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M&A成功事例インタビュー
日本M&Aセンターがお手伝いをしてM&Aを実行された両者をお迎えし、M&Aを決意された理由や実行時の心境など、本音をお聞きしました。
ペリテック&テクノアルファ
● 譲渡社
株式会社ペリテック
代表取締役 平 豊 様
● 譲受社
テクノアルファ株式会社
代表取締役 松村 勝正 様

ペリテック様のご紹介と、M&Aを検討した経緯をお教え下さい
【平】私はもともとサラリーマンで、電子制御装置のテスターの設計技術者でした。身に着けた技術をもって約30年前に独立し、創業したのがペリテックです。自動車向けの電子制御装置「ECUテスター」をメインに製造開発して、自動車部品メーカーを中心に納め、順調に業績を伸ばしてきました。
私は61歳ですが、以前より事業承継問題をどのように解決するかが課題でした。私には息子が2人、娘が一人いますが、それぞれ大手企業に就職しており、継ぐ気もありませんし、継がせる気も最初からありませんでした。というのも、経営者の世襲は社員のモチベーションを維持する上で好ましくない、という考え方でしたので、最初から選択肢となりませんでした。
創業者である私が経営できなくなっても、企業は従業員や取引先のために存続しなければなりません。後継者がいないために廃業、ということなく、ぜひ社内から次の経営者を生み出す体制を整えたいと考えていました。このためIPOの可能性も探りましたが、ハードルが高いことがわかったので断念しました。
そんなときにM&Aの可能性を考えて、専門家である日本M&Aセンターに相談に行きました。それまでは事業が立ち行かなくなって買収されるのがM&Aだと思っていましたが、よくない会社は誰も買わない、タイミングが重要、とのことでした。そしてM&Aは"ミニ上場"と呼ばれる、有効な経営戦略であると知り、譲渡を決意しました。
タンバック&エブレン
● 譲渡社
株式会社タンバック
代表取締役社長 竹下 吉大 様
● 譲受社
エブレン株式会社
代表取締役社長 上村 正人 様

タンバック様のご紹介と、M&Aを検討した経緯をお教え下さい
【竹下】タンバックは、産業用ボードコンピューターの設計・製造をファブレスで行う開発型企業です。業界内では数少ない独立系で、高い技術力を背景にお客様にも恵まれてきました。
私は現在64歳で、数年前から会社を次世代に承継することを考えるようになりました。しかし息子は大手電機メーカーに勤務しており、業界も異なるため後継者として会社を継ぐ意思はありません。幹部社員を社長に登用することも考えましたが、会社を運営していくには金融機関からの資金調達が必要であり、その個人保証や担保などが求められます。社員に会社の借金を被せるわけにはいかないという思いがあり、逡巡する日が続きました。さらに、経済環境が悪化したときには、受注がストップしてしまいます。リーマンショックのような景気の悪化は、何度も乗り越えるのは単独では難しいのではないか、と感じるようになりました。
そこで、「後継者問題の解決」と「さらなる会社の発展の実現」を同時に目指すため、選択肢の一つとしてM&Aを考えてみることにしました。いろいろと調べて、日本M&Aセンターが開催している「経営者のためのM&Aセミナー」に参加してみることにしました。それが、2010年9月終わりのことです。
東山フイルム&シティック・キャピタル・パートナーズ
● 譲渡社
東山フイルム株式会社
代表取締役社長 松原 茂 様
● 譲受社
シティック・キャピタル・パートナーズ
ディレクター 小林 進太郎 様

