コラム

調剤薬局における親族継承のメリットとデメリット

伊東 勇一

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 調剤薬局業界専門グループ

業界別M&A
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日本M&Aセンター業界再編部 調剤薬局業界専門グループの伊東勇一と申します。

経営者として事業を長く続けていくこと。これは地域医療の一端を担う調剤薬局としても長く地域に貢献し続けることであり、多くの経営者が望まれていることかと思います。

ただし、様々な苦境を乗り越えてきた経営者であっても、年齢の壁は乗り越えることはできず、いずれ事業
承継が必要になります。事業承継は一般的に、親族承継・従業員承継・第三者承継の大きく3つの方法に分けられます。その中でも多くの経営者にとって、最初に検討されることの多い「親族承継」を本コラムで整理し、調剤薬局業界における親族承継のメリットや注意点についてご理解を深めていただき、将来の事業承継にむけ参考にしていただければと考えております。

親族承継のメリットと注意点

事業承継を考える際に、ほとんどの経営者がまず一番に思い浮かべるのは親族承継かと思います。大事に育ててきた会社を任せる上で、その後継者として身近な存在からイメージされていくことは極めて自然な考え方です。

そして、親族であれば承継までの準備期間が確保しやすいこと、そして従業員やドクター、卸などの関係先からの理解を得やすいことが、親族承継を最初に考えやすい理由と言えます。

また、事業承継を実行するタイミングで、従業員やドクターなど関係者に後継者を紹介しますが、親族であれば感情的に受け入れてもらいやすいことが多いです。ドクターや地主との引継ぎも円滑に進んでいくことが想定できます。

こうしたメリットがある一方で、親族承継には注意も必要です。
例えば、承継した親族に経営者としての覚悟や資質が不足していた場合、承継後の会社業績や事業運営に悪影響を及ぼしてしまう可能性もあります。

創業者は、その圧倒的な実行力とカリスマ性で、会社を成長させてきた限られた成功者と言えます。だからといって、その創業者の親族に必ずしも経営者としての資質が備わっているとは限りません。
経営者としての信念や志、使命感が足りなければ、優秀な従業員が離反し、評判も落ち業績を伸ばしていくことができず、厳しさを増していく調剤薬局業界で勝ち抜いていくことが困難になっていきます。

結果として、後継者として承継された親族にも大きな負担や傷をおわせてしまうことになる可能性も考えられます。今後の業界動向と親族の適性を冷静に見極め、親族に承継することが会社にとって、従業員にとって、親族にとって本当に幸せな選択肢であるのかを考え抜くことが失敗しない親族承継につながります。

また、後継者が親族の場合、心情的に先代経営者の方針を大幅に変えにくいことも多く、時代の流れにあわせて会社を変えていくことができず、会社の成長機会を逃してしまう可能性もあります。こうしたあらゆる可能性を意識して、親族承継だけでなく第三者への承継も選択肢として考える経営者が増えており、当社へのご相談件数も増えています。

親族承継の3つの方法

実際に、親族承継を行う際は、3つの方法が存在します。

  • 「株式売買」
  • 「相続」
  • 「生前贈与」
    がありますが、同じ親族承継でも、どの承継方法を選択するかによって手続きの方法や費用、税金などが変わるため、事前知識や準備が重要になります。

株式売買

後継者が現在の経営者に対して株式の対価を支払うことで自社株を後継者に集約させる方法です。株式の売買を生前に行うため、複雑な相続問題が発生しにくく、トラブルを未然に防ぐことができます。ただし、買い取るための資金をまとめて用意しなければならない点や、適正な株価算定が必要な点には注意が必要です。適正な価格より安い株価で売買を行った場合、適正価格との差額は贈与としてみなされ、別途贈与税が発生してしまいます。

相続

現経営者が亡くなった後に相続で株式を承継する場合、相続税には基礎控除額が設けられているため、贈与税額と比較して安くおさえられる可能性が高いことがメリットとして考えられます。デメリットとしては、時間を要する点や後継者に相続財産が集中することにより納税資金の問題や、遺産分割の問題が生じやすいことです。

