事業承継税制とは?制度の仕組みやメリット、注意点を解説

事業承継税制は、事業承継の際に負担となる贈与税や相続税を猶予・免除できる制度です。利用するには要件を満たすだけでなく、利用後にも定期的な報告などの義務が発生します。また、事業承継税制には法人版と個人版の2種類があり、それぞれに適用要件が異なるため、利用前にしっかりと確認しておくことが大切です。
本記事では、法人版の事業承継税制の仕組みやメリット、注意点のほか、手続き方法などを解説します。
この記事のポイント
- 事業承継税制とは、中小企業の後継者が非上場会社を引き継いで経営を続けることを前提に、一定の条件を満たせば贈与税・相続税の納税が猶予される制度。
- 事業承継税制は、「自社株の評価額が高く、後継者にまとまった資金がない中小企業」「将来的にも経営を続ける意思がある企業」「単独後継で経営が安定している企業」に向いている。
- 事業承継税制を利用するには、申請するだけでなく、利用後5年間にわたって要件を満たし、都道府県庁や税務署へ毎年報告書などを提出する義務がある。
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事業承継税制とは贈与税・相続税を猶予・免除できる制度
事業承継税制とは、後継者が非上場会社を引き継いで経営を続けることを前提に、一定の条件を満たせば贈与税・相続税の納税が猶予される制度です。さらに、後継者が亡くなった場合や、一定期間後に次の後継者へ事業を承継した場合は、猶予された税金が免除されます。これにより、後継者は税負担を気にせず事業を引き継ぐことができます。
株式の承継時に発生する高額な税負担は、事業承継の大きな障害となり、廃業や雇用喪失につながるリスクが指摘されています。そのため、中小企業の事業承継を円滑に進める目的で、2009年に事業承継税制が創設されました。
事業承継税制は、贈与税や相続税の負担を軽減する制度ですが、事業承継税制を利用するには「事業の継続」が前提条件となっており、猶予期間中に廃業したり、納税猶予対象株式を譲渡したりするなどの取り消し事由が発生した場合、猶予措置は打ち切られ、猶予されていた税額を納付する必要があります。そのため、制度を活用する際には、長期的な経営計画を立てることが重要です。
なお、事業承継税制には要件を緩和した特例措置が設けられており、利用するには、2026年3月31日までに都道府県庁へ特例承継計画の提出が必要です。
事業承継税制の利用が有利になる主な会社の特徴
事業承継税制は、以下のような特徴を持つ企業において大きなメリットがあります。
・自社株の評価額が高く、後継者にまとまった資金がない中小企業
・将来的にも経営を続ける意思がある企業
・単独後継で経営が安定している企業
自社株の評価額が高い場合、贈与や相続する際の税金も高くなります。そのため、自社株の評価額が高く、後継者にまとまった資金がない中小企業では、事業承継税制を活用することによって、高い評価額の株式を承継する際の税負担が軽減されます。
また、将来的に経営を続ける明確な意思がある企業にとってもこの制度は有効です。事業継続が制度の前提条件となっているため、長期的な経営ビジョンを持つ企業ほど制度を活用しやすくなります。
さらに、単独後継で経営が安定している企業は、複数の後継者候補がいる場合と比べて、承継プロセスが明確で安定しているため、制度の恩恵を確実に享受できるでしょう。事業承継税制では、従業員の雇用を5年間8割以上確保する必要があるため、経営が安定していることも重要です。
事業承継税制以外の選択肢を検討すべきケース
事業承継税制が必ずしも最適な選択肢とは限らない場合もあります。制度の前提条件である「事業の継続」が困難な場合、猶予措置を打ち切られるリスクが高いため、後継者が不在であったり、事業の継続に不安があったりする企業では、事業承継税制の利用は適さない可能性があります。このような企業では、M&Aや廃業などほかの選択肢も含めて総合的に検討することが必要です。
また、制度利用による管理負担が経営リソースを圧迫する可能性がある企業についても、慎重に検討したほうがいい場合があります。事業承継税制には継続的な報告義務や各種手続きが伴うため、これらの負担が本業に支障をきたす場合は、専門家へ相談の上、ほかの事業承継の手段を検討してみるといいでしょう。
贈与税・相続税の基本的な仕組み
事業承継税制を活用すると、贈与税や相続税の負担を抑えられますが、そもそもどれくらい贈与税や相続税はかかるものなのでしょうか。事業承継税制の有効性を知るには、贈与税や相続税の仕組みを把握することも重要です。ここでは、贈与税・相続税それぞれの課税価格や税率、控除額などについて紹介します。
贈与税の税率と控除額