東山フイルム様のご紹介と、M&Aを検討した経緯をお教え下さい
【深津】東山フイルムは、ポリエステル・フィルム加工に高い技術力、開発力を有し、タッチパネル向けフィルム加工等を行なっている会社です。元々は1949年に設立され、高度経済成長期にモーター巻線・絶縁材加工会社として、大手電線メーカーの有力下請会社として成長してきました。
その後、創業者である父親より私が経営を引き継いだのですが、バブル崩壊による環境変化を受け、下請から自社ブランドへと「独立系」企業としての道へ大きく舵を切りました。次の成長エリアとして海外、光学フィルム領域へ進出し、顧客の様々なニーズに応えられる総合PETフィルム加工メーカーへ事業転換して更なる成長を実現、2007年にはジャスダック市場への上場を果たしました。
ところが、いわゆるリーマンショックで業績は一転しました。
ビーネット&シナジーマーケティング
● 譲渡社
株式会社ビーネット
代表取締役社長 中川 輝 様
● 譲受社
シナジーマーケティング株式会社
代表取締役 谷井 等 様

ビーネット様のご紹介と、M&Aを検討した経緯をお教え下さい
【中川】ビーネットは、ネットショップの運営をサポートする会社です。ネットショップ向けの腕時計等の卸売サイト「未来問屋」運営により(中略)創業以来会員数・取扱商品数ともに増え続けておりました。
しかし商材選定や仕入先との交渉、システムメンテナンスに至るまで私が一人で対応しており、業務の組織化が課題でした。システム面においても私のオリジナルであったため改善の余地が大きく、日々増加する受注に追われて業務はパンク寸前でした。さらに、当社サービスのユーザーとなるネットショップの増加とシェアの拡大により、全ユーザーに対して同一のサービスを提供するのではなく、商品とユーザー毎の商流を交通整理するシステムの導入が必要であると考えるようになりました。
北日本計装制御&東テク
● 譲渡社
北日本計装制御株式会社
代表取締役社長 松本伸一 様
● 譲受社
東テク株式会社
代表取締役会長 草野和幸 様

北日本計装制御様のご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【松本】 北日本計装制御は、青森県を中心に工場やプラントで管理が必要な、温度・原材料の配合・製品の厚みなどを自動制御するためのプログラムや装置を、オーダーメイドで企画段階から設計・製作・設置・メンテナンスまで一貫して行う計装エンジニアリングサービスを展開しています。(中略)
親族・社員への承継は難しいということになり、自身も70歳に近づいてきたため、従業員と取引先への責任を全うするには会社をさらに発展させてくれる他社へ譲ることが最善策だと思うようになりました。また経理・人事・許認可更新など事務周りを一手に引き受けて長年支えてくれた妻にも、元気なうちに引退して、孝行したいという思いもあったのです。
中央流通研究所&サティス製薬
● 譲渡社
株式会社中央流通研究所
代表取締役会長 中川綾子 様
代表取締役社長 中川牧人 様
● 譲受社
株式会社サティス製薬
代表取締役社長 山崎智士 様

中央流通研究所様のご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【中川】 当社は、1973年8月に設立された化粧品・食品の包装梱包請負業です。まだアウトソーシングという言葉が一般的ではなかった時代に、当社相談役(譲渡時)で主人である中川友次郎が脱サラして会社を立ち上げました。(中略)
2009年4月には長男の中川牧人を代表取締役社長とし、周りからは、後継者がいる順調な会社と評価され、実際に良い形で経営を譲ることができました。ただ長期的な将来展望を考えると、当社にも課題がありました。社長の中川牧人には子供がおらず、長い目で見ると後継者問題を抱えております。加えて、会社の事業規模を拡大させ、安定的な体力基盤を築き、一生懸命働いている従業員の処遇を高めるとともに、より一層働き甲斐のある職場にしたいと考えておりました。しかし当社単独での事業成長には限界を感じるようになりました。
そうした中で将来を見据えた企業の成長戦略として、中小企業においてもM&Aという選択肢があることを知り、日本M&Aセンターへ相談いたしました。そこで、サティス製薬の山崎社長をご紹介いただいたのです。
藤清グループ&月桂冠
● 譲渡社
藤清グループ
(株式会社藤清・有限会社藤清蒟蒻)
代表取締役 藤本清之輔 様
● 譲受社
月桂冠株式会社
代表取締役社長 大倉治彦 様

藤清グループのご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【藤本】 藤清グループは主に蒟蒻(こんにゃく)・豆乳・湯葉の製造を行っております。創業は1905年、これまで100年以上の永きに亘りお客様からのご支援をいただいております。私は4代目として社長に就任し、蒟蒻に加えて新たに豆乳・湯葉の製造を開始し市場参入を果たし、これまで順調に経営を継続することができました。しかし息子は経営者ではなく医学の道へ進むことを決断したため、後継者対策としてM&Aを検討するようになり、京都銀行様及び日本M&Aセンター様にご相談をさせていただきました。
タス&ウィズソフト
● 譲渡社
株式会社タス
代表取締役(現 会長) 荒牧敏子 様
● 譲受社
ウィズソフト株式会社
代表取締役 勝屋嘉恭 様

タスのご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【荒牧】 タスは「食と健康」をテーマに、栄養管理のオリジナルパッケージソフトをはじめとした業務系ソフトウェアの開発・販売を主な事業としております。おかげさまで創業から21年間、安定した実績を残してきました。現在約3,000のユーザーを抱えるまでに至っており、業界では一定の評価を頂いております。会社を立ち上げてからしばらくは私一人で経営しておりましたが、業務範囲が拡大してきたころから夫(前専務)にも経営参画してもらい、これまで二人三脚で経営してきました。
しかし数年前から高齢の両親の世話をするようになって、毎日が忙しくなってきました。同時に「会社もそろそろ若い人達にバトンタッチしていかないと…」と考えるようになりました。息子は医師として病院に勤務しており会社のことはわかりませんし、継ぐ気もなさそうです。社員への継承も考えましたが、顧客ニーズの変化への対応やさらなる技術力の向上、そして社内体制の一層の強化等を考えると、負担が重すぎるのではないかと感じておりました。
モステック&スミダコーポレーション
● 譲渡社
株式会社モステック
代表取締役 川嶋誉久 様
● 譲受社
スミダコーポレーション株式会社
新規事業開発室 オフィサー 堀 寛二 様

モステックのご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【川嶋】 当社は約50年前に創業し、コイルを中心とした変成機器の受託開発を行っております。お蔭様で創業以来、お得意先様にも恵まれ、継続的に黒字経営を続けることができておりました。技術力に強みを持っており、2001年には「平成13年度京都府中小企業技術大賞」を受賞しました。また、2人の息子が社内におりましたので、後継者はいずれ2人のどちらかに、と漠然と考えておりました。
しかし、技術力があるとはいえ、小規模オーナー会社では、社会の求める技術トレンドをキャッチすることには限界があります。このため、弊社の技術力の優位性は維持できるのか、そして家族経営の会社が生き残っていけるのか、という不安も感じておりました。
ハートランド・データ&ワイズマン
● 譲渡社
ハートランド・データ株式会社
代表取締役 竹村 洋 様
● 譲受社
株式会社ワイズマン
代表取締役社長 南舘 伸和 様

ハートランド・データのご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【竹村】 当社は、車載・家庭用オーディオ、カーナビ等向け組込みソフトウェア開発を主な事業としています。メーカーからの要望を反映させ、さらに独自の創意工夫を加えたソフトを組み込んだデモ機を作って提案し、技術・ライセンスを売るというビジネスを展開しています。
おかげさまでこのビジネスを立ち上げてから多数の大手メーカーとの取引も獲得し、独立系の企業として26年間の実績を積んできました。無借金状態で業績も安定しており、さらに社内にいる娘婿に後継者候補として期待していました。
ただ、これからも国内で堅実に経営して行く限りは単独でも存続できますが、当社の今後を見通したとき、私一人の経営努力ではもとより優秀な娘婿が継いだとしても資本力や海外ビジネス展開のノウハウ不足については多少不安を抱えていました。
タクショク&ワタミ
● 譲渡社
株式会社タクショク
代表取締役社長 園田義夫 様
● 譲受社
ワタミ株式会社
代表取締役社長・CEO 渡邉美樹 様

