スタートアップの新たな上場手法「スイングバイIPO」

坂森 拓実

日本M&Aセンター 営業本部 業界再編チャネル 業界再編2部

業界別M&A
更新日:

⽬次

[非表示]

皆さん、こんにちは。日本M&Aセンター IT業界専門グループの坂森拓実と申します。

日々IT・スタートアップ業界を中心にM&Aのサポートをさせていただく中で、IPOを目指している、というお声をお客様からよく聞きます。
自己資本での成長、外部資本の活用(VC含む)など、いろんな成長オプションがありますが、大企業のサポートを受けて上場を目指す「スイングバイIPO」がトレンドとなりつつあると考えています。2年ほど前までは日本での前例がなく、近年非常に注目を集めています。

本記事では、「スイングバイIPO」についてご紹介していきたいと思います。

スイングバイIPOとは

スイングバイIPOとは大手企業のサポートを受けて成長した企業が、株式市場に上場する新たなIPO手法で、2024年3月、IoTプラットフォーム事業を手掛ける株式会社ソラコムが東京証券取引所グロース市場に上場し、誕生したモデルです。

宇宙用語のスイングバイ(※大きな惑星の引力を使うことで、宇宙船や探査機を再加速し、より遠くまで進む技術)を比喩としてつくられた用語です。

「スイングバイIPO」が誕生した背景

「スイングバイIPO」とはソラコムが上場を目指す過程で生み出した新たな用語です。
ソラコムは、2014年に創業してから、2017年にM&AによりKDDIグループへ参画しました。

その際は、「スイングバイIPO」のようなコンセプトは、まだ産まれておらず、当時の公式ブログで、KDDIによるM&Aを、「Exitというより、むしろ、これまで単独では届かなかった領域に道を拓くEntrance」と表現されております。

きっかけは、ソラコムがKDDIの支援を受け、事業を成長させていくうちに、更なる成長戦略のアイデアとして、上場を検討するようになったときだったそうです。

ソラコム玉川社長が、KDDI髙橋社長に、成長戦略のアイデアとして上場を相談した際、「事情を知らない外部から見ると疎遠になる印象もあるから、何かポジティブなメッセージを考えてほしい」と言われたのですが、その時、玉川社長がふと思い出したのが、KDDIグループに参画した直後の2018年年始にチーム全員でその年のスローガンをディスカッションした時のことです。

創業メンバーの一人であるエンジニアの方が、宇宙用語「スイングバイ(※大きな惑星の引力を使うことで、宇宙船や探査機を再加速し、より遠くまで進む技術)」を比喩として持ち出して、「KDDIという大きな惑星の引力により、宇宙船であるソラコムも大きく飛躍したい」、と言っていたのを思い出し、そこから「スイングバイ」と「IPO」をくっつけた「スイングバイIPO」を生み出したそうです。

この言葉に髙橋社長も共感され、2020年のSORACOM Discoveryという年に一度のイベントで、玉川社長と髙橋社長が一緒に「スイングバイIPO」のコンセプトを発表したのがきっかけとなっています。

スイングバイIPOの特徴

スイングバイIPOは、従来のIPOとは異なる特徴を持っています。通常のIPOでは、スタートアップ企業が直接上場を目指すのに対し、スイングバイIPOでは、大企業の子会社となってから上場を実施します。

この手法には、大企業のリソースやネットワークを活用することで、スタートアップ企業が成長を加速させるメリットがあります。

通常、スタートアップなどがIPOを目指す場合にはベンチャーキャピタルなどより出資を受け、資金調達をしながらIPOを目指していくことが多いです。

このように、ベンチャーキャピタルからの出資を受ける場合には、定められた期限の中で株式を売却する必要がります。

しかし、経済環境や市場動向などによっては事業が想定通りにいかないことも非常に多い中、スタートアップ側の納得のいくタイミングで、IPOにたどり着けないことも珍しくありません。
こうした前提を踏まえると、制約のない事業会社に出資を受ける形で、出資元のリソースやネットワークを活用し成長を加速させることのできるスイングバイIPOモデルでは、スタートアップの視点から見ると大きなメリットであると考えらます。

スイングバイIPOの事例

スイングバイIPOの生みの親であるソラコムの事例を紹介します。

ソラコムは2014年に設立された、IoTプラットフォームを提供するスタートアップですが、2017年にKDDIの子会社となりました。

その後、KDDIの信用力を背景に国内外で法人契約数を大きく伸ばすことに成功し、2022年には上場を申請したものの、市況の悪化を受けて申請取り下げを行っております。
事業基盤が脆弱なスタートアップにとって、IPOの手続きを仕切り直しすることは容易ではありませんが、ここでもKDDIの信用力を武器に持ちこたえ、2023年に再度上場申請を行い、2024年3月26日に念願の東証グロース市場への上場を果たしています。

