなります。その結果、病床が多く規模の大きい病院の方がM&Aの売買価格は高くなりやすいです。
しかしながら、医療法人の価値算出は株式会社と同じ手法が使われており、病床数や病院の規模ではなく、経営数字に即した価値算出が行われます。

M&Aにおける価値算出方法
・コストアプローチ
現在の財産に着目し、時価純資産に営業権を足した金額が法人価値となる。病院M&Aで、一般的に活用されている価値算定手法。

・マーケットアプローチ
類似の上場企業の市場価値の相場に合わせ、価値算定を行う。医療法人は上場していないため、病院・クリニックのM&Aではあまり使われない。

・インカムアプローチ
将来の収益に着目した算出方法。目まぐるしく変化する現在の医療法人経営の環境において将来の収益予測が難しいため病院・クリニックのM&Aではあまり使われない。

【誤解④】持分なし医療法人へ移行すれば事業承継問題は解決し、M&Aを行う必要はない

病院・クリニックを承継するためには、

  1. 後継者を明確にする
  2. 中長期経営戦略を整える

この2つの重要な要素を決めてから、どのように承継するか検討することになります。「持分あり法人」「持分なし法人」どちらにするかもこの2つを決めて方針を決める必要があります。
持分のあり・なしでの選択がその後の税金・譲渡価格大きく影響を及ぼすため、自院や経営者本人にとって最もメリットがある方法を選ばなくてはいけません。

病院・クリニックM&Aではコストアプローチによる価値算出が一般的

持分なし法人を選択した場合
相続税・贈与税の優遇があり、低利で融資を受けることができます。後継者及び中長期の経営戦略が決まっていれば、持分なし法人への移行は経営上のメリットが大きいです。

持分あり法人を選択した場合
M&Aの譲渡対価の観点でみると、出資持分なし法人をM&Aで譲渡した場合は役員退職金のみとなりますが、出資持分ありの法人であれば役員退職金に加え出資持分譲渡対価を受け取ることができます。

このように経営上のメリットとM&A譲渡対価などの要素を総合的に判断し、最も良い方法を選択する必要があります。

病院・クリニックM&Aは早めの検討が重要

このように、病院・クリニックM&Aでは様々な要素を総合的に判断し、検討していくことが重要となります。特に病院・クリニックを承継するために重要なのは、「後継者を明確にすること」「中長期経営戦略を整えること」です。この2つを決定して初めてどのように承継していくかを検討していくことになります。さらにM&Aによる引退をする場合には、後継者への経営の引き継ぎに加えて医療面の引き継ぎを行わなくてはならないため、承継に時間がかかるケースが多くなります。病院・クリニックの承継や引退については、なるべく早めに検討していくことが重要なのです。

M&Aの目的、検討ポイントは業界・業種によって異なります。病院・クリニックのM&Aに精通した専門チームがあなたの会社のM&Aをご支援します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。

医療・介護業界のM&Aと事業承継の動向(2022年最新版)

プロフィール

今市 遼佑

今市いまいち  遼佑りょうすけ

日本M&Aセンター 営業本部 ヘルスケアチャネル 医療介護支援部

早稲田大学卒業後、野村證券を経て2013年日本M&Aセンターに入社。以来一貫して医療介護分野のM&Aを手掛け、個人での成約件数実績は30件を超える。

この記事に関連するタグ

「事業譲渡・業界別M&A」に関連するコラム

M&Aが失敗する要因とは?対処法や事例も紹介

M&A全般
M&Aが失敗する要因とは?対処法や事例も紹介

M&Aの失敗には、投資対効果の未達、のれんの減損損失、デューデリジェンスの不備、人材流出などがあります。原因や失敗事例を通して、対策法を解説します。M&Aは企業成長を加速させる成長戦略の一つですが、必ずしも期待どおりの効果が得られるとは限りません。当初の目標を下回り、失敗とみなされるケースもあります。M&Aを成功に導くには、失敗事例を知って対策を講じることが不可欠です。本記事では、M&Aが失敗とみ

買収とは?合併やM&Aとの違い、種類、プロセスを解説

M&A全般
買収とは?合併やM&Aとの違い、種類、プロセスを解説

買収は、企業の成長や事業承継の手法として広く活用されています。売り手側にも買い手側にもメリットがある一方で、リスクもあるため注意が必要です。本記事では、買収と合併、M&Aの違いをはじめ、買収の種類やプロセスをわかりやすく解説します。この記事のポイント買収とは、対象企業の事業や経営権を取得することで、「事業買収」と「企業買収」に分けられる。買収には「友好的買収」と「同意なき買収」があり、一般的に中小

事業売却とは?会社売却との違いやメリット・デメリット、税金について解説

M&A全般
事業売却とは?会社売却との違いやメリット・デメリット、税金について解説

事業売却は、企業が特定の事業部門や資産を他の企業に譲渡するプロセスであり、戦略的な再編成や資金調達の手段として広く利用されています。この手法は、企業が不採算部門を整理し、主力事業へ経営資源を集中するなど、事業戦略の見直しを行う場面で活用されます。本記事では、事業売却のメリットやデメリット、手続きについてご紹介します。この記事のポイント事業売却の目的は資金調達、事業ポートフォリオの見直し、事業承継な

分社化とは?子会社化との違い、メリット・デメリットを解説

M&A全般
分社化とは?子会社化との違い、メリット・デメリットを解説

分社化は、企業が成長を遂げるための重要な戦略の一つです。特に、複雑なビジネス環境においては、柔軟性や迅速な意思決定が求められます。本記事では、分社化の概要、メリットやデメリットについて整理し、実際に分社化する際のポイント等について詳しく解説します。この記事のポイント分社化は、企業が事業の一部を切り離して独立した会社を設立する手法であり、業務効率向上や新規事業参入を目的とする。分社化には会社分割や事

事業譲渡とは?メリットやデメリット、流れをわかりやすく解説

M&A全般
事業譲渡とは?メリットやデメリット、流れをわかりやすく解説

事業譲渡は、M&Aスキームの1つであり、経営戦略の一環として注目される手法です。本記事では、事業譲渡の概要について詳しく解説します。この記事のポイント事業譲渡は企業が事業の一部または全部を他社に売却する取引で、経営権は売り手に残る。事業譲渡は、売り手が不採算部門を手放す際や、経営資源を集中させたい場合に有効である。売り手には法人税や消費税が発生し、買い手は不動産取得税や登録免許税が課せられる。ct

M&Aのスキームの種類とは?それぞれの特徴やメリット、選び方を解説

M&A全般
M&Aのスキームの種類とは?それぞれの特徴やメリット、選び方を解説

M&Aは、企業の成長戦略や事業承継の手段として広く活用されています。M&Aは、事業承継や経営資源の補完、新規市場への参入など、さまざまな目的で実施され、その目的や状況に応じて選択すべきスキーム(手法)は異なります。本記事では、代表的なM&Aスキームである株式譲渡や会社分割、事業譲渡、株式交換のほか、第三者割当増資、合併について解説します。この記事のポイントM&Aは、その目的に応じて、株式譲渡・事業

「事業譲渡・業界別M&A」に関連する学ぶコンテンツ

「事業譲渡・業界別M&A」に関連するM&Aニュース

エフティグループ、会社分割によりLED販売等に係る事業を子会社のFTコミュニケーションズへ承継

株式会社エフティグループ(2763)は、同社のLED販売等に係る事業を会社分割し、連結子会社である株式会社FTコミュニケーションズ(東京都中央区)に承継させることを決定した。エフティグループを分割会社とし、FTコミュニケーションズを承継会社とする簡易吸収分割方式。エフティグループは、情報通信機器等の企画・販売・保守、グループ会社管理を行っている。FTコミュニケーションズは、情報通信機器等の販売、各

メディエア、Story&Eurekaからスマホカメラ用フィルターブランド「THE emo(ジエモ)」の企画/運営/販売する事業を譲受

メディエア株式会社(199A)は、Story&Eureka株式会社(東京都中央区)が行うスマホカメラ用フィルターブランド「THEemo(ジエモ)」の企画/運営/販売する事業を譲り受けることを決定した。メディエアは、EC支援サービス(クライアントのEC事業を支援)、D2C販売(メディエアの販売サイトで商品販売)を展開している。Story&Eurekaは、スマホカメラ用フィルターブランド「THEemo

住友大阪セメント傘下のスミセ建材、会社分割によりブラストから建材・石油事業を承継

住友大阪セメント株式会社(5232)の主要子会社であるスミセ建材株式会社(東京都千代田区)は、株式会社ブラスト(東京都千代田区)が行っている建材事業及び石油事業を、会社分割(吸収分割)の方法により承継することを決定した。スミセ建材は、セメント・生コンクリートの販売、固化材他セメント関連製品の販売、土木建築材料の販売、一般建設業を行っている。ブラストは、生コンクリート・セメント・その他建設製品の卸売

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース