[M&A事例]先行き不透明な時代、人材も集まらない。先代から続く事業を存続させるためには、何をすべきか?

第一電機設備工業株式会社|阪和ホールディングス株式会社

譲渡企業情報

  • 社名:
    第一電機設備工業株式会社(和歌山県)
  • 事業内容:
    電気工事業
  • 売上高:
    約5.8億円

譲受企業情報

  • 社名:
    阪和ホールディングス株式会社(和歌山県)
  • 事業内容:
    設備工事業
  • 売上高:
    約30億円

『会社を“守る”M&A、“伸ばす”M&A』より抜粋 発行:日経BP 日本経済新聞出版本部 発売:日経BPマーケティング ※書籍刊行時

将来への漠然とした不安。その解消へと動き出す

「100円電球の取り換えから、水道蛇口の水漏れまで。水と電気に関わることなら、かゆいところまで手が届きます」 和歌山市の第一電機設備工業は、地域密着をうたい文句に実績を積み上げた会社である。もちろん、大型の仕事もきちんと対応する。地下駐車場の機器設置工事、下水道センターの電気工事、地元大学の学舎新築に伴う電気工事など数多くの施工を手掛け、顧客からの厚い信頼を築き上げた。

同社の野井和重社長が、創業者である父親から社長を引き継いだのは1993年、34歳のとき。青年社長だった。それからがむしゃらに働いた。それが50歳の声を聞くころから、ふとしたときに頭をかすめるものがあった。 「このままではだめだ」 業績が落ち込んでいたわけではない。ただ、業界としては今後、再編が進んでいくと思っていた。単独で生き残るのが難しくなっていくなか、誰が会社を引き継ぐのか。 「自分がずっと社長をやるわけではない。私もそうだったように、バトンをつなげなければ。父が立ち上げ、いまや一族の誇りとなった事業を守り、社員が生き生きと働けるよう成長させるにはどうしたらいいのか」 一人娘は、「社長には向いていないから」と後を継ぐ気はないという。ベテラン社員も、会社の借入金の保証人とならねばならないと聞くと、腰が引けてしまう。それでなくともこの不透明な時代、従業員の新規採用も難しいなかで、会社を牽引していくことは至難の業だろう。事業を続けるにはどうしたら――。言いようのない不安がよぎる。 そして、野井社長は決断した。 「いずれ誰かにこの会社を譲ることになる。そのとき、スムーズにバトンタッチできるよう、準備することはできる」

野井社長はまず、財務整理に手をつけた。承継者が資金面に翻弄されることなく、事業に集中できるような環境を整えておきたかったからだ。その背景には、自身がバトンを渡されたときからずっと心に引っかかっていたことがあった。 「社長の肩書と一緒に、借入金の保証人という立場も引き継いだ。まるで毎日重いランドセルを背負って仕事をしているような気分だった。これを次の社長に味わわせてはならない」 借入金を毎年少しずつ返済していき、無借金経営に変えた。また、厳しく経理内容を点検し、クリーンな財務体制としたのである。

悔いのない事業承継をしたい。M&A専門会社と出会う

野井社長は、借り入れゼロへの施策を進めながら、事業承継について勉強した。その中で、会社を継ぐ人を探すのではなく、継いでくれる企業を探して会社を譲渡する方法を知る。M&Aだ。早速、M&Aへと方向転換を決めた。 次は、譲受け企業をどう探して決めるかだ。取引先など、懇意にしている会社がないわけではない。自社の事情をわかってくれているという安心感はあるが、果たしてそれだけでM&Aはうまくいくのだろうか。売り手・買い手双方としがらみのない第三者が間に入ったほうが、客観的な判断ができ、健全なM&A交渉ができるのではないか。そこで、付き合いのある金融機関にM&Aの話を切り出した。むろん銀行は真摯に対応してくれたが、どうしても紹介先は銀行の取引相手に限られる。 「事業承継は、人生に一度あるかないかの大仕事だ。妥協したM&Aはしたくない。選択肢は多いほうがいいだろう。ならば、専門の仲介会社に頼もう」

こうしてたどり着いた先が、日本M&Aセンターだった。2019年冬、担当者との面談が始まる。面談や調査内容をもとに企業評価を行い、企業概要書を作成、譲渡企業として正式登録(案件化)するのだ。登録に必要な企業価値の算定は、未上場企業であれば当社が持つ豊富な先行事例を参考に行われる。 第一電機設備工業が案件化されるまでは早かった。野井社長が「譲り受けたいと思われる企業にしたい」と準備を整えていた成果である。1カ月後には、譲受け企業探し(マッチング)がスタートした。 日本M&Aセンター内で、「電気設備工事」をキーワードに、過去の事例や譲受け企業のデータベース、さらにAIを使った検索システムなどを多重的に活用し、ベストな相手を探す。結果、候補先企業として126の会社がリストアップされた。

従業員がこれからも活躍できるように。マッチング企業を厳選する

126社の候補から、実際に提案する企業の絞り込みの作業に入る。ベテランのM&Aコンサルタントたちが何度も集まり検討を重ね、秘密保持契約を締結した候補企業に意向を確認していく。最終的に、自信を持って野井社長にお勧めできる企業を2つに絞り込んだ。 担当者の堀切が緊張気味に野井社長に提案する。 「野井社長から、M&A後も社員が今のまま、生き生きと活躍できる企業を紹介してほしい、とリクエストをいただいておりました。そのご要望に沿う2社をご提案いたします。 一つは西日本最大の電気工事会社です。上場もしている大きな会社のグループに入るのであれば、従業員の皆さまも安心されると思います」 「あの大手と組めるのですか。それは良い。では、もう一つは?」 「非上場の和歌山の会社、阪和ホールディングスです」

野井社長は、その社名を聞いて驚いた。阪和ホールディングスの前社長夫人は、小学校の同級生、その息子である現社長のことも、少年だったころからよく知っている。 「その田村忠之社長が、ぜひ野井さんと組みたいと仰っているのです」 阪和ホールディングスは設備工事の会社。業務内容は空調設備、防災設備、給排水衛生工事と幅広く、設計・施工・メンテナンスを手掛けている。なかでも消防設備の保守・点検作業では定評がある。田村社長はアメリカで経営を学び、実家に戻って常務となってから1年で家業を急成長させた人物だった。この先も輝く企業を作っていけるであろう30代の若きリーダーであり、譲渡企業もその従業員たちも今以上に成長させることができると、担当者は確信していた。 野井社長の心はすぐに決まった。その夜、長年、応援し続けてくれる妻へ報告。背中を押してくれた。野井社長は早速、田村社長に会ってみることにした。

成約式では地元・和歌山の産業に貢献することを誓い合った

成約式では地元・和歌山の産業に貢献することを誓い合った

ビジョンの共有、その熱意に打たれたトップ面談

お互いにスーツを着て、テーブル越しに正式な話し合いをするのは、少し照れ臭かった。しかし、田村社長は終始真剣だった。 「電気工事と、設備工事の掛け合わせは、きっとうまくいきます。従業員構成も、ベテランぞろいの御社と、若手主体の弊社ならお互いに補完し合える。採用も、うちのノウハウを生かせます。受注先は、第一電機設備工業さんが官公庁関係、阪和ホールディングスが民間企業向けと、それぞれ得意分野があり、ちょうどバランスがとれています」 知り合いだからと甘えるような態度は、一切見せなかった。譲受け企業の責任者として、譲渡企業に納得してもらえる事業計画や、計画性を持った事業戦略を用意していた。野井社長も、譲渡側の責任者として自社の長所短所をすべてさらけ出すように努めた。譲渡すれば欠点も露呈するのだから、事前にすべて示すのが礼儀だと考えたのである。

田村社長が熱弁をふるったのが、地元への貢献だった。和歌山が大好き。だから二人で和歌山を盛り上げましょう、と言うのだ。和歌山城や紀三井寺といった文化遺産や、紀州の梅干しや和歌山ラーメンなどの食文化と並んで、産業も文化だ。失ってはならないものだから、地元和歌山の産業振興に力を尽くしたい。 「東京や大阪に行った和歌山県人が、故郷に帰って働きたいと思ったときの受け皿になれるよう、会社を大きくして、雇用を生み出したいんです。それには野井さんの力が欠かせません!」 田村社長は34歳、ちょうど、野井社長が会社を継いだときと同じ年齢だ。あのときの自分の意気込みを思い出し、一気に気持ちが固まった。

厚い信頼から破格の申し出、自らの役割を見出す

2020年5月にトップ面談があり、同年7月に両社はM&Aの最終契約書を交わした。最終局面で田村社長が切り出した。 「野井さん、第一電機設備工業の社長を引き続きお願いします。加えて兼務として阪和ホールディングスのNo.2、つまり専務になっていただけませんか」 日本M&Aセンターが手掛けた案件でも、譲渡企業の社長が、譲受け企業の役員に就くというケースはそこまで多くはない。それだけ野井社長に寄せる田村社長の信頼は厚く、また田村社長には、相手を尊重する、譲受け企業の品格といえるものがあった。 野井社長はその提案に、朗らかに応えた。 「わかりました。田村社長の応援をさせてもらいます」 当初、譲渡したらリタイヤするつもりだった。郊外に喫茶店を開いて、時折やってくる若者の人生相談をしながら暮らしたいと考えていたほどだ。ところが田村社長の熱意とリーダーシップに触れ、プレーヤーを続けることに決めた。報酬が目的ではない。経営者として学んできた経験を、少しでも役に立てたいという純粋な思いだった。 「自分のお役目が来たな」 野井社長の心は晴れわたっていた。株主や保証人という重い荷物を下ろしたことで、もともとのリーダーとしての力を遺憾なく発揮できるようになったのだ。経営のことだけを考え、動ける。「参謀役が自分の性に合っていたんだ」と、素直に思えた。

(左から)担当コンサルタントの堀切将太、第一電機設備工業株式会社の野井和重社長、阪和ホールディングス株式会社の田村忠之社長、株式会社東京商工リサーチ和歌山支店の乾健太支店長

(左から)担当コンサルタントの堀切将太、第一電機設備工業株式会社の野井和重社長、阪和ホールディングス株式会社の田村忠之社長、株式会社東京商工リサーチ和歌山支店の乾健太支店長

専務として支え、譲渡後に輝く

その手腕は、阪和ホールディングスにとっては2件目のM&Aで遺憾なく発揮された。2020年11月に地元の建設資材卸業・紀和商店を新たに買収。後継者不在で困っていた紀和商店を、「土木建設業を支える大事な産業だから」と田村社長が譲り受けることを決めたのだ。 2021年6月に新たにグループ入りした3件目の岡山県の瀬戸内工業所でも、同様であった。地元ではないが、M&Aによって、地域の重要な産業を守ることができると実感した野井さんだからこそ、譲渡オーナーと同じ気持ちで対話をした。野井専務は、キーマンとの調整役から相談事の対応まで、大いに活躍したのである。 従業員だけでなく、野井さん自身も経営者として生き生きと輝くM&Aが、実現できたのだ。

日本M&Aセンター担当者コメント

和歌山事務所 所長 堀切 将太

和歌山事務所 所長 堀切 将太
和歌山事務所 所長 堀切 将太

日本M&Aセンターが扱う中堅・中小企業のM&Aは、大企業同士のM&A(利害性や合理性からなるM&A)とは異なり、社会情緒的な背景が強いです。今回のM&Aはまさにその象徴的M&Aだと思います。担当者として今後も後世に語り継がれるM&Aに携わらせていただき、心から有難く思います。

※役職は取材時

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