生前贈与

現経営者が存命中に後継者に株式を贈与することです。メリットとしては段階的に贈与することで、後継者は一度に多額の資金を用意しなくても事業を承継することができる点です。デメリットは、贈与税は相続税より高くなりやすく、最終的に支払う税負担が高くなる可能性があります。

株式売買、相続、生前贈与の3つの方法について、簡単に解説いたしましたが、後継者の選定と育成は、会社の経営戦略上で必ず考えなければならないプロセスです。

まずは、誰を後継者にするのか、更にどのような方法で行うのか。加えて、後継者を指名するだけでは親族承継したことにはならず、他にも後継者への自社株式や事業用資産の集中、後継者以外の相続人への配慮をしなければなりません。

そして後継者を経営者として育てていく時間も考えておく必要があります。中小企業庁が公表している事業承継計画書では、親族を経営者として育成するには、5~10年の歳月が必要とされています。後継者も自身が経営者になると早い段階から自覚していれば、教育や育成には充分な準備期間をとりやすくなります。

私が年間250名ほどの薬局経営者と面談している中で、「息子に継がせたいけど承継について話したことがない」「薬剤師の娘夫婦がいるが、2人が何を考えているのかわからない」という具合に、親族内で会話ができていないケースが圧倒的に多いと感じています。

まだ具体的な時期などが定まっていなかったとしても、早い段階からぜひ親族と会社の今後や経営について話されることをお勧めしています。

親族承継の課題と今後

親族承継は、多くの経営者にとって最初に検討しやすい事業承継方法です。しかし実際には、親族承継は減少傾向にあり、親族以外や第三者に承継するケースが増えています。

中小企業庁が公表している事業承継ガイドライン内での統計によると、約40年前は80%以上の企業が親族承継を選択していたのに対し、近年は30%程度まで割合が下がっていることが理解できます。これは調剤薬局業界に限らずあらゆる業界において、経営環境の変化や承継に対する価値観の変化が起きたことが要因であると考えられます。


出典:中小企業庁「事業継承ガイドライン」第3版

毎年の薬価改定や2年毎の報酬改定、医薬品の供給不足、デジタル化への対応、異業種参入による競合対策など、調剤薬局業界を取り巻く経営環境の変化は激しく、調剤薬局経営者にとって対応すべき課題は山積みの状態です。こうした中で事業承継について考える時間を確保することはなかなか難しいかもしれません。しかし、先述したように、親族承継を成功させるには、長い準備期間が必要になります。

ここ数年、薬剤師の親族がいるにも関わらず、あえて親族には継承しないという選択を取る経営者も増えています。現在は60%以上の企業で親族以外に承継が行われている時代です。だからといって親族以外の承継が正しいと言うつもりもありません。大事なのは、最初から1つの選択肢に固執せず、業界や企業の未来を見据えて、あらゆる選択肢を知り考え抜かれることです。それが、経営者、親族、会社、従業員、患者さま、あらゆるステークホルダーにとって納得感のある事業承継に繋がると考えております。

今回は親族承継についてまとめましたが、事業承継は会社が大きく変わる機会であり、第二創業ともいえる重要な変革点になります。大事に守り続け、成長させてきた事業だからこそ、事業承継について深く理解し、早期から計画されるべきではないでしょうか。

「親族に継がせたいが、何から始めればよいかわからない」「息子に継がせようと考えているが、断られてしまわないか不安」など、親族承継やその他の事業承継、調剤薬局業界の動向や他社の動きなどにご興味をお持ちの方は、まずはお気軽にお問合せ、ご相談ください。
株式会社日本M&Aセンター調剤薬局業界専門グループでは、調剤薬局業界に専門特化し、調剤薬局の経営者の皆様のこうした重要な経営判断の参考としていただけるような情報提供を心掛けています。

著者

伊東 勇一

伊東いとう 勇一ゆういち

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 調剤薬局業界専門グループ

大阪府出身。大学卒業後、大手飲料メーカーで法人営業・流通営業やマネージャーなどを経て、日本M&Aセンターへ入社。業界再編部では調剤薬局専門チームとして全国の薬局のM&A支援に取り組んでいる。

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