贈与税は、贈与により財産を取得した際に、年間110万円を超える部分に課税される税金です。贈与額が、110万円の基礎控除額以下であれば、贈与税は課税されません。
贈与税の税率は累進課税制度を採用しており、10%から55%の範囲で課税価格に合わせて段階的に課税され、贈与額が大きくなるほど贈与税の税率も高くなる仕組みです。
なお、贈与税には一般税率と特例税率の2種類があります。特例税率は、直系尊属(祖父母や父母など)から贈与時点で18歳以上の子や孫への贈与に適用される優遇税率で、一般税率よりも低い税率が設定されています。贈与税の税率について詳しくは、国税庁のWEBサイトもあわせてご確認ください。
■贈与税(特例税率)の税率と控除額
| 基礎控除後の課税価格 | 贈与税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 200万円以下 | 10% | ー |
| 200万円超から300万円以下 | 15% | 10万円 |
| 300万円超から600万円以下 | 20% | 30万円 |
| 600万円超から1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
| 1,000万円超から1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
| 1,500万円超から3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
| 3,000万円超から4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
| 4,500万円超 | 55% | 640万円 |
※出典:国税庁「No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)」
相続税の税率と控除額
相続税は、相続発生時に受け取った遺産に対して課税される税金です。相続税には基礎控除額が設けられており、遺産に係る基礎控除額は「3,000万円+(600万円×法定相続人の数)」で計算されます。相続財産がこの基礎控除額以下の場合、相続税はかかりません。
相続税の税率は累進課税制度を採用しており、法定相続分に応じた取得金額にあわせて10%から55%の範囲で段階的に課税されます。相続税も贈与税と同じく、以下の表のように、相続財産が大きくなるほど税率も高くなる仕組みです。
■相続税の税率と控除額
| 法定相続分に応ずる取得金額 | 相続税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 10% | - |
| 1,000万円超から3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
| 3,000万円超から5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
| 5,000万円超から1億円以下 | 30% | 700万円 |
| 1億円超から2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
| 2億円超から3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
| 3億円超から6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
| 6億円超 | 55% | 7,200万円 |
※国税庁「No.4155 相続税の税率」
なお、相続税の申告・納税期限は、相続の開始を知った日の翌日から10ヵ月以内と決まっているため、事業承継を進めながら資金を準備することが非常に困難です。
特に中小企業の自社株を承継する場合、株式の評価額によっては数千万円単位の税負担が発生することもあります。贈与税・相続税は、自社株式の評価が高いほど課税額が大きくなり、これが事業承継の大きな障壁となっています。
事業承継税制の特例措置
事業承継税制には、2018年に導入された特例措置があります。特例措置は、一般措置よりも適用要件を緩和したことによって、中小企業の事業承継を大幅に支援する制度となっています。
事業承継税制の特例措置では、対象株数の上限の撤廃、納税猶予割合の100%への拡大、対象の後継者の最大3人への増加のほか、将来的な売却・廃業の際の税負担に軽減措置が盛り込まれました。
ただし、事業承継税制の特例措置を利用するには、2026年3月31日までに特例承継計画を都道府県庁へ提出する必要があります。期限が設けられている点には注意しましょう。
事業承継税制の特例措置と一般措置の違いは以下の表をご確認ください。
■事業承継税制の特例措置と一般措置の違い
| 特例措置 | 一般措置 | |
|---|---|---|
| 事前の計画策定等 | 特例承継計画の提出 2026年3月31日まで |
不要 |
| 適用期限 | 2027年12月31日までの 贈与・相続等 |
なし |
| 対象株数 | 全株式 | 総株式数の最大3分の2まで |
| 納税猶予割合 | 100% | 贈与:100%、相続:80% |
| 承継パターン | 複数の株主から最大3人の後継者 | 複数の株主から1人の後継者 |
| 雇用確保要件 | 実質撤廃 | 承継後5年間平均8割の 雇用維持が必要 |
| 事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除 | 一定の自由が生じた場合はあり | なし |
| 相続時精算課税の適用 | 60歳以上の者から18歳以上の者への贈与 | 60歳以上の者から18歳以上の推定相続人(直系卑属)・孫への贈与 |
※出典:国税庁「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし」
※出典:中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」
事業承継税制の対象と適用要件
事業承継税制は、利用できる対象企業が決まっているだけでなく、適用要件や制度利用後の条件などが設けられています。贈与と相続で要件が異なる場合もありますので注意しましょう。
対象企業
事業承継税制の対象は、中小企業基本法に定められた中小企業で、かつ非上場企業に限定されています。中小企業基本法では、業種によって資本金額または従業員数の基準が設けられており、製造業では資本金3億円以下または従業員300人以下、卸売業では資本金1億円以下または従業員100人以下などの条件があります。
なお、上場企業や風俗営業会社、資産管理会社は対象外です。
先代経営者が満たすべき要件
事業承継税制の適用要件では、先代経営者が贈与・相続前において筆頭株主かつ総議決権数の過半数を保有し、代表取締役であったことが求められます。また、贈与時には完全に代表者を退任している必要があります。
後継者が満たすべき要件
後継者の要件は、相続・贈与によって筆頭株主かつ総議決権数の過半数を保有することです。また、相続の場合、相続開始の直前に役員であり、相続開始から5ヵ月後に代表者である必要があります。
なお、2025年度の税制改正により、2025年1月1日以降の贈与については、贈与の直前においてその企業の役員を務めていることが条件となり、従来の3年間の役員要件が緩和されました。
制度利用後に必要な条件
事業承継税制では利用後、5年間にわたって事業の継続、代表者の継続、株式の保有継続、雇用の8割以上を確保するなどの条件を満たす必要があります。また、5年間は毎年、都道府県庁や税務署への報告書や届出書の提出も義務付けられています。
なお、提出を怠ったり、条件を満たせず、納税猶予期間に廃業するなどの取り消し事由に該当したりする場合は、猶予されていた贈与税や相続税の納税義務が発生するので注意してください。
事業承継税制の手続きと流れ

事業承継税制には、一般措置と特例措置がありますが、ここでは一般措置について解説します。
事業承継税制を利用するには、申請するだけでなく、5年間にわたって報告書などの提出が義務付けられます。また、贈与と相続では提出期限などが異なるため、贈与と相続それぞれの手続きを見ていきましょう。
贈与税で利用する場合の手順
贈与税で事業承継税制を利用する場合の手順は以下のとおりです。
なお、事業承継税制の特例措置を受ける場合は、以下の手順の前に、2026年3月31日までに都道府県庁へ特例承認計画の提出が必要です。
<贈与税を利用する場合の手順>
1.先代から後継者へ株式の贈与
2.贈与を受けた年の翌年1月15日までの間に都道府県庁へ申請
3.審査後、認定書の交付
4.納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を税務署へ提供
5.贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに贈与税を申告
納税猶予期間の5年間は、以下の書類の提出が毎年必要です。
<贈与税の納税猶予の報告(5年間)>
1.都道府県庁へ毎年「年次報告書」を提出
2.税務署へ毎年「継続届出書」を提出
納税猶予期間の5年間経過後に、継続する場合は税務署へ「継続届出書」を3年に1回提出します。提出を怠たると納税猶予が取り消しとなるため、詳細については中小企業庁のマニュアルもあわせて確認しておきましょう。
相続税で利用する場合の手順
相続税で利用する場合も贈与と同様に、年次報告や条件維持が5年間求められます。将来的に株式の譲渡・事業の廃止などがあると、猶予が打ち切られるリスクがあるので注意してください。