上場までの経緯

  • 2016年10月   :ソラコムとKDDIが業務提携
  • 2017年8月1日 :ソラコムとKDDIが株式譲渡契約締結
  • 2017年8月下旬頃:KDDIがソラコムの株式を過半数取得
  • 2020年7月14日 :SORACOM Discoveryというイベントで、「スイングバイIPO」のコンセプトを発表
  • 2021年 6月10日:セコム、ソースネクスト、ソニーグループ、日本瓦斯、日立製作所、World Innovation Lab(WiL)の6社と資本提携を含むパートナーシップを発表
  • 2022年11月18日:東京証券取引所へ株式上場申請
  • 2022年 2月 3日 :2022年11月18日に東京証券取引所へ行った株式上場申請を取り下げ
  • 2023年11月20日:東京証券取引所へ株式上場申請
  • 2024年3月26日 :東証グロース市場(証券コード:147A)へ上場

会社概要について

ソラコムの概要

  1. 商号    :株式会社ソラコム
  2. 事業内容  :IoT通信プラットフォーム「SORACOM」の提供、通信コアネットワーク「SORACOM vConnecCore」の提供
  3. 設立年月日 :2014年11月10日
  4. 本店所在地 :東京都世田谷区玉川四丁目5番6号 尾嶋ビル3F
  5. 代表者   :代表取締役社長 玉川 憲
  6. 資本金   :37億2,755万4,044円 (資本準備金含む(譲渡日時点))
  7. 社員数   :40名 (海外グループ会社含 2017年8月時点(譲渡日時点))
  8. ウェブサイト:https://soracom.jp/

KDDIの概要

  1. 商号    :KDDI株式会社
  2. 事業内容  :電気通信事業
  3. 設立年月日 :1984年6月1日(前身である第二電電企画株式会社が設立)
  4. 本店所在地 :東京都千代田区飯田橋3丁目10番10号ガーデンエアタワー
  5. 代表者   :代表取締役社長 髙橋 誠
  6. 資本金   :1,418億5,200万円(2017年3月時点)
  7. 社員数   :35,032人(連結 2017年3月時点)
  8. ウェブサイト: https://www.kddi.com/

シナジー

IoTプラットフォームの構築

KDDIのIoTビジネス基盤とソラコムの通信プラットフォームの掛け合わせによるグローバルにも通じる「日本発」のIoTプラットフォーム構築

グローバル展開

KDDI海外通信事業者パートナーシップ(600社以上)と海外事業拠点(世界100以上)を活用したソラコム社の海外展開加速

実際に両社がM&Aした2017年時点では、ソラコムの契約回線数は8万回線であったものの、KDDIの顧客基盤や信用力を活用し、2年で100万回線を達成、2023年度には600万回線を突破しており、契約数だけ見ても、大きなシナジー効果が生まれたM&Aだったと言えます。

その他スタートアップのM&A・上場事例

日本最大級の古着コミュニティ「古着女子」の運営や、「9090」をはじめとする複数のD2Cブランドを手掛ける株式会社yutoriが、ファッションECサイト「ZOZOTOWN」やファッションコーディネートアプリ「WEAR」を中心としたファッションサービスを展開する株式会社ZOZOとのM&Aを活用し、東証グロース市場に上場した事例があります。

また、スマホでチャージと支払いが完結するVisaプリペイドカード「バンドルカード」や、資産形成に活用できるクレジットカード「Pool」などの金融サービスを提供する株式会社カンムが、2018年にフリークアウト・ホールディングスとの資本業務提携を結び、2023年には三菱UFJ銀行の連結子会社となり、スイングバイIPOに向けて推進しております。

まとめ

スイングバイIPOは、ガバナンスの確保や市場の理解に留意する必要があるものの、大企業のリソースやネットワークを活用し非連続的な成長を実現する手法として、大きなメリットをもたらす可能性を秘めています。

ソラコムの上場をきっかけに、こうしたメリットがより多くのスタートアップに認知され、「スイングバイIPO」を活用されるケースが、より一層増えてくると期待できます。

日本M&Aセンターでは、事業売却をはじめ、様々な手法のM&A・経営戦略を経験・実績豊富なチームがご支援します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。

著者

坂森 拓実

坂森さかもり  拓実たくみ

日本M&Aセンター 営業本部 業界再編チャネル 業界再編2部

兵庫県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、日本M&Aセンターに入社。譲受け企業を支援する部署にて全国の中堅・中小企業の成長戦略に貢献。社会的インパクトの大きさに魅力を感じ、現在はIT業界のM&A支援に従事している。

