コラム

「いまのままでは渡せない」~父のプライドと優しさ~

竹内 直樹

日本M&Aセンター 代表取締役社長

事業承継
更新日:
理想の買い手企業が見つかります。会社売却先シミュレーションM-Compass。シミュレーションする

⽬次

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先月、新幹線とローカル線を乗り継いで、ある社長にお会いしてきました。
最寄駅でタクシーに乗り、会社名を伝えると、運転手さんは「あぁ、もちろん知ってますよ」と言い、住所も聞かずに車を走らせてくれました。小売業を営むその会社は、その地域では知らない人がほとんどいない創業約100年の老舗企業です。
「うちのビジネスはこれから苦しくなる。いまのうちに、次の展開を考えなければならない。どういう方法が考えられるか、提案してくれないだろうか?」
それが、前回お会いした時にいただいていた宿題でした。
地元で名の知れた会社でも生き残りが厳しい。それが、いまの中堅中小企業が置かれている現実なのかもしれません。
シェアやエリア拡大による生産性向上、新しいビジネスの柱の構築、地域に根差した多角化・・・ 考えられる戦略はいくつもあるし、どれも間違いではない。
私は宿題の答えをお伝えする前に、社長にとても大事なことをお聞きしました。
「社長は、5年後、10年後にこの会社をどういう会社にしたいですか?」

M&Aは手段にすぎない

「どういった選択肢があるのか、教えてほしいんだ。自分では、同業を買収して大きくなるという案しか思い浮かばない。でも、それが正解だという自信もない。」
そうおっしゃる社長に、私はもう一度お聞きしました。
「私が知りたいのは、社長の目標つまりゴールです。 それは私には決められない、決められるのは社長だけなんです。」と。
社長はしばらく黙って考えていらっしゃいました。
「もし、いまの本業を伸ばしていきたいのであれば、近隣エリアを中心に同業に買収を仕掛けていきましょう。もし、地域貢献を一番に考えるのであれば、同業ではなく周辺業種や異業種を買収したほうがいいと思います。
いろんな方法があります。どんな方法でもお手伝いできます。でも、どれが一番いい方法かは、M&Aで“ いつまでに何を達成したいのか ”次第なんです。そこが決まらなければ、提案しても意味がないのでは。」

息子に継がせるために…

「息子が1年前に戻ってきてくれているんだ。5年後を目処に、会社を成長軌道に乗せて渡してやりたい。
それができれば、どういう形(どういう会社)でも構わない。」
社長がやっと本音を吐露してくれた瞬間でした。
「だったら、もっといろんな方法も考えられます。社長がこのまま社長を続けて、息子さんに社長を引き継ぐことを条件にして、大手企業と手を組むことやファンドにサポートしてもらうこともできます。
でも、まずは買収から考えましょう。」
社長との面談が終了したときには、約2時間が経過していました。

社長から息子へ、“成長”をどう引き継ぐか

成長戦略型M&Aとは

中堅中小企業においては「事業承継問題を解決する手段」として浸透してきたM&Aですが、人口の減少や産業構造の変革などから自社単独での成長が難しくなっている昨今では、「成長を維持・加速する手段」として多くの企業が活用するようになってきました。
事実、10年前に比べて、中堅中小企業のM&Aは1.6倍にもなっているというデータもあります。
事業承継のためにM&Aを考えるときには、「譲渡」という選択肢しかありません。
しかし、企業の成長のためにM&Aを考えるときには、「買収」も「譲渡」も選択肢です。どちらの選択肢のほうが成長できるのか?をきちんとシミュレートしてから、決断することがとても重要だと思います。

書籍『どこと組むかを考える成長戦略型M&A』

著者

竹内 直樹

竹内たけうち 直樹なおき

日本M&Aセンター 代表取締役社長

1978年生まれ。広島県出身。2007年日本M&Aセンターに入社。主に中堅・中小企業と上場企業に対して買収提案を担う部署の責任者として、上場後のブリッツスケール(爆発的成長)に貢献。譲受企業だけではなく譲渡企業の成長も実現する「成長戦略型M&A」を提唱し、日本経済におけるM&Aの普及・啓発に尽力。2018年から取締役となり、全社の戦略立案と実行を指揮して、連続的な業容拡大を実現。2024年4月より現職。日本M&Aセンターホールディングス取締役も兼務。著書に「どこと組むかを考える成長戦略型M&A」(プレジデント社)がある。

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