事業承継税制を相続税で利用する際の手順は以下のとおりです。
<相続税を利用する場合の手順>
1.先代から後継者へ株式の相続又は遺贈
2.相続発生後5ヵ月を経過する日の翌日から8ヵ月を経過する日までの間に申請
3.審査後、認定書の交付
4.納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を提供
5.相続税の申告
<相続税の納税猶予の報告(5年間)>
1.都道府県庁へ毎年「年次報告書」を提出
2.税務署へ毎年「継続届出書」を提出
なお、5年経過後、継続する場合は税務署へ「継続届出書」を3年に1回提出します。
事業承継税制のメリットと注意点
事業承継税制には税負担を軽減できるという大きなメリットがある一方で、手続きが複雑などの注意点もあります。
以下のメリットと注意点それぞれを確認した上で、制度を利用するかを検討してみましょう。
■事業承継税制の主なメリットと注意点
| メリット | 注意点 |
|---|---|
| ・贈与税なら最大100%、相続税なら最大80%免除される ・後継者が税負担を気にせず事業継続ができる ・本来税金として納める予定だった資金を再投資や成長戦略に回すことができる |
・事業承継税制の要件を満たさなくなった場合、猶予が取り消しになる ・猶予が取り消しになると、贈与税や相続税に利息を加えた金額を一括納付する必要がある ・制度の内容や手続きが複雑で難しい |
事業承継税制のメリット
事業承継税制のメリットは、贈与税なら最大100%、相続税なら最大80%が免除される可能性があることです。これにより、後継者は税負担を気にせず安心して事業を継続できます。
また、事業承継税制によって会社の資金流出を防げるため、本来税金として納める予定だった資金を再投資や成長戦略に回すことが可能になります。特に、株式の評価額が高い企業にとっては、大きな恩恵となるでしょう。
事業承継税制の注意点
一方で、事業承継税制の条件を満たさなくなった場合、猶予された贈与税や相続税に利息を加えた金額の一括納付が求められる点には注意が必要です。
また、事業承継税制は制度の内容や手続きが複雑で、不備があると猶予が無効になる可能性があります。特に、認定手続きや税務申告は専門知識が必要となるため、専門家の支援が不可欠です。専門家に相談することによって、制度の利用可否や事業継続の可否を含めた戦略的な承継計画も立てられるでしょう。
事業承継の相談先の選び方
事業承継税制を活用する際は、中小企業の事業承継において豊富な実績があり、制度の知識に加えて、M&Aや遺産分割など複合的な観点から助言できる、M&A仲介会社や専門家を選ぶことが重要です。事業承継税制の手続きを誤ってしまうと、大きな税負担が発生し、事業の存続に影響が出るかもしれません。
また、利用後も5年間にわたって都道府県庁や税務署への報告が義務付けられているため、幅広くサポートしてくれる相談先を選ぶといいでしょう。
事業承継については専門家へ相談しよう
事業承継税制は、贈与税・相続税の猶予や免除を受けられるというメリットもあれば、事業を継続して報告を定期的に行うなど管理の面での負担もあります。事業承継税制を活用するには、計画性と準備が必要となるため、早い段階でM&A仲介会社や専門家に相談することが大切です。専門家の知見を活用することで、リスクを最小限に抑えながら、効果的な事業承継を実現できるでしょう。
よくある質問(FAQ)
事業承継税制とは何ですか?
事業承継税制とは、中小企業の事業承継を円滑にする制度です。後継者が非上場会社を引き継いで経営を続けることを前提に、一定の条件を満たせば贈与税・相続税の納税が猶予されます。また、後継者が亡くなった場合や、一定期間後に次の後継者へ事業を承継した場合は、猶予された税金が免除されます。
詳しくは「事業承継税制とは贈与税・相続税を猶予・免除できる制度」をご確認ください。
事業承継税制の途中で廃業した場合はどうなりますか?
事業承継税制の納税猶予期間に廃業するなどの取り消し事由に該当した場合は、猶予されていた贈与税や相続税の納税義務が発生するだけでなく、利息を含めて一括納税する必要があります。廃業などのほか、利用後に必要な都道府県庁や税務署への報告を怠った場合も取り消しされるため、継続して条件を守るように注意してください。
詳しくは「事業承継税制の対象と要件」をご確認ください。
事業承継税制のデメリットは何ですか?
事業承継税制のデメリットは、条件を満たさなくなった場合、猶予が取り消しになることです。取り消しになると、猶予された贈与税や相続税に利息を加えた金額の一括納付が求められます。また、事業承継税制は制度の内容や手続きが複雑なこともデメリットの一つです。
詳しくは「事業承継税制のメリットと注意点」をご確認ください。










