コラム

海外M&Aの3つの難関!? 地政学リスク、カントリーリスク、外資規制に留意しましょう!

羽田 寛芳

プロフィール

羽田寛芳

日本M&Aセンターコーポレートアドバイザー統括部/コーポレートアドバイザー1部 部長/公認会計士

海外M&A
更新日:

⽬次

[表示]

国際社会そして世界経済が揺れている昨今、海外・クロスボーダーM&A案件を進める際にも、地政学リスクやカントリーリスクというものを意識する必要があります。
また、外資規制についてもしっかり確認しながら進めていかないと、場合によってはディールブレイカー(破談の原因)となり得る場合があります。

このコラムでは、私が過去に担当した、タイの日系製造業の案件での体験をもとに、クロスボーダーM&Aにおける「カントリーリスク」について考えていきます。

カントリーリスク、地政学リスクとは

本題に入る前に、カントリーリスク、地政学リスクとは何かについて解説します。

カントリーリスクとは

海外の国や地域に投資を行う際に、政治や経済等の変化によって資産の価値が変動する可能性のことをいいます。海外M&Aは、現地の会社を買収することなので、常に買収時点やその後のカントリーリスクを意識して検討していく必要があります。

地政学リスクとは

ある国の政策や特性を地理的な要素から研究するのが「地政学」です。地理的な位置関係による政治的、軍事的、社会的な緊張に基づく悪影響が、「地政学リスク」や「地政学的リスク」と呼ばれます。

タイにおける、あるクロスボーダーM&A案件の体験記

数年前、私はタイの案件に注力していました。

対象会社はM&A巧者で有名な、とある経営者が率いるA社を主要得意先とした部品メーカーでした。
国内の親会社よりも完全にタイ法人の方が大きくなり、案件化で現地の工場を視察した際、その光景に圧倒されたのを今でも鮮明に覚えています。

売り手社長がまた強烈でした。さすがアジアでグローバル企業を相手にビジネスしているだけあり超エネルギッシュ。そのパワフルさ、豪快さに毎回圧倒されていた記憶があります。

前年にはタイで大洪水があり、その影響を受けつつも大量の簡易ベッドを工場に持ち込んで製品供給をし続けた話や、一緒にタイに進出してもらった下請け先の工場が洪水で完全に浸水し、そこの社長が男泣きしながら機械設備をA社の工場内に1週間だけ預かってもらった話などを聞き、アジアでビジネスすることがいかに壮絶で過酷なことか、そして経営者として30年突っ走ってきた花道を飾ってあげたいと心から思うようになりました。

DD中に見舞われた政情不安

お相手探しをスタートしてしばらくすると、自動車部品メーカーの優良企業から手が挙がり順調にDD(買収監査)まで進みましたが、その当時タイは政情不安で厳戒令が発令されていました。
現地の情報収集をしっかりした上で安全と判断し予定通り現地でDDを行い、DD終了後、私1人だけ予備日まで残ることになりました。

するとその日に突如、軍事クーデターが起きてしまいました。

軍が政権を掌握し、まさに緊急事態。

夜間の外出はかなり危険ということで夕方急いでチェックアウトし、空港に向かおうとしましたが、多くの市民が家路を急ぐ中、タクシーはつかまらず…
エアポートリンク(空港線)だけまだ動いているということで、とにかくスワンナプーム国際空港に向かおうと会社に緊急事態の連絡だけ入れて2kmほどスーツケースをかつぎ汗だくになりながら大渋滞の車の隙間を縫って全力疾走しました。
あの時感じた異国での孤独感と焦燥感……正直心が折れそうになりました。

外資規制による難しさ

タイは外資規制が厳しいため、法務の調査でいくつかの難しい論点が新たに発見されました。

例えば、外国人事業法(FBA:Foreign Business Act)および外国人事業ライセンス(FBL:Foreign Business License)の問題、得意先への原材料販売や外注先への有償支給は『卸売業』とみなされるため外資規制の対象となる、製造工程で発生するスクラップ屑の業者への売却にはライセンスが必要など、
日本だと気にもとめない部分が外資規制の対象やライセンスの対象になってきます。

したがって、タイの製造業案件を進める際はビジネスモデルをしっかり把握した上で、各取引を細分化し外資規制に抵触していないか、ライセンス等が必要か否かを検討していく必要があります。

外資規制による問題

結局、この問題の解決には5か月ほどの時間を要したため一時はブレイクも覚悟しましたが、最後まで諦めず解決策を考え抜き、最後は総力戦で成約まで導いたことを覚えています。

クロスボーダーM&A成功のためには

専門家としてビジネスマンとして、そしてカントリーリスクをも身をもって体験できた海外案件験は今ではいい思い出でとなり私の財産になっています。

ということで、今回は日系の海外案件にまつわるエピソードをご紹介させていただきました。

いわゆる現地企業のM&A案件を検討する際にも、その国の地政学リスクやカントリーリスクをある程度頭に入れておくとともに、外資規制の点でどのような影響があるのか、どのような対策が必要かを慎重に検討しながら進めていくことが成功への近道と言えると思います。

※本ブログは2022年4月に著者が自身の体験を基に執筆したものであり、記事中の現地の法令に係る部分は情報が古い可能性もございます。あらかじめご留意ください。

「海外・クロスボーダーM&A」って、ハードルが高いと感じていませんか?  日本M&Aセンターは、海外進出・撤退・移転などをご検討の企業さまを、海外クロスボーダーM&Aでご支援しています。ご相談は無料です。

『海外・クロスボーダーM&A DATA BOOK 2023-2024』を無料でご覧いただけます

データブック表紙

中堅企業の存在感が高まるASEAN地域とのクロスボーダーM&Aの動向、主要国別のポイントなどを、事例を交えて分かりやすく解説しています。
日本M&Aセンターが独自に行ったアンケート調査から、海外展開に取り組む企業の課題に迫るほか、実際の成約データを元にしたクロスボーダーM&A活用のメリットや留意点もまとめています。

プロフィール

羽田 寛芳

羽田はだ 寛芳ひろみち

日本M&Aセンターコーポレートアドバイザー統括部/コーポレートアドバイザー1部 部長/公認会計士

中央青山監査法人を経て2006年に日本M&Aセンター入社。 財務・会計・税務の専門家として中堅中小企業のM&Aを幅広くサポートしており、当社でのアドバイザー歴は16年目を迎える。これまで累計1,000件超の案件に関与してきた経験から現在は案件サポートだけでなく全社的な業務効率化や品質向上にも取り組んでいる。

この記事に関連するタグ

「海外M&A・M&A実務・M&A法務・クロスボーダーM&A」に関連するコラム

クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡契約書の基本

海外M&A
クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡契約書の基本

本記事では、クロスボーダーM&Aのスキームとして一般的な株式譲渡の場合に締結される株式譲渡契約書(英語ではSPA、SharePurchaseAgreementやStockPurchaseAgreementと表記されます。)について解説します。株式譲渡契約書(SPA)の一般的な内容一般的な株式譲渡契約書は概ね以下のような項目で構成されていることが多いです。売買の基本事項クロージング及びクロージング条

クロスボーダーM&Aにおける「意向表明書」の基本~法務向け~

海外M&A
クロスボーダーM&Aにおける「意向表明書」の基本~法務向け~

本記事では、クロスボーダーM&Aで取り交わされる「意向表明書」について法務の視点から詳しく解説します。クロスボーダーM&Aにおける意向表明書の位置づけある会社が、M&Aの対象として検討している会社(ここでは非上場外国法人の株式譲渡スキームを想定しています。以下「対象会社」)の株主(以下「Seller」)と初期的なミーティングを終え、Sellerから開示された対象会社の基礎的な情報を検討し、M&Aの

クロスボーダーM&Aにおける法務デューデリジェンスの基本

海外M&A
クロスボーダーM&Aにおける法務デューデリジェンスの基本

今回は、クロスボーダーM&Aで海外企業を買収する再に必要となる法務デューデリジェンスの基本的な概要について解説します。【本記事は2022年3月に公開したものを再構成しています。】そもそもデューデリジェンスって何?デューデリジェンス(DueDiligence)とは、買収監査といわれることも多いですが、株式譲渡などM&Aの実施にあたり、M&Aを検討している当事者がその意思決定に影響を及ぼすような問題点

クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡の基本 ~法務~

海外M&A
クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡の基本 ~法務~

この記事では、クロスボーダーM&Aの手法として用いられることの多い株式譲渡について、基本的な事項をご紹介させていただきます。クロスボーダーM&Aとは日本企業が外国企業を譲り受けるIn-OutM&Aと外国企業が日本企業を譲り受けるOut-InM&Aを、国境をこえて行われるM&Aということで、クロスボーダーM&Aと呼びます。海外M&Aという呼ばれ方をする場合もあります。@sitelink株式譲渡とは株

クロスボーダーM&Aのバリュエーション実務必須の基礎知識

海外M&A
クロスボーダーM&Aのバリュエーション実務必須の基礎知識

近年、特にクロスボーダーM&Aの際の、バリュエーションの知見に関するニーズが高まってきているように感じます。本コラムでは、DCF法※1を用いて新興国の海外企業の株価評価することを前提にWACC※2を作成する際、必須の知識となる、①国際株主資本コスト②国際負債コスト③WACCの変換(米国通貨建→対象国通貨建)に関する実務ナレッジを解説します。※1DCFは、英語のDiscountedCashFlowの

インドネシアM&Aの財務・税務・法務面のポイント

海外M&A
インドネシアM&Aの財務・税務・法務面のポイント

こんにちは、ジャカルタの安丸です。インドネシアでは一か月間のラマダン(断食)が間もなく終了し、レバラン(断食明けの祝日)がまもなく開始となります。今年は政府の意向もあり、有給休暇取得奨励と合わせ、何と10連休となる見込みです。ジャカルタからはコロナ禍に移動を自粛されていた多数の方が、今年こそはとご家族の待つ故郷へ帰省される光景が見られます。4月初旬よりコロナ禍以前のように、ビザなし渡航が解禁され、