この記事に関連するタグ

「IT業界」に関連するコラム

AIの発展とM&A

業界別M&A
AIの発展とM&A

皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの萩原友飛と申します。私は、幼少期から将棋に打ち込んでおりました。私の少年時代は、棋書(将棋の本)を読んでの勉強がほとんどでしたが、10年ほど前からAIを使った勉強が主流となってきています。AIでの研究をメインとして台頭してきている棋士には、ベテラン棋士はかなわないと言われるほど、AIでの研究は効率的かつハイレベルなものとなっています。近年、

【1万字】2024年M&Aを振り返る

業界別M&A
【1万字】2024年M&Aを振り返る

はじめに皆さん、こんにちは。日本M&AセンターでIT・スタートアップ業界のM&A責任者を務めています竹葉です。私は、前職の監査法人を経て、2016年から日本M&AセンターでIT業界専門のM&Aセクターの立ち上げから現在に至ります。この業界に身を置き、9年目となりました。今年も年の瀬が近づいてきましたので、2024年のM&Aについて、IT・スタートアップ業界を中心に振り返りたいと思います。2024年

過去最高の件数を記録した2024年上半期のM&A

業界別M&A
過去最高の件数を記録した2024年上半期のM&A

はじめに昨今、M&Aの話題を聞かない日はないほど、M&Aは経営オプションの一つとして確立し、世の中に広く浸透してきました。本コラムでは、具体的な件数を追いながら直近のM&Aトレンドについて解説していきたいと思います。@cv_buttonM&A件数で見る2024年のM&Aのトレンド早速ですが、今年の上半期(1月~6月)でのM&Aの件数を形態別にまとめましたのでご覧ください。(出典:レコフM&Aデータ

日本のIT業界における課題とM&Aによる解決方法

業界別M&A
日本のIT業界における課題とM&Aによる解決方法

はじめに皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門グループの七澤一樹と申します。私は、前職ではIT業界向けの人材紹介業に従事しており、現場担当として5年間、マネージャーとして3年間経験を積んで参りました。当社に入社後はIT業界専任のM&Aチームに在籍し、引き続きIT業界に関わらせて頂いております。IT業界においては、人材不足、急激な技術革新のスピードへの対応、多重下請け構造などといった業界

アクセンチュアとオープンストリームホールディングスのM&A | デジタル変革の推進力

業界別M&A
アクセンチュアとオープンストリームホールディングスのM&A | デジタル変革の推進力

皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの鈴木雄哉と申します。昨今はIT企業がM&Aを活用するシーンも増えてきており、今回は直近のM&Aの事例を基に解説させて頂ければと思います。@cv_buttonはじめに2024年5月、アクセンチュア株式会社(東京都港区、代表取締役社長:江川昌史、以下、アクセンチュア)は株式会社オープンストリームホールディングス(東京都新宿区、代表取締役社長:吉

IT企業が直面している課題とは?

業界別M&A
IT企業が直面している課題とは?

皆さん、こんにちは。日本M&AセンターIT業界専門チームの土川幸大と申します。私はこれまでIT業界に10年間従事してきました。IT業のお客様も担当させて頂き、現在はM&A業界でIT業のお客様をご支援できればと精進しております。ここで多くのIT企業が直面している課題についてまとめてみます。@cv_button人材不足が招く負のスパイラル1.優秀な人材の採用が困難中小企業では優秀な人材の採用は困難とい

「IT業界」に関連するM&Aニュース

SYSホールディングス、子会社のサイバーネックスとネットパーク21を合併

株式会社SYSホールディングス(3988)は、100%子会社であるサイバーネックス株式会社(愛知県名古屋市)及び株式会社ネットパーク21(愛知県名古屋市)の合併を発表した。サイバーネックスを存続会社、ネットパーク21を消滅会社とする吸収合併方式とし、存続会社であるサイバーネックスの商号を「KEEL株式会社」に変更する。サイバーネックスは、ITインフラの設計・構築・保守、システムの開発・販売を行って

SYSホールディングス、子会社のエスワイシステムとシー・アイ・システムを合併

株式会社SYSホールディングス(3988)は、100%子会社である株式会社エスワイシステム(愛知県名古屋市)及びシー・アイ・システム株式会社(三重県津市)の合併を発表した。エスワイシステムを存続会社、シー・アイ・システムを消滅会社とする吸収合併方式。エスワイシステム及びシー・アイ・システムはともに、コンピュータソフトウェアの開発・販売・運用を行っている。目的経営資源の集中と有効活用を図ることで、グ

Ubicom、医療機関向けソフト受託開発のISMを買収

株式会社Ubicomホールディングス(3937、以下:Ubicom)の連結子会社である株式会社エーアイエス(東京都千代田区)は、株式会社ISM(福岡県福岡市)の普通株式の一部(発行済株式数の81%)を取得することを決定した。本株式取得によって、ISMは、Ubicomの連結子会社となる。エーアイエスは、病院等の医療機関あるいは関連施設に関わる、医療情報システムのソフトウェア商品の開発・販売、受託開発

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース