日本M&Aセンター成約事例にみる株式交換スキーム成功のポイント

澤村 八大

著者

澤村八大

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

中堅中小企業M&Aにおける株式交換スキームの活用状況

日本M&Aセンターでは、上場企業が買い手となるM&A案件の成約を数多く支援している。そのうち株式交換スキームを用いたのは、2013年度で4件、その以前3年間で1件であったことを考えれば、株式交換スキームがここにきて注目を浴びてきていることがわかる。成約には至らなかったが、交渉過程で株式交換スキームを検討するケースは数多い。この背景には、やはり金庫株の増加・価値増大が背景にある。売り手である未上場企業株主(オーナー)は、現金対価を望むケースが多いが、株式交換のメリット(税務の繰り延べ、高配当利回り、株価上昇等)を理解することで、株式交換活用例が増加していくことが予見される。

上記メリットに対して、株式交換スキームの手続の煩雑さ、組織再編税制、売り手株価下落等のデメリットも、当然のことながら存在する。しかしながら、税務上の問題をクリアしたケースや売り手オーナーが株式対価を厭わないケースでは、株式交換スキームは非常に有効である。以下、株式交換を実施する上での具体的な課題と、その課題をクリアしたケースについて、弊社事例を基に解説したい。

2013年度の弊社における株式交換事例

2013年度の弊社における株式交換事例

税務上の問題

1999年の商法改正で誕生した株式交換スキームにおいて、当初は株式交換で完全子会社となる会社、すなわち買収対象会社では、ほとんど税務関係に留意する必要はなかった。しかし、2006年の税制改正で組織再編税制に取り込まれたことにより、一定の要件を満たせない株式交換(非適格株式交換)に該当した場合、買収対象会社で課税が生じる扱いになった。具体的には、買収対象会社で含み益があった場合、その含み益に対して課税が生じる扱いになる。さらに、困ったことに「のれん」に対して課税が生じるかどうかという非常に重要な問題について、税務上不確かな状態が続いており、非適格株式交換が忌避される傾向がある。

したがって、こうした非適格株式交換とならないスキーム構築が重要となってくるのだが、中堅中小企業のM&Aで株式交換を利用する場合、なかなか一度に適格要件を満たすことが難しいのが実情である。

逆に、たとえ非適格となっても課税関係が発生しないケースでは、この問題はクリアになる。弊社事案で、時価評価をすると含み損の状態であり、かつのれんもマイナスという案件が過去にあった。こうしたケースの場合、受取った株式を市場でただちに売却したとしても、買収対象会社での課税は生じない。

なお、2013年までは非上場企業株式の株式譲渡益課税が20%であるのに対して、上場企業株式の場合10%であった。株式交換を実施した時点ではたとえ非適格株式交換であっても原則株主では課税は生じず、株式交換で受取った上場会社株式を譲渡した時点で初めて課税が生じる。よって、売り手オーナーの譲渡益課税は、上場企業の株式譲渡になるため10%で済み、このことが株式交換スキーム採用の後押しになることがあった。しかし、現在こうした優遇措置はなくなっているため、売り手オーナー側における税務上のメリットが得られなくなっている点に留意が必要となる。

中堅中小企業オーナーの傾向と対策

弊社でご相談を受ける案件の多くは、後継者問題を機にM&Aを決意されるケースである。そうしたオーナーにとって、「M&A=経営者としての引退」であり、引退時に受取る対価は、価格が日々変動する株式ではなく確実性の高い現金を好むという傾向が顕著にみられる。

株価変動リスクをヘッジする方法としては、セントラルビルサービスとコムシスホールディングスの事案のように、変動制株式交換比率方式をとった上で、交換後ただちに売却するといったスキームも有効である。ただし決済実務の関係上、数日間の株価変動はヘッジしきれないことや、ある程度まとまった株数を市場で売却し切れるか、といった対処すべき課題がある。

売り手オーナーが株価変動リスクは承知の上で、受取った株式の継続保有を考えているようなケースでは、株式交換は有効である。こうしたケースに該当するものとして、M&A後も経営を続けるような若手経営者のM&Aがあげられる。

実は、弊社での株式交換事例で多くみられるのは、売り手オーナーが40歳前後の若手経営者というケースである。自らは引き続き経営に従事しながらも、大手グループの傘下に入ることで会社のさらなる発展を目指すためにM&Aを決意されたというケースだ。こうしたオーナーの場合、M&Aの対価として受取った買い手企業の株式の価値を、M&Aによるシナジーを実現させることによってさらに上げていくという夢を買い手企業とともに追うことができるため、株式交換が有効なスキームとなる。

まとめ

株式交換というと、現金が不要というメリットに注目しがちだが、税務上や売り手オーナーの意向等様々な課題に留意する必要がある。ここでは省略したが、反対株主による買取請求権の行使などの形で思わぬキャッシュアウトが生じるといったことだ。その一方で、経営者が続投するような案件では、株式交換でグループに取り込んだ後も、譲受企業と同じ方向を目指した、高いモチベーションで経営に向かってもらえるという大きなメリットがある。

このように、M&Aにおいてどのようなスキームが最適であるかは、様々な要素を総合的に判断して決定する必要がある。豊富な経験をもった公認会計士、税理士、弁護士、司法書士など専門家による十分な議論をふまえたアドバイスをもとに、慎重にスキーム構築を行ってほしい。

広報誌「Future」 vol.5

Future vol.5

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.5」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

澤村 八大

澤村さわむら八大はちだい

監査法人トーマツ企業財務部(現デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー)、日系大手投資銀行を経て、2007年日本M&Aセンター入社。M&A業界一筋20年超のベテラン。当社ではコーポレートアドバイザー室長として企業概要書の標準化、企業評価研究所の基礎作り等案件化の仕組みづくりに従事後、より効率的に案件化を管理する案件管理室を立ち上げ、案件化・マッチングをより効率的に管理する案件管理統括部長に就任。日々、さらなる成約率の向上を目指し、高品質かつ高効率なM&Aの仕組みづくりに取り組む。

この記事に関連するタグ

「株式交換・広報誌・ケーススタディ・M&Aスキーム」に関連するコラム

企業買収における金庫株の戦略的活用

M&A全般
企業買収における金庫株の戦略的活用

2001年に本格的に金庫株が解禁されて以来およそ13年が経過。積極的な事業投資の方向性が定まらない企業では、持ち合い解消の受け皿、自社株の買い支え、株主還元施策の一環といった、“余剰”キャッシュの消極的な活用方法の一つとしてこの制度が利用されてきた。一方で、アベノミクスの効果等による株式市場の活性化もあって、いまや様々な経緯で積みあがった金庫株は全体で16兆円と、上場株式の時価総額430兆円と比較

株式交換を利用したM&A事例~コムシスHD

M&A全般
株式交換を利用したM&A事例~コムシスHD

コムシスHDの概要コムシスホールディングス株式会社(コムシスHD)は、日本最大の電気通信工事会社である。戦後、日本のライフライン構築が急務となり、全国を網羅する電気通信工事会社の設立が必要となった。そこで当時の経済界を代表するリーダー達が発起人となり設立されたのがコムシスHDである(日本通信建設株式会社として発足)。1951年、日本初の通信事業者である日本電信電話公社(現NTTグループ)設立の1年

M&Aのスキームの種類とは?それぞれの特徴やメリット、選び方を解説

M&A全般
M&Aのスキームの種類とは?それぞれの特徴やメリット、選び方を解説

M&Aは、企業の成長戦略や事業承継の手段として広く活用されています。M&Aは、事業承継や経営資源の補完、新規市場への参入など、さまざまな目的で実施され、その目的や状況に応じて選択すべきスキーム(手法)は異なります。本記事では、代表的なM&Aスキームである株式譲渡や会社分割、事業譲渡、株式交換のほか、第三者割当増資、合併について解説します。この記事のポイントM&Aは、その目的に応じて、株式譲渡・事業

株式交付とは?株式交換との違いやM&Aで活用するメリット・注意点を詳しく解説

M&A全般
株式交付とは?株式交換との違いやM&Aで活用するメリット・注意点を詳しく解説

株式交付とは?株式交付は、M&Aなどにおいて買い手(譲受け企業)が他社を子会社化するために支払う対価として、自社の株式の交付を認める制度です。株式交付制度は、令和3年3月1日に施行された「会社法の一部を改正する法律案」で、企業買収の手続きを合理化することを目的として新たに創設されました。会社法では以下のように定義されています。株式交付(会社法第2条32号の2)株式会社が他の株式会社をその子会社(法

アウトソーシング&共同エンジニアリングのケース

M&A全般
アウトソーシング&共同エンジニアリングのケース

M&Aを継続することによって、高ROEを維持株式会社アウトソーシングは、ここ6年で15件のM&Aを実施してきている(アウトソーシング社適時開示資料より)。茂手木専務のインタビューからも明らかなように、アウトソーシング社は多数のM&Aを継続することにより、選択眼を高め、PMIにおいては独自のノウハウを確立してきた。その結果、のれんの償却負担などにより短期的な低下はあるものの、ROEは中期的に向上して

新たな価値創造型M&A ~ジャパンシステムによるネットカムシステムズの株式譲受け

企業評価
新たな価値創造型M&A ~ジャパンシステムによるネットカムシステムズの株式譲受け

本件M&Aの背景長引く不況下で抑制されていた企業のIT投資が活発化し、SIer型ビジネスが今好調である。マイナンバー制度に代表される大型システム投資も今後目白押しである。それに伴い、IT技術者不足が深刻化している。その一方で、労働集約型ビジネスには限界が来ており、東京五輪後の市場は縮小傾向にあると見ている。今回譲受け側となったジャパンシステムにおいても、中長期的に経営陣はこの状況に危機感を持ってい

「株式交換・広報誌・ケーススタディ・M&Aスキーム」に関連する学ぶコンテンツ

「株式交換・広報誌・ケーススタディ・M&Aスキーム」に関連するM&Aニュース

イオンフィナンシャルサービス、子会社のエー・シー・エス債権管理回収を株式交換で完全子会社化

イオンフィナンシャルサービス株式会社(8570)は、連結子会社であるエー・シー・エス債権管理回収株式会社(千葉県千葉市)と株式交換を実施し、完全子会社化することを決定した。イオンフィナンシャルサービスを株式交換親会社、エー・シー・エス債権管理回収を株式交換完全子会社とする株式交換方式。イオンフィナンシャルサービスは、決済事業、銀行代理業、グループ各社の事業運営管理を行っている。エー・シー・エス債権

ワールド、ライトオンを株式交換で完全子会社化

株式会社ワールド(3612)と株式会社ライトオン(7445)は、株式交換を実施することを決定し、両社間で株式交換契約を締結した。ワールドを株式交換完全親会社、ライトオンを株式交換完全子会社とする株式交換方式。なお、本株式交換の効力発生日(2026年3月1日(予定))に先立ち、ライトオンの普通株式は、株式会社東京証券取引所スタンダード市場において、2026年2月26日に上場廃止(最終売買日は2026

住友化学、田中化学研究所を株式交換で完全子会社化

住友化学株式会社(4005)及び株式会社田中化学研究所(4080、以下:田中化学)は、株式交換を実施することを決定し、両社間で株式交換契約を締結した。住友化学を株式交換完全親会社、田中化学を株式交換完全子会社とする株式交換方式。また、本株式交換の効力発生日(2026年1月30日(予定))に先立ち、田中化学の普通株式(以下:田中化学株式)は、2026年1月28日に東京証券取引所スタンダード市場におい

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース