譲渡オーナーとの語らい Vol.13 (神奈川県・受託開発ソフトウェア業)

青井 雅宏

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青井雅宏

日本M&Aセンター業種特化1部(2024年2月時点)

業界別M&A
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神奈川県の医療系パッケージソフトウェア業を営む会社を経営、2021年に自社の成長を目的にM&Aにより、島根県の受託開発ソフトウェア業を営む会社へ自社の株式を譲渡することを決断されました。
まだお若い社長が早い決断をお考えになった理由やこれからについてお話をお聞かせいただきました。

判断力を含め様々なパフォーマンスは年を取る毎に落ちていく

青井:2002年に創業されて以降、ニッチトップの医療サービスの自社開発に成功し、順調に成長をされていました。

それでも早い段階でM&Aで会社を譲渡するという決断をされた。
そのように考え始めたきっかけや経緯などをお聞かせ頂ければと思います。

栄川様:創業当初は、最終的に売却をするだとか譲渡するということは勿論全く考えたことがなく、自分が実現したいものを自分で作っていくという事がとても楽しくて、経営と仕事を続けてきました。

ある程度事業が形になってきた時、自分自身ですべて解決できていたものが、ゆっくり年齢と共にパフォーマンスが落ちていき、一緒にやっている人間も毎年1年ずつ年を取っていく中で一緒にパフォーマンスが落ちていきました。

「年齢」という壁に直面しているのだと感じました。

そのパフォーマンスを埋めるべく人を増やすことも考えましたが、人を増やすと意思疎通が乱れて、不透明な部分が増え、せっかく作り上げたサービスの質が悪くなる可能性があり、更に重荷になっていくため、社員を増やすことはしませんでした。

最終的には自分の体力が続く限り、安定した形でいければ問題ないかと思った時もあったのですが、お取引先様が増えていくにつれ、それも危ういと感じ始めていました。

私たちの製品は、業界の中でもとてもニッチなニーズに対応したものでしたので、2年3年という計画を以てビジネスを終了しようとしても、それに代わる製品がないため、ユーザーさんへの負担がとても大きなものになってしまいます。

また、医療分野におけるDX商材であったため、負担は尚更でした。

ビジネスとしては大きな利益が出るわけではないものの、無借金で安定的に利益が出ていたため、他の会社さんがもしかしたら手を挙げてビジネスを継続してくれるのではないか、と考えたのが、M&Aを考えたきっかけです。

もし、私たちが会社を閉じても代わりとなる製品を提供できるビジネス展開をしている競合他社が他にもいれば、M&Aを検討しようとは考えなかったかもしれません。

青井:栄川様は、50代前半でM&Aで譲渡を考え始められたかと思いますが、多くのIT業界の50代オーナーですと、ゆくゆくは事業を譲渡することはあるかもしれないが、まだ5年後10年後とお考えになっている方が多いように思います。

準備は少しでも早い方が良いと思ったのはどういう背景があったのでしょうか?

栄川様:私の周りで、一世代前の同業のオーナー方の多くが、60歳代になると限界だと仰っているのをみていたことが大きかったと思います。

60歳を超えて、70歳、80歳になってもずっと挑戦的かつ慎重に、最良の経営を続けている人はごくごくわずかだと伺った事です。

私が準備を決断したのは、当時53歳くらいでしたが、先ほどもお話ししました通り、判断力を含め様々なパフォーマンスは年を取る毎に落ちていきます。

自身のパフォーマンスの低下という心配もありましたし、M&Aで譲渡をするには引継等を考慮すると、とても時間がかかると思っておりましたので、その時間も考えて動き始めないといけません。

M&Aを実行したといってその翌日から「ではあとは譲受け企業さんの方でよろしく」というわけにはいかないので、引継ぎなども含めて2-3年くらいは最低でもかかるだろうと考えると、このタイミングかな、と思いました。

私自身は70歳になっても仕事はしていたいのですが、同じ仕事よりも何か違うことをしたいと考えるようになりました。

経営者だからといってキャリアチェンジしないでいってしまうと、社員・ユーザー含め自分自身もあまり良くない結末を迎えてしまいます。

70歳になって今の仕事をするには体力的に辛い、社員やお客様に迷惑をかけてしまうことになります。

逆算をして60歳代にキャリアチェンジをするためには、50歳代のうちにしっかりと事業の引継ぎをしなければなければなりません。

青井:そういったキャリアチェンジなどもお考えの中で、M&Aでの株式譲渡を検討する前に、社内の人材への承継を進めることはお考えになったのでしょうか?

