地方発 世界に誇るブランド企業 株式会社能作
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1916年創業で、国内外に製品を愛用するファンをもつ鋳物メーカー、能作。2023年には父・能作克治氏から子・千春氏へと社長が受け継がれました。同社の快進撃の源泉をたどります。
※本記事は、日本M&Aセンター広報誌「MAVITA」VOL.5からの転載です。「MAVITA」をご覧になりたい方はこちら
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©Koizumi Studio
能作の本社工場エントランスにずらりと並ぶ木型。実際に現在も利用されている
株式会社能作
富山県高岡市
1611年、加賀藩2代藩主・前田利長が近郷から7人の鋳物師を招聘し、鍋釜、鋤、鍬などの生産を開始。以降、時代ごとに多様な製品が作られ、いつしか高岡は鋳物の町に。400年以上経った今も鋳物生産で国内トップシェアを誇り、仏具、茶具、銅像、梵鐘など幅広い製品を生産。近年は現代的な感覚を採り入れたプロダクトでも注目される 。
ふとした発想の転換が老舗企業のブレイクスルーに
この四半世紀で、能作は目覚ましい成長を遂げました。2000年当時、約1.3億円だった売上は、2024年には約17倍の22億円を超え、あわせて10名ほどだった従業員も、今や200名超となっています。はたしてこの飛躍は、どう成し遂げられたのでしょうか。
同社が鋳物の生産を始めたのは、1916年のこと。主に仏具、茶道具、花器などを生産し、戦後の高度成長期に事業規模を拡大しました。ところがその後、安価なプラスチック製品や海外製品の台頭などで売上が低迷。大きな転機となったのが、オリジナル製品の開発でした。同社で鋳物職人を18年務め、2002年に社長に就任した能作克治氏(現会長)は、こう振り返ります。
株式会社能作 代表取締役会長 能作 克治さん
「それまでの能作は、製品を問屋に納める〝下請け仕事〟が100%でした。したがって、それがどんな色に塗られ、いくらで売られているのかをまったく知りませんでした。けれども、やっぱりユーザーの〝顔〟が見たい。私はそう考え、自社の販路を通じてユーザーに直接売るオリジナル製品の開発を始めたのです」
そうしてある展示会で新作の真鍮製ハンドベルを出展したところ、とあるセレクトショップから声がかかり、13の店舗で販売されることに。ところが売れたのは、3ヵ月でたったの30個でした。
「ただ、売り場の店員さんから『スタイリッシュで音もきれいだから、風鈴にしては?』との声があり、その通りに短冊を付けて風鈴として販売したところ、今度はなんと3ヵ月で3000個売れたんです。それ以降、同じようにユーザーから一番近い場所にいる店員さんの声を聞きながら、1点1点製品を開発していきました」
こうして初めてのオリジナル製品を販売したのが2002年のこと。翌年には、世界初の錫(すず)100%製テーブルウェアを開発。こちらは、錫の柔らかすぎる欠点を逆手に取って「自在に曲げられるテーブルウェア」として売り出しました。
〝鋳物の神様〟の入院で家業を継ぐ覚悟が決まった
克治氏の長女で、神戸で通販雑誌の編集に携わっていた千春氏が能作に入社したのは、2011年のことでした。
「当時はまだ従業員が20数名でしたが、生産量が急拡大していて、バックエンドの業務がまったく追いついていませんでした。そこで私は、それまでほぼ行われていなかった生産管理や棚卸しから、発送状を作るといった細かな部分まで、さまざまな仕組み作りに取り組んだんです。手つかずのことだらけで、やればすぐに結果が出て、熱中して仕事するようになりました」
2017年、能作は高岡市に、デザイナーズ建築の新社屋を新設します。それにあわせて千春氏は、鋳物工場を社外の人が見学する「産業観光」の新事業の担当に。今や同社屋は、年間13万人が訪れる人気スポットとなっています。以降も千春氏は、結婚10周年を祝う「錫婚式」や、能作とこだわりの宿がタイアップした「観光×宿泊プラン」、ジュエリー事業など、さまざまな新規事業を担ってきました。
「仕組み作りも新規事業の立ち上げも、すでにあるものをうまく編集して新しい価値に組み替えることで、その点では雑誌の編集経験がとても生きています」
そんな千春氏にとって大きな転機となったのが、2019年に克治氏が大病を患って入院したことでした。
「翌日から急遽、専務だった私が会社の指揮を取らざるを得なくなって。父は私が小さい頃からスーパーマンのようにずっと働き、また社内では〝鋳物の神様〟としてカリスマ的な存在でした。気づけば従業員もだいぶ増え、父がもし今いなくなったらどうなってしまうのか…と。それまで私は、子どもがまだ小さいこともあって社長を継ぐ覚悟はまったくできていませんでしたが、この時に『父がやってきたことをこの先も絶対に続けたい。それには隣で父をずっとみてきた自分が社長を継ぐしかない』と覚悟が決まりました」(千春氏)
その後、克治氏は1年ほどの休職を経て、職場に復帰。そして2023年3月、千春氏は正式に能作5代目社長となり、克治氏は会長となりました。
株式会社能作 代表取締役社長 能作 千春さん
楽しく仕事をしていれば結果として売上はついてくる
類まれなものづくりの技術と感性をもつ克治氏。そして、企画を立て、価値を世に届けるのが得意な千春氏。そんな関係性について、2人は次のように話します。
「お互いに得意なものが違う点がいいなと思っています」(克治氏)
「父は作り手の感性を突き詰めたプロダクトアウト型で、私は世の中のニーズを起点とするマーケットイン型。その両視点から経営を進められるのは、大きな強みです。何より2人で何でも話せて、相談しながら進められる点が、家族経営のありがたさだと実感しています」(千春氏)
さらに、両者のハーモニーをより確かなものとしているのが、〝仕事の核〟となる価値観が一致する点です。
「父は常々『人生の膨大な時間を割く仕事なのだから、楽しくなければやる意味がない』と言っていて、実際に父が仕事をつらいと漏らしたことは一切ありません。そこが何より尊敬する部分だし、私も同じようにワクワクしながら仕事ができています」(千春氏)
「楽しく仕事をしていれば、結果的に売上がちゃんとついてくるというのが私の持論です。まずは経営者が仕事を心から楽しんでこそ、従業員にも楽しんでもらえる会社になると思っています」(克治氏)
そんな能作が今後注力する1つが、海外です。すでにニューヨーク近代美術館(MoMA)に製品を卸すほか、海外の百貨店やセレクトショップ、星付きレストランなど、100以上と取引をしています。また、台湾にも現地法人と直営店舗を構える同社ですが、今後はより海外展開を進めたいといいます。
「縮小する日本市場だけを見ていては、日本の伝統工芸の未来は明るくありません。海外でも販路を開拓し、日本の工芸界の見本となれたらと思います。現状、国内でのインバウンド需要がかなり伸びているので、そこでリサーチを重ねてアウトバウンドに生かしたいです」(克治氏)
さまざまな共創によって多様な事業が成り立っている
能作では、事業を拡大するにあたって、M&Aも有効に活用してきました。その根底にあるコンセプトが、競争ならぬ「共創」です。
「高岡の伝統技術を守るには、M&Aが必要不可欠です。より地域に貢献するために、M&Aも活用しながらいっそう会社を強くしていきたいです」(克治氏)
「ブライダルも観光もジュエリーも、専門とする方々との共創によって事業が成り立っています。そしてこれらの新規事業に共通するのが、『高岡の鋳物の魅力を伝える』という軸です。だから、何をする会社なのかと問われれば、胸を張って『能作は鋳物屋です』とお答えできます。今後もさまざまな共創を重ね、一緒に新しい価値を作っていきたいです」(千春氏)
そんな同社では、2023年よりコーポレートスローガンを設けました。それが「人と、地域と、能作」です。そこには、自社の利益や成長を最優先するのではなく、関わる人と地域に愛される仕事を一番に目指すという思いが込められています。従業員、取引先、協業相手、ユーザーといった関わるすべての人を思いやり、地域全体で幸せになる。それが結果的に自社の売上や、持続的な経営につながっていく。その点で能作は、現代のサスティナブル経営を地でいく存在ともいえそうです。
「講演でご一緒したアメリカのメガテック企業の方が『日本には100年続く企業が多くあり、技術や伝統がこれだけ受け継がれていることが本当にうらやましい』と話していました。ぜひ日本のこの誇らしい伝統技術を、さまざまなアプローチでつなげていければなと。もちろん、私たち自身がワクワクしながらですね」(千春氏)
「何かを決める時、千春とはほとんどが同じ方向性になる」(克治氏)
「ずっと横で見てきたから、言葉がなくても父の言いたいことがわかるんです」(千春氏)
本社工場には能作の錫製食器で食事できるカフェレストランやショップも併設
砂を木型の周りに押し固めて鋳型をつくる、高岡の伝統的な鋳造法が受け継がれている
社屋のエントランスの床には、真鍮製の日本地図が実際の方角に則って描かれている
工場内には、作業内容を示す「鋳」「炉」「銅」などの真鍮製のサインを設置
原型の製作、鋳造、研磨、加飾といった各工程は高岡市内の各専門業者で分業化されている。いずれも手作業で行われ、卓越した技術が求められる
(左)ミニマルで洗練された面持ちのテーブルウェアやインテリア用品を展開。熟練した職人による美しい仕上げと高いデザイン性が特徴で、伝統技術に現代的な感覚をかけ合わせることで、鋳物に新たな価値をもたらしている
(右)錫製の酒器も人気。ひんやりとした手触りと口当たり、独特の重みが特徴。こちらは金沢を代表する伝統工芸品、金箔とコラボレートした一品
写真:富本 真之 文:田嶋 章博