「企業は、長く続けることに価値がある」老舗から学ぶためのM&A戦略
譲受け企業情報
-
- 社名:
- 株式会社鮒忠(東京都台東区浅草)
-
- 事業内容:
- 鶏肉卸、外食事業
-
- 従業員数:
- 約200名
東京都を拠点に、鶏肉を中心とした食品卸売業、焼き鳥と鰻(うなぎ)をメインに提供する飲食店を展開する鮒忠は、1946年創業の会社です。現在の安孫子節人社長は4代目。2018年に1872年創業の老舗料亭割烹「浅草草津亭」を譲り受け、2021年にはコロナ禍をきっかけに自社の弁当製造事業部を譲渡。2022年には神奈川県小田原市の老舗鰻店「柏又」を譲り受けました。安孫子社長に、M&Aにおいて大事にしていること、期待するシナジーについて伺いました。(取材日:2025年5月27日)
150年以上の歴史ある企業2社の譲受けを決断
――はじめに鮒忠の創業の経緯、事業内容や強みをお聞かせいただけますか。
譲受け企業 鮒忠 安孫子様:
当社は戦後間もない1946年の創業です。鶏肉の卸売事業と焼き鳥や鰻を提供する飲食店事業を手掛けており、飲食店では特に炭を使った焼き物(焼き鳥、鰻)を強みとしています。
鮒忠の前身は、創業者の根本忠雄が戦前に始めた川魚屋です。戦後は鶏肉を串に刺して焼いた焼き鳥を売り始め、それが人気を博します。その後、事業の成長に合わせて、鶏の飼料を売る商社やブロイラー業者とタッグを組んで、安定的に鶏肉を仕入れ、加工・販売するようになります。これが現在も続く卸売業につながっています。
私は1995年に鮒忠に入社しました。2000年頃から常務として社内の構造改革を推進し、2022年から4代目社長として経営にあたっています。
――2000年頃からの構造改革ではどのような改革に取り組まれたのでしょうか?
安孫子様:
まずは「出ずるを制する」ということで人件費や仕入れ、備品の購入など、すべてのコストの圧縮に取り組みました。外部の専門家の方にもお手伝いいただいて、朝から晩まで各社と交渉し、とにかく1円でも多く会社に残すことを目指しました。
また、2014年からは卸売事業と外食事業、当時あった弁当製造・ケータリング事業という3事業のポートフォリオを作成して社内に16の特命チームをつくり、企業全体の最適化を図るための構造改革を進めました。
――改革を進める中、2018年に浅草の老舗料亭割烹「草津亭」を譲り受けています。M&Aを考え始めた経緯をお聞かせください。
安孫子様:
飲食店は利益の薄いビジネスです。長く続けるためには、薄利多売モデルでやみくもに規模を拡大するより、一つの店で価値の高いものを相応の価格で提供するスタイルのほうがよいと気づき、優れたブランドがあればM&Aによって当社の飲食事業とのシナジーを生みたいと考えました。
そんなときに飛び込んできたのが、草津亭が倒産して入札になっているというニュースです。草津亭は元浅草の花街文化を代表する150年続く名店です。老舗のノウハウや知識を学びたいとM&Aを決断しました。
――倒産企業を譲り受けることへの不安はなかったのでしょうか?
安孫子様:
なかったですね。なぜなら、同社が150年積み上げてきた歴史は誰にでも真似できるものではないからです。経営学者のピーター・ドラッカーは「企業の目的は顧客の創造であり、それが社会貢献につながる」と説いています。だから会社は潰れてはいけない。利益を出して何としても生き残っていかねばならないのです。
そこで新生草津亭では、草津亭の味と伝統のおもてなしはそのまま生かし、草津亭ブランドの弁当や惣菜、お菓子といった周辺ビジネスにも力を入れて利益を生む体質に変えようとしてきました。周辺ビジネスはコロナ禍の影響で思ったほどの結果が出ませんでしたが、2023年に草津亭有明店(大型2号店)を有明TFTビル内にオープンさせ収益化に邁進しています。
――コロナ禍に見舞われた2021年には、弁当製造・ケータリング事業を譲渡されましたね。
安孫子様: コロナ禍で外食事業と弁当製造・ケータリング事業が売上対前年比20%の大打撃を受けました。そこで、以前から損益分岐点がほど遠かった弁当製造・ケータリング事業をいよいよ売却しなければならないと考えたんです。
――苦渋の選択だったかと思いますが、どのような条件を持ってお相手を探されたのでしょうか?
安孫子様:
こちらの条件は、事業と一緒に従業員も譲り受けてほしいということと、工場は鮒忠から借りる形にしてほしいということでした。パートさんを含めて120人いる従業員まで引き受けてくださる企業がなかなか見つからず、相手先探しは難航しました。
ただ、何があっても、この条件を取り下げるつもりはありませんでした。「苦しくなったらすぐに首を切る会社だ」となれば、弁当・ケータリング事業のスタッフにも申し訳が立ちませんし、残った従業員は安心して働けなくなってしまいます。
「最後まで従業員の面倒を見るのだ」という決意で、自分で50社ほどを回り、ようやく相手先が見つかったのは約1年後でした。契約の段階からは日本M&Aセンターにサポートいただきました。
M&Aは伝統の承継と学びを得る貴重な機会
――2022年には神奈川県小田原市の老舗鰻店「柏又」を譲り受けました。どのようなシナジーを期待されていたのでしょうか?
安孫子様:
当時、鮒忠は浅草に花川戸店をオープンさせ、人気店となっていました。そこで、立ち退きによる銀座店閉店の代替として、花川戸店を手本とした直営店を別の場所につくり、銀座店にいたエース人材に任せようと考えていました。
ところが、コロナ禍によって新店を出すのが難しくなり、エース人材の行き場がなくなってしまいました。ちょうどそのタイミングで、日本M&Aセンターから後継者不在に悩んでいた柏又のお話をいただいたのです。
柏又は1870年創業の老舗で、草津亭と同じく150年を超える歴史がありますし、鶏や鰻を炭で焼いた料理を提供してきた鮒忠のメニューや味との親和性が高い。学べることがたくさんあるだろうと期待しました。もちろん、当初の目的であった「エース人材を生かす場」も手に入ります。当社にとっては願ってもないお話でした。
現在、土日は鮒忠のスタッフが柏又に応援に行き、現場で一緒に働きながら学ばせてもらっています。経営面でもよい結果が出ており、大変満足しています。
――草津亭と柏又、いずれも歴史ある老舗店です。譲受け企業を決める上で重視するポイントについて教えていただけますでしょうか?
安孫子様:
私は、規模の大きさよりも、「長く続けている」という価値を大事にしています。鮒忠80年、柏又160年、草津亭160年、合わせると400年となります。このようなグループ経営をしている会社はほとんどないと思います。
ビジネスは長く続ければ続けるほど、そこに携わる人には公私ともに良いことだけでなく、困難も降りかかってくるものです。それをさまざまなチャレンジやノウハウを持って乗り越えてきたわけですから、学びがないわけがありません。
もう1つのポイントは、BS(バランスシート)がきれいなことです。財務状況が健全であれば、清算してもオーナーさんに現金が残ります。当社が譲受け企業となる場合、そうした金融資産は1円たりとも頂くつもりはありません。私たちが求めているのは、金融資産ではなく、鮒忠の飲食事業をさらに成長させるための老舗のブランドや伝統が培ってきたノウハウなのです。「価値の承継」と「学びを得る機会」。この2つが譲り受ける上で最も重視しているポイントです。
――老舗のDNAを承継し、学んでいくために心がけていることは何でしょうか?
安孫子様: 「譲渡後3年間は一切手を出さない」ということです。鮒忠のグループに入ったからといって、人を総入れ替えしたり、鮒忠のやり方に変えたりすれば、承継するものは何もなくなってしまいます。だから鮒忠の人間には、「鮒忠のやり方を絶対に押しつけないでほしい。むしろ現場から学んでほしい」と言っています。
価値あるものを残し受け継ぐことは社会貢献
――安孫子社長が経営で大切にしている座右の銘はありますか?
安孫子様:
創業者の「自愛」という言葉です。自分を大切にできない人に、他人を大切になどできません。おそらく鮒忠が80年近く続いてきたのは、仕事を通じて自分も他人も大切にしてきた真面目な人が集まっているからだと考えています。
また、「誠・明・健・和」という言葉も大事にしており、2014年から鮒忠の行動原則としています。利益だけを追求すると、会社がおかしな方向に行きかねないからです。「誠」は誠実であれ、嘘をつくなということ。「明」は自分に明るい、つまり自分を知るということ。「健」は文字通り心身ともに健やかであること。「和」は、お互いを理解して尊重し合うことが大事という意味です。
――鮒忠はまもなく創業80年を迎えます。80年に向けた戦略の中でM&Aをどのように位置付けていらっしゃいますか?
安孫子様:
価値のあるものを残し、受け継いでいくことができれば、それは立派な社会貢献になります。M&Aは、まさにそのための方法ですし、今後の鮒忠の経営戦略にとって欠かせない、重要なファクターであると考えています。
今はどの業界も後継者不在で悩んでいます。当社から鶏肉を購入してくださっている取引先が廃業すれば、お客様に鶏肉をお届けできなくなってしまいます。機会があれば食肉店や問屋のM&Aも検討していきます。
また、草津亭や柏又のような当社より長い歴史を持つ飲食店のM&Aも引き続き積極的に検討していきます。鮒忠の看板商品である焼き鳥や鰻とのシナジーが見込める、客単価の高い飲食店とのご縁があれば嬉しいですね。
2021年に譲渡した製造工場の自社活用にも再挑戦するつもりです。譲渡先が事業を辞めてしまったため、貸していた工場が空くことになったのです。この工場を使って、鶏肉を切り身やミンチに加工する前捌きの仕事をして、卸事業の拡大を目指します。
また、食肉店を譲り受けても事業を引き継ぐことができると考えています。さらに、鮒忠や草津亭、柏又の惣菜を製造し、販売していきます。M&Aにより飲食店ブランドを増やしてそのブランドでの総菜製造にも大いに活用できます。
- 日本M&Aセンター M&Aコンサルタント コメント
-
※役職は取材時業種特化チャネル 業種特化1部 岡田 享久
安孫子社長とは大学の先輩後輩ということもあり、M&Aを通じたお客様と担当者という垣根を超えた、事業に関する熱いお話をさせていただいております。数多くの経営者とお会いする中でも私が尊敬している社長です。これからも一緒にお仕事をしたいと思っていますので、引き続き良いご縁を提供させていただければ幸いです。