栄川様:会社の規模が比較的小さかったことから、私自身がプレーヤーとしてメインの開発以外の全ての事を実践しておりました。

自分の考えを表現していき、取引先様に採用されていくことを最大の面白さと感じておりましたので、ビジネス自体が属人的なものになっていた事も課題でした。

これを社員の誰かに任せるということ、それを前提とした組織づくりをしてきませんでした。

本当に良いものを提供している小さい会社は、規模の大きい会社が吸収をしてどんどん淘汰されていくのが業界再編における主流ですが、私のビジネスはとてもニッチだったので、大きい会社は手を付けづらく、淘汰されることが無かったことも良い意味での誤算でした。

私たちの製品はターゲットとしていた業界から望まれているものの、仕様がとても複雑で誰も手を付けていなかったので、そこに乗り込んでいったことで、評価を得ていました。

先ほどの話に戻るのですが、そういった製品を扱っていたこともあり、どこかに譲り受けて頂き、製品を更に良いものに作り替えてもらえたら良いな、という希望と、自分にできなかった事を譲受け企業が実現していく過程を見るワクワク感もありましたので、社内の誰かに承継することは考えませんでした。

外から、自分が作った会社がどう成長していくのかを見ていきたい

青井:M&Aでの譲渡を進めるにあたって、当社の様な仲介会社をいくつか検討されたのかと思いますが、日本M&Aセンターへ依頼する決め手となったのはどういったところでしたでしょうか?

栄川様:以前から色々な仲介会社からメールやDMが来きていましたが、その時はまだこのままでいける、と思っていた時期でした。

それがこの2-3年くらいの間で、体力の低下を感じるようになり、譲渡という選択肢もあるかなと思い日本M&Aセンターさんだけではなく他の仲介会社さんへも幅広くこちらからお声掛けをさせて頂き面談を実施しました。

日本M&Aセンターさんは、まず面談をしましょう、というお話になりました。
直接お会いして丁寧に色々とたくさんご説明頂いたことは大きかったです。

他の仲介会社さんは「決算書をください」から始まり、面談も初回はオンラインでした。
そして、こちらから情報提供をして、興味をもった会社さんがいらっしゃったら連絡を頂ける、というものでした。

当時コロナ禍が始まったばかりという事情はもちろん理解しておりますが、リアルな現場があって、人が絡んで動いている会社を扱うのに、決算データとコミュニケーションツールで進めますというのは、やや不安を感じましたし、うまくいくという感覚を持つことがどうしてもできませんでした。

日本M&Aセンターさんは具体的にヒアリングして頂いて同じ業界内でという条件の中で候補を挙げて頂いて、そこから面談してという普通と言えば普通のプロセスなのですが、日本M&Aセンターはそのプロセスを丁寧に進めてくれたので安心感をもてました。

青井:確かに、決算書は会社の成績表でもあるので、どういう会社なのかを知ることはある程度できます。

しかし、会社の良さはそういうところだけではなくて、「取引先とどのようなお付き合いをしているのか、どのような製品を持っているのか」といった事をきちんと聞いて理解します。

譲渡企業の担当者は「長く事業を行ってきた経営者と一心同体になる覚悟を持とう」というのは当社に根付いた考え方ですし、とても大切なことと考えています。

様々な仲介会社とお話をされて、最終的には当社を選んで頂いたのですが、M&Aに期待したことはどのようなことでしたか?

栄川様:譲渡先を検討する上で一番大事にしていたことは、主体的に経営に携わっていただき、製品やサービスを便利なものとして世に広めていって欲しい、ということでした。

ですので、M&A後会社名を譲受け企業の会社名にしてはどうか、と私から提案をしました。

先方は驚かれていましたが、私にとっては会社名に対するこだわりよりも製品やサービスへのこだわりが強かったですし、製品やサービスがより良いものとなって世の中に広がっていくのであれば会社名にこだわる気は全くありませんでした。

一度は株式譲渡でグループ入りをしましたが、その後、吸収という形で進むことが1番良いという判断になりました。

M&Aを実行して1年ほど経ちまして、まだ少し引き継ぎや、将来を見据えた交渉などが残っていますので、やはり60歳からM&Aの検討を始めていたのでは遅かったなあ、と改めて実感しているところです。

青井:20年経営されてきた会社を譲渡されて、その後譲受け企業に吸収して頂き、社名が変わるというのは、少し寂しいような気がするオーナーもいるかもしれません。

しかし、ご自身がご提案されたというのは譲受け企業様に、それだけ本気で自分で作り上げたサービスを考えていってほしいという栄川様の考えの表れであるという事ですね。

吸収が完了した現在は、会社やサービスに対して、どのような気持ちでいらっしゃいますか?

栄川様:設立後5年目くらいの時期に、人を増やして拡大化をしていった時期もありましたが、売上が不安定になってしまったので、あまり積極的に大きくはせず、基本的に既存ユーザーのみを対象にビジネスに取り組んでいきました。

製品を使ってくれてありがとう・作ってくれてありがとうという関係を理想として会社経営をやってきていました。

今後は、自分が前線から外れても、サービスの生みの親として、外からサービスがどのように成長していくのかを見ていきたいです。

自分のビジネス、経営の限界は、自分が考え付くとことまでだと思ってました。

そのため、自分が外れた時にどうなるのかを見てみたいという興味が大きいです。

きちんとM&Aを実行した背景を伝えることで、自分事として考えてくれた。

青井:従業員の皆さまは、社名が変わっても引き続きお仕事をされていると伺っていますが、当時、開示をした際の反応はどのようなものでしたか?

栄川様:そうですね。M&Aを実行してから1年ほど経ちますが、退職した従業員は1人もいません。
最近では、エンジニア同士の交流もありシナジー効果もうまれてきています。
元々M&Aで譲渡を考えていることは従業員に伝えていました。

青井さんにアドバイスを頂いて、具体的に話が進んで、話をしても差し支えのないタイミングで、こういうお相手さんで、こういう条件で・・・、ということや、私自身の考えなども伝えていましたので、みなさん、自分事と捉えて考えてくれていました。

吸収合併で社名が変わると、一旦会社都合の退社、そのうえで入社という扱いになり、その通知書には便宜上ですが、「解雇」という言葉が記載されますので、不安を感じさせてしまうため、心情的によくないと思い、情報共有は責任者としてきちんとするようにしていました。

青井:そういった先々へのお考えが、従業員の皆さんを1つにまとめ上げて、不安を払拭できるのだと感じます。

私も、オーナーによく「本当に最後まで社員には秘密にしないとダメなのか」と質問を受けることがあります。

持論ではありますが、一定の関係性があり、オーナーの性格や今までの経営方針を総合的に判断したうえで、今回のようにしっかりとしたアドバイスの元での開示は良いと考えています。

栄川様にとって最も気にされていた、お取引先様のご反応はいかがでしたか?

栄川様:サービスを利用していく中で、何かあった時に相談する相手は先立っては引き続き私でしたので、基本的に今までと変わらないということを説明すると、安心されていました。

よく小さい会社はつぶれやすい、という一般論を耳にしますが、私は逆だと思っています。

小さい方がしっかりとお客様と付き合っていれば潰れにくいと考えています。
とはいえ潰れないだけでは意味がありません。

将来を担保するためにある程度の規模の会社に経営をお任せすることにした、と、譲受け企業の情報を伝えるとお取引先の皆さまはHPを調べたりして安心されたと伺いました。

好きなことを軸にキャリアチェンジをしたい

青井:譲渡して1年がたちまして、引継ぎが終わりを迎え、表立った交渉からもだんだん離れていくようになってきたかと思いますが、やりたいことや今後の人生プランなどお聞かせいただけますか?

栄川様:先ほども申し上げたのですが、今後は、現場からではなく外からこの会社がどう成長していくのかを見ていきたいです。

M&Aをしたからには、何かが変わらないと意味がないと感じていますので、自分がいなくなった会社がどのようになっていくのかはとても興味があります。

私自身は、70歳になっても仕事をしていたい、その仕事は自分の能力を活かして役に立てることをしていきたいです。オーナー経営者でありながら、キャリアチェンジをしてはダメということは無いと思いますが、60歳からスタートするのは体力的に少し辛いかもしれません。

でも55歳からなら、まだまだ色んな事ができると思います。

例えば、業界はなんでもよいので、今の仕事からは少しずつ軸をずらし、好きなことを好きな場所で仕事と生活との調和の中で働き続けたいと思っています。

そういった自由な考えで、やりたい事をやる事も判断が遅すぎると、1回しかない人生で後悔してしまうと感じています。

一度きりの人生で、やりたいことリストは実はまだまだたくさんあるんです。

著者

青井 雅宏

青井あおい雅宏まさひろ

日本M&Aセンター業種特化1部(2024年2月時点)

1990年生まれ、大阪府出身。同志社大学社会学部卒業。在学中に売上高1000億円企業の創業オーナーの秘書として2年間経営ノウハウを学んだ後、株式会社キーエンスへ入社。事業部売上ランキング2015年、2016年1位を達成した後、日本M&Aセンターへ入社。現在、IT業界の多くのオーナーに寄り添い、最良の提案を行っている。

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