コラム

「私の人生を返して!」社長、奥様の本音、知ってますか?

長坂 道広

日本M&Aセンター 事業承継エグゼクティブ・アドバイザー

事業承継
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以前事業承継のお手伝いをしたご夫婦に、先日お会いしてきました。 お会いして、変わったなぁと感じたのは、社長よりも奥様のほうでした。 最初にお会いした頃よりも、ずっと明るい雰囲気でいらっしゃいました。 「主人が経営していたころは本当に毎日が大変だったので、今は比較できないくらい穏やかに過ごせています」 経理や人事労務を一手に引き受けていらっしゃった奥様の、その言葉はとても印象的でした。 その言葉を聞いて、私は別の奥様の言葉を思い出していました。 「私は、会社の、いや、主人の“犠牲者”なんです」 「これまでどれだけ振り回されてきたか・・・私の人生を返してほしい!」 “社長夫人”というと良い聞こえですが、実際の中小企業経営者の奥様がどんな気持ちでいらっしゃるか、知っていますか? 会社のこと・従業員のこと、そして、ご主人・お子様のことをどれほど考えているか、想像したことはありますか?

夫婦の会話が仕事の話題になってしまっていませんか?

“社長夫人”のリアルな日常

多くの中堅中小企業では、奥様が会社のお仕事を手伝っていらっしゃいます。 ご家庭だけでなく、会社でもご主人のサポートをされている。月並みな表現かもしれませんが、本当に大変だと思います。 冒頭でご紹介した奥様は、こんなことをおっしゃっていらっしゃいました。 「“従業員は家族”という方もいらっしゃいますけれど、私にとっては家族ではなかったです」 その言葉だけを聞くと、すごく冷たい人のように聞こえますが、真意は次の通りです。 「会社で『奥さん』と社員から声をかけられると、いつもドキッとするんですよね。いいことで声をかけられることは、まずないので。ずっと気苦労してきました」 従業員は“家族以上に”大切にしなければならない、そんなプレッシャーがあったようです。 「社員がどうやったら幸せになるのかな、ということを常に考えていなければならなかった。 そういうことが喜びというよりは、とても辛い面でした。 結婚式に出席するのは大変うれしいんですけれど、手続きをしなきゃとか、給与計算はどうなるんだろうとか、そういうことばかりが先行してしまうんです。 これこそ、“社長の妻”という職業病でしょうか」

「おめでとう」の次に浮かぶのは、結婚後の手続きや給与のこと・・・

こんな生活はいつまで続くのか

「この先どうなるんだろうとか、そんなことは考えていませんでした。考える余裕がなかったんです。 子供の将来・親の今後、そして、会社の未来・・・毎日がいっぱいいっぱいで、先のことは考える余裕がありませんでした」 そんな奥様が、“先のこと”を考えるようになったのは、ご主人からの一言でした。 「主人から『会社を誰かに任せようと思う』と言われたんです。それが、事業承継だったんですね。 最初は一体どういうことなのか分からなかったんですけれど、いろいろと説明してくれて、理解できました」 その頃、このご夫婦に私は初めてお会いしました。 ご主人も奥様も50代。現役バリバリの雰囲気だったことを記憶しています。 「いくら健康な私であっても、あまりに過酷な毎日で、主人も心配したんじゃないでしょうか。 同時に、自分自身の健康にも不安が出てきたんだと思います。 私しかできない仕事や、主人自身も自分だけしか知らない仕事がたくさんありました。 自分達どちらか一人が病気になったときに、会社が揺らぐんじゃないかと考えたのだと思います。 従業員はどうなるんだろうか、というのが一番の大きな心配でした」 その日から、お2人で“先のこと”を話し合う機会は増えていきました。

事業を引き継いで、変わったこと

事業承継が終わった時にお聞きした、奥様の言葉がとても印象的でした。 「朝起きたときに、こんなに日差しが明るいものなのか、なんてうれしいんだろう、と空気が違って見えました。空気というか、世の中が明るくキラキラして見えました」 家族の雰囲気も変わったそうです。 「私たちが忙しく仕事をしていたときに、夫婦でよく口喧嘩をしていたと娘が言うんです。 『お父さんとお母さん、よく喧嘩をしていたよね』って。 口論していたつもりはないのですが、主人と仕事の話ばかりしていたので、喧嘩しているように娘には見えていたんでしょうね。 すごく申し訳なかったですね、娘に嫌な思いをさせていたと思うと。 でも、『今はそんなことはなくなったよ、にこやかな2人になったよ』って、言ってくれました」

事業承継を経て、夫婦の会話から仕事が消えたら、笑顔が増えた

今だから話せる、社長の奥様の本音

夫妻は、一人娘をあとつぎ候補にしていませんでした。 その真意は・・・ 「娘を後継者に、と思ったことは一切ありませんでした。 自分で言うのは何ですが、優秀な子なので、やらせたらやると思いますが、そうすると私は一生会社から離れられない。 それもしんどいし、主人が苦しんでいるのを見ていたので、娘が苦しむのを見るのは嫌でした。 なので、娘を後継者にとは望みませんでした」 事業承継が終わってやっと、奥様は私に本音を話してくれました。 「多くの中小企業の社長の妻は、『自分たちが歳をとったとき、この先どうするのかしら』と思っていると思います。 主人も含めてですが、社長は仕事が大好きですから、『この先どうするの?』と聞いても、『死ぬまで働いたらいいじゃないか』と返されてしまう。 そういうことではないでしょうというやりとり、きっと経験されている方も多いのではないでしょうか(笑)。 主人を見ていて思ったのですが、 どこかのタイミングで自分たちが退き、後の人にお願いするほうが、新しい事業や新しい発見があるのではないかと。 いつまでも自分たちで抱えてしまうのは会社にとっても良くないと思いますね」

家と会社、どちらも見てきた社長の妻だからこそ、言える本音と言えない本音がある

普段あまりご自分の気持ちをハッキリおっしゃる奥様は、少ないのかもしれません。 ご主人や娘さんに対する奥様のお気持ちを聞いたとき、横で聞いていらっしゃった社長が一番驚いていらっしゃいました。

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著者

長坂 道広

長坂ながさか 道広みちひろ

日本M&Aセンター 事業承継エグゼクティブ・アドバイザー

創業期の日本M&Aセンターに入社。未上場企業のM&Aという日本で未開拓だった市場で25年間M&A仲介に携わる。 日本M&Aセンターの上場も経験するが、M&Aだけではなく、関係者が喜べるあらゆる承継手法を提供できるよう、2016年日本M&Aセンターと青山財産ネットワークスの協力により「株式会社事業承継ナビゲーター(現 株式会社ネクストナビ)」を設立。取締役就任。

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