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上場ITソフトウェア企業のM&A戦略   ―豆蔵ホールディングスのMBOと非公開化―

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近年ITソフトウェア企業のM&Aは活発に行われており、有効な経営戦略の一つとして認知されつつある状況かと思います。
一方で、多くの経営者の方とお話をさせて頂く中で感じることとして、M&A=買収・売却という認識が先行しているようにも感じます。

M&Aには様々な手法がありますが、中でもMBOについては件数も少なく、まだまだ馴染みが薄いのではないでしょうか。本日は2020年6月にMBOを実現させた、豆蔵ホールディングス株式会社の実例を基に、MBOについての解説をさせて頂きます。

MBOという手法について

MBO(Management Buy Out)とは子会社(事業部門)の経営陣が事業の継続を前提として、既存株主から株式・経営権を買い取り自ら企業のオーナーとなる独立手法のことを言います。いわば、「現代版のれんわけ」です。MBOは基本的に現経営陣及び従業員の雇用継続を前提とした親会社・オーナーからの友好的な事業買収であるため、日本の企業風土になじむ独立手法です。また、MBOに際して既存株主から株を買い取る必要資金は、新経営陣からの出資のほか、ファンド等の投資家からの出資、金融機関からの融資により調達することが一般的です。この資金を用いて既存株主から株式・経営権を買い取ります(図1)。

豆蔵ホールディングス株式会社について

豆蔵ホールディングス株式会社(以下、豆蔵HD)グループは、豆蔵HD及び連結子会社10社で構成されたIT企業です。創業は1999年であり、設立から4年半後にはマザーズ上場、2013年には東証1部への上場を実現させています。MBOの直近期であった2019年3月期の主要な各種数値は以下の通りです。
・連結売上高:244億円
・連結営業利益:24億円
・連結純資産:87億円
・社員数:2044名
また、グループ内の事業内容は次の通りです(図2)
(有価証券報告書より日本M&Aセンターにて作成)

豆蔵ホールディングスのMBO

2020年1月30日、豆蔵HDのMBOの実施が発表されました。MBOの一環として行われる公開買付は株式会社K2TOPホールディングスが行い、このK2TOPホールディングスはPEファンドのインテグラル株式会社の100%子会社です。また、公開買付後には豆蔵HDの代表取締役会長兼社長の萩原紀男氏が、公開買付者であるK2TOPホールディングスへの出資その他の方法により、株主となることも発表されています。これらを図1に照らし合わせると、以下の関係となります。

  • 被買収会社:豆蔵HD
  • 買収目的会社(SPC):K2TOPホールディングス
  • 出資ファンド:インテグラル株式会社
  • 経営陣:萩原紀男氏

要約すると、豆蔵HDは公開会社として多数の株主が存在していましたが、代表社長の萩原紀男氏がインテグラルをパートナーとし、既存株主から株を買い集め、未上場化を実現しようという取引です。
多くの経営者にとって株式公開は1つの夢であり、目標でもあるのではないかと思います。苦労して株式公開を果たしたにも関わらず、何故豆蔵HDは非上場化という選択をしたのでしょうか。

MBOを選択した理由

適時開示資料によると、現状の課題認識と、目指すべき方向性は以下の通りとの記載があります。

現状の課題認識

  • 受託開発・コンサル・派遣のような人員数・受注工数により売上が決まる既存ビジネスで規模の拡大のみを追及すれば、業績がいずれ頭打ちとなること

  • M&A を通じた事業拡大の結果、グループ会社間における個社ごとの収益性やエンジニアの技術水準にバラつきがあること

今後の方向性

  • 先端技術領域において自社製品を開発し、ユーザーの増加により売上が伸びる新たなプロダクトビジネスへの積極的な投資の継続

  • グループ間の人事交流や先端的なノウハウの共有を促進するような組織づくり

つまり、労働集約型のビジネスから脱却し、先端技術領域において自社製品を開発していくこと、上記を実現できる組織体制に社内体制を変えていくということが記載されています。

株式公開化に伴うデメリット

株式公開は様々な経営上のメリットをもたらしますが、デメリットも存在します。その内の一つとして、株式市場が足元の収益性を重視する傾向があるため、長期目線での投資や組織体制の変更が困難になる場合があります。豆蔵HDの場合、先端技術への大胆な投資や技術者を受託ビジネスから自社サービスへ配置換えした際には一過的に収益性が悪化する可能性が高く、一旦非公開を選択したというものです。

ファンドと提携により得られるメリット

豆蔵HDは株式非公開化により、株式市場の目から解放されることにより、各種施策の実現が容易になるものと想定されますが、本件MBOの効果はそれだけに留まりません。MBOのパートナーであるインテグラルの持つ様々な知見とノウハウの享受や、同社の持つネットワークを通じ経営、財務、マーケティングといった専門性の高い経営人材の供給が可能となります。

まとめ

豆蔵HDはITソフトウェア企業としては売上・利益水準共に非常に優良企業であるように見受けられますが、そんな同社をMBOに至らしめたものは将来に対する危機感でした。現在の業績は順調でも、中長期的な将来を見据えた場合、危機的状況に瀕している。また上場会社として毎期毎の短期的な利益得以上を優先し続けた場合、長期的にはグループの企業価値の低下は避けては通れない。同社の適時開示資料には変革の必要性を痛烈に訴える内容となっています。

しかし、これは公開会社特有の問題でしょうか?
私はそうは思いません。公開会社・非公開会社を問わず、全ての企業が変革の必要性に迫られていると思います。そのような状況の中で、企業価値を向上させるため、より良い資本政策について考えるのは必須となって行くのではないでしょうか。

著者

日本M&Aセンター 業種特化事業部コラム制作担当

日本M&Aセンター  業種特化事業部コラム制作担当 

業種特化事業部はIT、建設・設備工事、住宅・不動産、食品、調剤薬局、物流、製造、医療・介護といった各業界に特化し、日々新たな案件に取り組んでいます。各コンサルタントのノウハウや知見を集め、有益な情報発信に努めてまいります。

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