「海外M&A・M&A実務・M&A法務・クロスボーダーM&A」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aにおける登場人物とその役割

M&Aにおける登場人物とその役割

M&Aの実行には高度な論点が複雑に絡み合い、高い専門性や知識が必要とされるため当事者以外に多くの関係者が登場します。本記事ではM&Aの関係者・専門家について解説していきます。分類登場人物概要・主な役割M&Aの当事者M&Aの取引対象M&Aで取引されるもの(会社・事業など)譲渡希望企業(M&Aの売り手)「M&Aの取引対象」の保有者(株主・会社)譲受け希望企業(M

M&Aの相談先。頼れる専門家について

M&Aの相談先。頼れる専門家について

自社の今後を見据え、M&Aという選択肢が浮かんだ時、あなたらどうするでしょうか。まず誰か詳しい人に話を聞いてみよう、相談しようと考える人が多いのではないでしょうか。M&Aの実行には高度な論点が複雑に絡み合い、高い専門性や知識が必要とされるため、当事者以外に専門家をはじめ様々な関係者が関係してきます。本記事では具体的に誰に、M&Aの相談をするのがふさわしいのか解説していきます。M&A分野の専門家まず

基本合意書(MOU)とは?M&Aで締結する目的・留意点を解説

基本合意書(MOU)とは?M&Aで締結する目的・留意点を解説

M&Aにおいて基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。日本M&AセンターではM&Aに精通した弁護士・司法書士・

M&Aの最終契約書とは?ポイントを専門家が解説!

M&Aの最終契約書とは?ポイントを専門家が解説!

本記事ではM&Aの最終段階において締結される最終契約書のポイントについて、M&Aの専門家がわかりやすく解説します。日本M&AセンターではM&Aに精通した公認会計士・税理士・弁護士など専門家を含めた盤石の体制で安全・安心のM&Aをサポート致します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。無料相談はこちらM&Aの最終契約書とはM&Aにおける最終契約書(DefinitiveAgreement、通称「

契約締結前の最終条件調整。押さえておきたいポイント

契約締結前の最終条件調整。押さえておきたいポイント

M&Aの最終契約に盛り込まれる事項は多岐に渡ります。ここでは、最終条件の交渉を行う上で、主要な事項及び細目事項をご紹介します。日本M&AセンターではM&Aに精通した公認会計士・税理士・弁護士など専門家を含めた盤石の体制で安全・安心のM&Aをサポート致します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。無料相談はこちら最終条件の交渉とは最終契約書が締結されて、M&Aは実行フェーズにうつります。株式譲

地域別にみる中小企業のM&A動向

地域別にみる中小企業のM&A動向

国内の421万企業のうち99.7%を占める中小企業。地域資源の活用、歴史的背景、立地特性など地域ごとにその特徴も様々です。本記事では、地域別に中小企業のM&A動向について迫ります。全国でM&A件数の圧倒的No.1は?中小企業M&Aの件数は経済活動の規模に比例します。下記の図1は当社におけるM&Aの実績と、「県別の経済活動の規模」を比較したものです。東京を例にとると、グラフ左端が東京の企業が譲渡もし

「海外M&A・M&A実務・M&A法務・クロスボーダーM&A」に関連するM&Aニュース

ルノー、電気自動車(EV)のバッテリーの設計と製造において2社と提携

RenaultGroup(フランス、ルノー)は、電気自動車のバッテリーの設計と製造において、フランスのVerkor(フランス、ヴェルコール)とEnvisionAESC(神奈川県座間市、エンビジョンAESCグループ)の2社と提携を行うことを発表した。ルノーは、125の国々で、乗用、商用モデルや様々な仕様の自動車モデルを展開している。ヴェルコールは、上昇するEVと定置型電力貯蔵の需要に対応するため、南

マーチャント・バンカーズ、大手暗号資産交換所運営会社IDCM社と資本業務提携へ

マーチャント・バンカーズ株式会社(3121)は、IDCMGlobalLimited(セーシェル共和国・マエー島、IDCM)と資本提携、および全世界での暗号資産関連業務での業務提携に関するMOUを締結することを決定した。マーチャント・バンカーズは、国内および海外の企業・不動産への投資業務およびM&Aのアドバイス、不動産の売買・仲介・賃貸および管理業務、宿泊施設・飲食施設およびボウリング場等の運営・管

マイナビ、インドのHRスタートアップ企業Awign Enterprises Private Limitedを買収

株式会社マイナビ(東京都千代田区)は、ギグワーカーのリソースを活用して顧客へ成果物を提供するインド企業のAwignEnterprisesPrivateLimited(インドバンガロール、以下Awign)を2024年4月25日付けで買収し、子会社化した。マイナビは、社会や人々の有益となるようなサービス提供を目指した事業を展開している。Awignは、単発の仕事を請け負う労働者(ギグワーカー)が集うプラ

M&Aで失敗したくないなら、まずは日本M&Aセンターへ無料相談

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース