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債権者保護手続きとは?必要になる場合や進め方、注意点を詳しく解説

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債権者保護手続き
経済活動は、お互いの「信用」で成り立っています。例えば現金以外に、小切手や手形、売掛・買掛取引などを用いて「信用」にもとづいた経済活動を行うことで、規模の大きな取引がスピーディーに展開できます。

こうした「信用経済」は、それを保証する要素がなければ、安心して取引をすることができません。信用経済を成り立たせるための担保として、多くの法律や制度などが作られています。そのひとつが「債権者保護手続き」です。

本記事では、債権者保護手続きの概要や、必要とされる場面、実際の手続きの流れ、そして注意すべき点等を解説します。

債権者保護手続きとは?

債権者保護手続きは、債権者にとって不利な影響を及ぼす経営判断が行われる際、企業が債権者に異議を唱える機会を与え、債権者の利益を保護することを目的に行われます。

債権者は、債務者との取引において、様々な状況から相手を「信用に足る」と判断して取引を行います。
「上場企業である」「資本金が多額である」「親会社が大企業である」など何らかの前提条件にもとづき、判断を下しています。

しかし、前提条件が取引後に変わってしまったらどうでしょうか?
「上場を取りやめた」「資本金が大幅に減った」「親会社との関係が切れた」など「信用に足る」と判断していた状況が変わると、債権者は取引に不安を感じてしまうでしょう。

このように重要な経営判断を通じて、会社の状況が変わる時に、債権者を保護するのが「債権者保護手続き」なのです。

債権者とは

債権者とは、特定の人に対して、特定の給付や行為を請求できる権利(債権)を持つ人物を指します。
また「債権」とは、特定の方に対して特定の給付や行為を請求できる権利です。

たとえば2人の人物の間で金銭の貸し借りがある場合、貸している人物を「債権者」、借りている人物を「債務者」と言います。そして、債権者が債務者に対して金銭の返還を求める権利が「債権」となります。

債権者は「知れたる債権者」と言われる場合もあります。
「知れたる債権者」は金額の大小に関わらず、会社に対する債権者全員を指し、債権者保護手続きの際には通知が行われます。

債権者保護手続きを行わないとどうなる?

もし企業が「債権者保護手続き」が行われないと、どうなるのでしょうか?

例えば企業の合併の場合、債権者から合併の差止請求や、合併の無効を訴えられる可能性が生じます。

最終判断は裁判所によって下されますが、場合によって合併自体が、差し止めもしくは無効になるリスクを背負います。そのため、債権者保護手続きには細心の注意を払い、全ての債権者に通知が行き渡るようにしなければなりません。

債権者保護が必要になるケース

具体的に、どのようなケースで、債権者保護が必要になるのでしょうか。会社法で定められている2つのケースについて見ていきましょう。

①資本金や準備金が減少するとき

資本金や準備金が減ってしまうと、債務を抱えるリスクが高まり、会社の経営に大きな影響を及ぼしかねません。
そのため、安定した経営に不可欠な資本金や準備金が減少するような場合には、債権者保護手続きが定められています。

ただし以下の場合は、貸借対照表上の「資本の部」の中で資金の移動のみであるため、債権者保護手続きの必要はありません。

  • 取り崩した準備金などを、資本金に振り替える場合
  • 過去の累積赤字を穴埋めするために、資本金を取り崩す場合

つまり、資本金や準備金が取り崩され、それらが社外へ流出するときにのみ、債権者保護手続きが必要になります。

②組織再編を行うとき

組織再編を行うと、会社の仕組みそのものが大幅に変わります。そのため、資本金や準備金の減少と同じように、債権者保護手続きが必要になります。

組織再編において債権者保護手続きが必要になるのは、主に以下の場合です。

合併

合併とは、複数の会社が法的に1つの会社になる、M&A手法のひとつです。
合併には、他の会社を吸収する「吸収合併」と、新たに設立した会社に合併させる「新設合併」があります。
どちらにも合併する相手次第で、財務状況や経営が悪化し、債権者の債権を脅かすリスクが生じる場合があります。

また、合併の進め方次第では資本金や資本準備金などの金額が減少し、万が一の場合、債権を回収するための原資が減ってしまう可能性があります。
このような事情から、合併を行う際には債権者保護手続きが必要になります。

会社分割

会社分割は、会社の一部または全ての事業を切り離し、別会社に移転するM&A手法です。
多くの場合、第三者に事業を継承してもらい、企業再編を図るために用いられます。会社分割は、「吸収分割」と「新設分割」の2つに分けられます。

「吸収分割」は、自社の事業部門の一部を切り離し、他社に吸収してもらう組織再編の手法のひとつです。不採算部門の切り離しに用いられる場合が多く見られ、吸収する側にとっては低コストで事業規模を拡大できるメリットがあります。

しかし、不採算部門を切り離す側は不採算部門に関する資産が減少し、また吸収する側もリスクを引き受けることになるため、どちらの会社の債権者もリスクにさらされることは間違いありません。したがって、吸収分割が行う際には、どちらの会社も債権者保護手続きが必要になります。

一方「新設分割」とは経営のスリム化や倒産リスクを分散させるため、事業の1部門の分社化が行われます。もしくは業績の良い部門をより成長させるために行われます。

債権者にとっては、分割会社に対する債権が分割会社か、新設会社かに振り分けられることで、不利益が生じる可能性があります。したがって新設分割を行う際にも、債権者保護手続きが必要になります。

組織再編では債権者保護手続きが不要な場合もある

組織再編では必ずしも債権者保護手続きが必要になるわけではなく、原則不要の場合もあります。

①債務の移転が発生しない場合

前述の通り、会社の経営に影響を及ぼすような重大な変化が起こり、債権者が持っている債権の回収にリスクが生じる場合に、債権者保護手続きが必要になります。

例えば、株式交換や株式移転のような組織再編の場合、株主が変わり、会社同士に新たな親子関係ができますが、会社の財務状況などに直接影響が及ぶわけではありません。
債権者の債務そのものが他社に移転していなければ、債務がリスクにさらされないため、債権者保護手続きは原則として必要とされていません。

ただし、以下のケースでは、債権者が異議を述べることができます。

  • 子会社となる会社が「新株予約権付社債」を発行しており、社債にかかる債務を「株式交換完全親会社」「株式移転設立完全親会社」が承継する場合:完全子会社の新株予約権付社債権者は、異議を述べることができます。

  • 交換対価が「完全親会社の株式等以外」の場合と「新株予約権付社債に関する債務」を完全親会社が承継する場合:株式交換完全親会社の債権者も異議を述べることができます。

②従来の債務者へ弁済請求できる場合

組織再編にともない会社の資本や準備金などが減ったり、債務が他の会社に移転したりすると「果たして無事に債務が履行されるのか?」と債権者が不安に感じるため、債権者保護手続きを行わなければなりません。

しかし、組織再編前の債務者に対して、組織再編後も債務の弁済請求ができるのであれば、仮に債務が移動して債務者名が変わってしまったとしても特段問題はありません。

債務者にとっては「誰が支払うか」ではなく、「きっちりと支払ってもらえるのか」が問題であるため、債権者保護手続きは原則不要とされています。

組織再編 手続き要否
合併 必要
会社分割 必要
株式交換 原則不要
株式移転 原則不要
株式譲渡 不要(定めなし)
事業譲渡 不要(定めなし)

債権者保護手続きの進め方

次に、企業が債権者保護手続きの進めるプロセスについて解説します。主に3つの流れで行われます。

①官報公告への掲載

債権者保護手続きを行う場合、まず官報販売所に問い合わせて、官報に公告の掲載手続きを行います。

官報とは国が発行している機関紙であり、行政機関の休日を除いて毎日発行されているものです。

この官報に債権者保護手続きが生じた事由などを記載し、債権者に対して公告を行います。
たとえば、新設合併をする場合、以下の内容を官報で公告します。


- 新設合併をする旨
- 新設会社及び被合併会社の商号及び住所
- 当事会社の計算書類に関する事項として法務省令で定めるもの
- 一定の期間内(1ヶ月以上)新設合併に対して異議申し立てができる旨

なお、官報への掲載料は1行単位で金額が定められており、一般的に会社の公告などで用いられている枠であれば約37,000円となります。(2022年12月時点)

②対象となる債権者への個別催告

官報で公告を行うだけでなく、「知れたる債権者」への個別催告も必要となります。

催告する内容は特段定められていませんが、多くの場合、官報で行った公告と同じものが用いられます。
また催告方法について定めはありませんが、一般的には「郵便葉書」や「封書」の郵送によって行われます。

なお「知れたる債権者」への個別催告も、官報での公告と同じように催告期間を1ヶ月以上とらなければなりません。催告期間は郵便葉書などが債権者に到着してからカウントされるため、郵送期間も加味したうえで期間に注意しましょう。

条件によって省略することも可能

知れたる債権者は、債権額の大小に関係なく対象となるため、ごく少額の債権者であっても全員に対して個別の公告を行わなければなりません。
会社の規模が大きくなればなるほど、取引先も増えるため、全員に対して郵送による公告を行うことは非常に大変な作業となります。

そのため、公告方法を日刊新聞紙や電子公告で行うように定款で定めている場合に限り、知れたる債権者への個別催告を省略し、日刊新聞紙や電子公告で行うことが認められています。

③異議を申し立てた債権者への弁済

官報での公告や個別催告に対し、債権者が異議を申し立てた場合、以下のいずれかの方法で弁済を行わなければなりません。


- 会社が債務を弁済する
- 債務に相当する担保を提供する
- 債務の弁済を行うために信託会社に債務に相当する額の財産を信託する

なお、公告や催告から1ヶ月を超える一定期間内に、債権者から異議申し立てがなされなかった場合は、債権者から承認されたものとみなされます。

債権者保護手続きの注意点

最後に、債権者保護手続きに関する注意点をまとめました。債権者保護手続きを行う場合、気を付けるべき点は以下の4つです。

①官報公告への掲載後、1ヶ月以上の異議申出期間を設ける

官報に公告を掲載してから1ヶ月以上の異議申立期間を設けなければ、債権者保護手続きが適正に行われたとはみなされません。また万が一日数を間違えたりしてしまうと、やり直す必要が生じたり、最悪の場合組織再編行為などが無効となる場合もあります。

したがって、官報に公告を行う際には十分な異議申立期間を設けて、日数が1ヶ月を切ってしまわないよう注意しておきましょう。

②組織再編の登記時に、手続き完了を証明する書類を提出する

新設合併などの組織再編が完了し、登記を行う際には、債権者保護手続きが全て完了していることを証明する書類を提出しなければなりません。万が一債権者保護手続きが完了していない時点で書類を作成してしまうと、日程などがずれてしまい、組織再編行為そのものがやり直しになってしまう事態に陥りかねません。

したがって、債権者保護手続きが適正に完了したことを確認したうえで、その旨を証明する書類を作成し、それから登記などを行うように心がけましょう。

③債権者への個別催告漏れがないようにする

知れたる債権者への個別催告に漏れがあると、債権者保護手続きが適正に行われたとはみなされない場合があります。そのようなケースでも、債権者からの異議申し立てによって組織再編行為が無効となってしまうことも考えられます。したがって、個別催告を行う場合は、債権額の大小に関わらず漏れがないように十分にチェックしておくことが大切です。

また個別催告漏れに関するリスクを未然に防ぐためには、定款の改定を行い、催告方法を日刊新聞紙や電子公告で行うようにしておくと良いでしょう。

終わりに

以上、債権者保護手続きについて、概要と進め方、注意点を中心にご紹介しました。

人口減少に伴い国内市場が縮小していく中で、市場規模に合わせた企業同士の組織再編は、今後活発に行われることが予想されています。

本記事で解説した債権者保護手続きは、主に組織再編の際に行われますが、条件によって必要、不要なケースにわかれるため、債権者保護手続きの必要性を確認しておかなければなりません。当該手続きに不備があると、組織再編そのものが無効になりかねないため、十分な注意が必要です。

特に、債権者への個別催告には、大きな手間とコストがかかるため、専門家にアドバイスを求めながら進めることをおすすめします。

日本M&Aセンターには各分野の専門家が揃っております。事業承継・M&A関連でお悩みのことがございましたら、お気軽にお問合せください。

著者

M&A マガジン編集部

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