タクショクのご紹介と日本M&Aセンターへ相談した経緯をお教え下さい
【園田】 当社は、九州を基盤として高齢者向け弁当宅配事業を営んでおり、今年、創業30年を迎える企業です。近年は関東地域に進出し順調に事業拡大を進め、2010年の上場を目指して準備を進めておりました。
しかし当社の基盤が九州で、首都圏での知名度に欠けるところがありました。この株式市場不況の中で上場を目指すにあたって、企業ブランドを確立する必要があると考えておりました。
名電エンジニアリング&明治電機工業
● 譲渡社
名電エンジニアリング株式会社
代表取締役社長 田川廣美 様
● 譲受社
明治電機工業株式会社
代表取締役社長 安井善宏 様

M&Aによる会社の譲渡を決意した理由と経緯をお聞かせ下さい
【田川】 名電エンジニアリングを創業して20年以上になります。60歳を超えて、自分の次代に、この会社を誰に託すべきか考え始めました。私には息子がいますが、東証一部上場企業に勤務していて家庭もあり、順調なサラリーマン人生を送っています。もし会社を継いだ場合、「経営者」という24時間体制の仕事は「サラリーマン」とはライフスタイルが大きく異なるため、息子の妻や孫にも少なからず影響を与えることになります。さらに、将来的に負債を抱えることになれば、連帯保証や担保などの負担を背負わなければなりません。そこで、家族会議を開いて皆の意見を総合した結果、「息子は会社を継がないほうがよいのではないか」という結論に達しました。
サンエー&東京リスマチック
● 譲渡社
株式会社サンエー
代表取締役 三川伊三郎 様
● 譲受社
東京リスマチック株式会社
代表取締役社長 鈴木隆一 様

M&Aによる会社の譲渡を決意した理由と経緯をお聞かせ下さい
【三川】 私は創業社長の先代からサンエーを引継ぎました。サンエーはシール印刷を主に取り扱う印刷業の会社です。現在41歳ですが子供がいないため、いずれ後継者問題を抱えることは明らかでした。それに加えて印刷業界全体の競争が激しくなっていることもあり、数年先の状況を見据えて譲渡を決意しました。先代から引き継いだ会社の発展と従業員の将来、大手出版社を中心とする取引先は守らなければなりませんので。
Y社
Y社
社長 鈴木 均 様

M&Aによる会社の譲渡を決意した理由と経緯をお聞かせ下さい
【鈴木】 私が譲渡した会社は、山形県米沢市でリネンサプライ業を営んでいました。約40年前に私の父が創業し、以後私が2代目として継いだ会社です。地元では病院寝具リース事業のおよそ90パーセントのシェアを確保しており、先行きも順調のように見えました。
螢雪ゼミナール&クリップコーポレーション
● 譲渡社
株式会社螢雪ゼミナール
前社長 奥村義澄 様
● 譲受社
株式会社クリップコーポレーション
代表取締役 井上憲氏 様

M&Aによる会社の譲渡を決意した理由と経緯をお聞かせ下さい
【奥村】 私はいま55歳です。54歳で会社を譲渡してリタイアしました。まだまだ元気ですが、私には事業後継者がいませんでした。子供は息子2人と娘がいるものの、獣医になったり、国際空港に勤務していたりと、事業を継ぐ意思がありません。その上、子供たちは小学校の頃に当塾でも勉強したことがあり、その頃教わった先生達が今では会社の幹部になっています。昔を知られているだけに、とてもその方々の上に立って経営はできないという思いもあったようです。
藤山会計事務所&税理士法人TAX東海(松井総合経営事務所)
● 譲渡社
藤山会計事務所
前所長 藤山和子 先生
● 譲受社
税理士法人TAX東海
代表社員 松井正勝 先生

M&Aによる事務所の譲渡を決意した理由と経緯をお聞かせ下さい
【藤山】 約3年前に当事務所の幹部職員が分林社長(当社社長)にお会いした際に、子供がなく、私の後継者問題について心配してくださったことがきっかけでした。その際、会計事務所M&Aの成約事例をご紹介いただいたことなどを幹部職員から聞き、私も近い将来考えなければならないと思いました。



