スタートアップの新たな上場手法「スイングバイIPO」
⽬次
- 1. スイングバイIPOとは
- 2. 「スイングバイIPO」が誕生した背景
- 3. スイングバイIPOの特徴
- 4. スイングバイIPOの事例
- 4-1. 上場までの経緯
- 4-2. 会社概要について
- 4-3. ソラコムの概要
- 4-4. KDDIの概要
- 4-5. シナジー
- 4-6. IoTプラットフォームの構築
- 4-7. グローバル展開
- 4-8. その他スタートアップのM&A・上場事例
- 4-9. まとめ
- 4-10. 著者
皆さん、こんにちは。日本M&Aセンター IT業界専門グループの坂森拓実と申します。
日々IT・スタートアップ業界を中心にM&Aのサポートをさせていただく中で、IPOを目指している、というお声をお客様からよく聞きます。 自己資本での成長、外部資本の活用(VC含む)など、いろんな成長オプションがありますが、大企業のサポートを受けて上場を目指す「スイングバイIPO」がトレンドとなりつつあると考えています。2年ほど前までは日本での前例がなく、近年非常に注目を集めています。
本記事では、「スイングバイIPO」についてご紹介していきたいと思います。
スイングバイIPOとは
スイングバイIPOとは大手企業のサポートを受けて成長した企業が、株式市場に上場する新たなIPO手法で、2024年3月、IoTプラットフォーム事業を手掛ける株式会社ソラコムが東京証券取引所グロース市場に上場し、誕生したモデルです。
宇宙用語のスイングバイ(※大きな惑星の引力を使うことで、宇宙船や探査機を再加速し、より遠くまで進む技術)を比喩としてつくられた用語です。
「スイングバイIPO」が誕生した背景
「スイングバイIPO」とはソラコムが上場を目指す過程で生み出した新たな用語です。 ソラコムは、2014年に創業してから、2017年にM&AによりKDDIグループへ参画しました。
その際は、「スイングバイIPO」のようなコンセプトは、まだ産まれておらず、当時の公式ブログで、KDDIによるM&Aを、「Exitというより、むしろ、これまで単独では届かなかった領域に道を拓くEntrance」と表現されております。
きっかけは、ソラコムがKDDIの支援を受け、事業を成長させていくうちに、更なる成長戦略のアイデアとして、上場を検討するようになったときだったそうです。
ソラコム玉川社長が、KDDI髙橋社長に、成長戦略のアイデアとして上場を相談した際、「事情を知らない外部から見ると疎遠になる印象もあるから、何かポジティブなメッセージを考えてほしい」と言われたのですが、その時、玉川社長がふと思い出したのが、KDDIグループに参画した直後の2018年年始にチーム全員でその年のスローガンをディスカッションした時のことです。
創業メンバーの一人であるエンジニアの方が、宇宙用語「スイングバイ(※大きな惑星の引力を使うことで、宇宙船や探査機を再加速し、より遠くまで進む技術)」を比喩として持ち出して、「KDDIという大きな惑星の引力により、宇宙船であるソラコムも大きく飛躍したい」、と言っていたのを思い出し、そこから「スイングバイ」と「IPO」をくっつけた「スイングバイIPO」を生み出したそうです。
この言葉に髙橋社長も共感され、2020年のSORACOM Discoveryという年に一度のイベントで、玉川社長と髙橋社長が一緒に「スイングバイIPO」のコンセプトを発表したのがきっかけとなっています。
スイングバイIPOの特徴
スイングバイIPOは、従来のIPOとは異なる特徴を持っています。通常のIPOでは、スタートアップ企業が直接上場を目指すのに対し、スイングバイIPOでは、大企業の子会社となってから上場を実施します。
この手法には、大企業のリソースやネットワークを活用することで、スタートアップ企業が成長を加速させるメリットがあります。
通常、スタートアップなどがIPOを目指す場合にはベンチャーキャピタルなどより出資を受け、資金調達をしながらIPOを目指していくことが多いです。
このように、ベンチャーキャピタルからの出資を受ける場合には、定められた期限の中で株式を売却する必要がります。
しかし、経済環境や市場動向などによっては事業が想定通りにいかないことも非常に多い中、スタートアップ側の納得のいくタイミングで、IPOにたどり着けないことも珍しくありません。 こうした前提を踏まえると、制約のない事業会社に出資を受ける形で、出資元のリソースやネットワークを活用し成長を加速させることのできるスイングバイIPOモデルでは、スタートアップの視点から見ると大きなメリットであると考えらます。
スイングバイIPOの事例
スイングバイIPOの生みの親であるソラコムの事例を紹介します。
ソラコムは2014年に設立された、IoTプラットフォームを提供するスタートアップですが、2017年にKDDIの子会社となりました。
その後、KDDIの信用力を背景に国内外で法人契約数を大きく伸ばすことに成功し、2022年には上場を申請したものの、市況の悪化を受けて申請取り下げを行っております。 事業基盤が脆弱なスタートアップにとって、IPOの手続きを仕切り直しすることは容易ではありませんが、ここでもKDDIの信用力を武器に持ちこたえ、2023年に再度上場申請を行い、2024年3月26日に念願の東証グロース市場への上場を果たしています。
上場までの経緯
- 2016年10月 :ソラコムとKDDIが業務提携
- 2017年8月1日 :ソラコムとKDDIが株式譲渡契約締結
- 2017年8月下旬頃:KDDIがソラコムの株式を過半数取得
- 2020年7月14日 :SORACOM Discoveryというイベントで、「スイングバイIPO」のコンセプトを発表
- 2021年 6月10日:セコム、ソースネクスト、ソニーグループ、日本瓦斯、日立製作所、World Innovation Lab(WiL)の6社と資本提携を含むパートナーシップを発表
- 2022年11月18日:東京証券取引所へ株式上場申請
- 2022年 2月 3日 :2022年11月18日に東京証券取引所へ行った株式上場申請を取り下げ
- 2023年11月20日:東京証券取引所へ株式上場申請
- 2024年3月26日 :東証グロース市場(証券コード:147A)へ上場
会社概要について
ソラコムの概要
- 商号 :株式会社ソラコム
- 事業内容 :IoT通信プラットフォーム「SORACOM」の提供、通信コアネットワーク「SORACOM vConnecCore」の提供
- 設立年月日 :2014年11月10日
- 本店所在地 :東京都世田谷区玉川四丁目5番6号 尾嶋ビル3F
- 代表者 :代表取締役社長 玉川 憲
- 資本金 :37億2,755万4,044円 (資本準備金含む(譲渡日時点))
- 社員数 :40名 (海外グループ会社含 2017年8月時点(譲渡日時点))
- ウェブサイト:https://soracom.jp/
KDDIの概要
- 商号 :KDDI株式会社
- 事業内容 :電気通信事業
- 設立年月日 :1984年6月1日(前身である第二電電企画株式会社が設立)
- 本店所在地 :東京都千代田区飯田橋3丁目10番10号ガーデンエアタワー
- 代表者 :代表取締役社長 髙橋 誠
- 資本金 :1,418億5,200万円(2017年3月時点)
- 社員数 :35,032人(連結 2017年3月時点)
- ウェブサイト: https://www.kddi.com/
シナジー
IoTプラットフォームの構築
KDDIのIoTビジネス基盤とソラコムの通信プラットフォームの掛け合わせによるグローバルにも通じる「日本発」のIoTプラットフォーム構築
グローバル展開
KDDI海外通信事業者パートナーシップ(600社以上)と海外事業拠点(世界100以上)を活用したソラコム社の海外展開加速
実際に両社がM&Aした2017年時点では、ソラコムの契約回線数は8万回線であったものの、KDDIの顧客基盤や信用力を活用し、2年で100万回線を達成、2023年度には600万回線を突破しており、契約数だけ見ても、大きなシナジー効果が生まれたM&Aだったと言えます。
その他スタートアップのM&A・上場事例
日本最大級の古着コミュニティ「古着女子」の運営や、「9090」をはじめとする複数のD2Cブランドを手掛ける株式会社yutoriが、ファッションECサイト「ZOZOTOWN」やファッションコーディネートアプリ「WEAR」を中心としたファッションサービスを展開する株式会社ZOZOとのM&Aを活用し、東証グロース市場に上場した事例があります。
また、スマホでチャージと支払いが完結するVisaプリペイドカード「バンドルカード」や、資産形成に活用できるクレジットカード「Pool」などの金融サービスを提供する株式会社カンムが、2018年にフリークアウト・ホールディングスとの資本業務提携を結び、2023年には三菱UFJ銀行の連結子会社となり、スイングバイIPOに向けて推進しております。
まとめ
スイングバイIPOは、ガバナンスの確保や市場の理解に留意する必要があるものの、大企業のリソースやネットワークを活用し非連続的な成長を実現する手法として、大きなメリットをもたらす可能性を秘めています。
ソラコムの上場をきっかけに、こうしたメリットがより多くのスタートアップに認知され、「スイングバイIPO」を活用されるケースが、より一層増えてくると期待できます。