日本M&Aセンター

M&A

日本M&Aセンター

伝統を継承していくために会社成長を目指して活用したM&A
藤桂京伊株式会社 代表取締役 伊藤 彰悟 様

藤桂京伊株式会社 代表取締役 伊藤 彰悟 様

譲受け企業

藤桂京伊株式会社

  • 所在地:愛知県稲沢市
  • 業務内容:工総合酒類卸・販売業
  • 従業員数:193名

※2018年7月時点

愛知県を中心に東海地方で酒の専門店チェーン「酒ゃビック」109店舗を展開している藤桂京伊は、1854年(安政元年)初代・伊藤伊助氏が酒造業の「京伊酒造店」として創業した老舗企業。その後1969年(昭和44年)の株式会社化を機に現在の社名に。5代目社長の伊藤彰悟代表に自身の事業継承、自社の経営・M&A戦略について伺った。

(中)藤桂京伊株式会社 代表取締役 伊藤彰悟様(右)日本M&Aセンター 雨森 良治(左)日本M&Aセンター 南 耕一

(中)藤桂京伊株式会社 代表取締役 伊藤彰悟様(右)日本M&Aセンター 雨森 良治(左)日本M&Aセンター 南 耕一

下積みから開始、18年かけて社長に

日本M&Aセンター 雨森 会社に入社するまでの経緯をお聞かせください。

伊藤 関東の大学を卒業後、世界を見ておきたいと考え渡米、3年間留学しました。出来るだけ日本人の少ないところにと選んだのがコロラド州の大学でした。クルマが好きでしたので、板金や塗装の勉強をしていて家業とは違う世界でしたが、とにかく全てが刺激的であっという間の3年間でした。その後25 歳で帰国し、地場大手の食品卸の会社に入社、3年間の修行を経て家業に入ることになりました。今思えば親のお陰で貴重な体験をさせてもらったと感謝しています。

雨森 先代から長い時間をかけてじっくりと経営を引き継ぐことになりました。

伊藤 入社してからわかったのですが、家業に見えていた我が社は既に”事業”となっていて、継ぐことを考えると身の引き締まる思いがしました。これは本気で取り組まなければまずいと。幸い、先代(4代目・伊藤誠朗氏)の強力なリーダーシップのおかげで会社が大きくなったわけですから、受け継いだ私もしっかり拡大させていかねばと感じました。入社してすぐは現場での勤務を希望、肩書きもナシで一般の社員と同じ処遇を希望しました。何も経験がないのに親族というだけでいきなり肩書きがつくのはおかしいと思ったからです。
現場から、仕事のやり方、会話の仕方、お客様や取引先への対応、考え方・目線を学びました。今でも当時の経験は経営判断をするうえでとても役に立っています。

雨森 先代との関係はいかがでしたか。

伊藤 社長になるまでの18年間先代とともに経営の道を併走してきたわけですが、最初の頃は偉そうに噛み付いて、反発心が旺盛でした。当時副社長の叔父に喧嘩の仲裁によく入ってもらっていました。今となっては先代が思うこと・辛かったことなどが身にしみてわかるようになり、目指すところは一緒だけど、そこにいくまでの手法は人それぞれ、尊重しないといけないのだなと悟れるようになりました。

稲沢市の実家には江戸時代からの酒蔵が今もあります。この酒蔵に対する先代の思い入れが強く、長く残せるよう耐震補強もしていて、出来れば酒造りを復活させたいようなのですが、酒造りの進化や環境の変化を考えると、素人が手を出しても経営するには難しく、今のところは本業の小売に経営資源を集中させています。勿論いつか先代の夢を叶えたいとの思いは持っていますよ。

事業・人材の成長を見据えたM&A

伊藤 お酒を扱うには業態毎に免許規制があり、今でも卸売・製造は取りづらく希少性のあるものですが、小売は実質ほぼ自由化となりました。小売業界の競争は年々激しさを増しています。当社の競合は、同業のみならずスーパーやドラッグストアになっていて、今ではそれぞれの業態の違いや垣根がほぼなくなっております。変化の激しい業界ですから、”昔ながらの”といった手法は通用せず、「水のような柔軟性」が必要です。決して流れに逆らってはいけません。一方で方針の軸というか根っこはしっかりしていないと、ただただ流されて長く生き残ることはできないでしょう。

雨森 そんな厳しい環境の中、M&Aによる譲受けを検討するようになりました。

伊藤 スーパーやドラッグストアを交えた価格競争も厳しく「利幅の確保」とともに「業容の拡大」が喫緊の経営課題でした。本業の店舗数の拡大は自前でやるとしても、他業種を横展開で拡大していくには自前で一からは難しいと感じていました。そこで、同じ東海エリアにある隣接業種をM&Aによって取り込もうとの方針に行き着きました。正直M&Aで出てくる案件は業績が厳しく赤字の会社が多いのだろうと思っていましたが、日本M&Aセンターに紹介してもらった1社目の案件は同じ愛知県内の人気スーパーでした。店舗自体の知名度や坪単価売上が高くそれだけでも魅力でしたが、主に次のことを期待し、譲受けを決断しました。
(1)これから強化しようと考えていた食料品の世界で取り扱い商材がすぐに拡大できること(2)価格面で競争力のある仕入れノウハウが身につくことで、グループ全体に良い影響を与えられるまた、本件により社内の幹部人材を派遣し、経営者の立場に身を置くことで経営人材を育てることが出来るという点もM&Aを行ううえで、大変意義のあることだと考えました。

雨森 隣接業種のグループ化を果たし、次は本業の強化でM&Aを検討することになりました。

伊藤 1社目を譲受けした後はどこから聞きつけたのかいろいろなところからM&A案件を提案されるようになりました。ただ、特に明確に次の戦略を描いていたわけではなく、その都度案件ベースで検討しようくらいのスタンスで、それほど積極的には2社目を追っていませんでした。しかし、本業の酒専門店としては国内の店舗空白地域に出店して面を拡げたい、いずれは大きな市場である関東へ進出していきたい、との思いはありました。そんな中、新潟の同業者(酒類販売・卸)を提案されたときに、遠隔地であり管理が難しいとの理由でネガティブな反応の幹部もいましたが、私にはうまくいくとの直感がありました。
頭の中を整理したときに、(1)中部エリアで拡大できる(2)いずれ関東へ進出することを考えれば、東京起点の新潟は便利であること(3)何より米どころ新潟の地元でしか出回らないお酒が扱えることなどと前向きに考えることが出来たので検討を進めていくことにしました。結果、本件でも幹部人材を送り込み、経営人材を育てていく体制が出来ました。

伝統を継承していくためには人材の育成が必要不可欠

雨森 経営人材の育成は重要ですね。それでは最後にM&A・事業承継を検討している経営者の方へ一言お願いします。

日本M&Aセンター 雨森 良治

日本M&Aセンター 雨森 良治

伊藤 当社の使命は、『酒文化を広めること』、経営方針は『社内外のコミュニケーションとコラボレーションを大事にする』としており、この軸は大事に守っていきたいと考えております。三代目(伊藤圭一氏)の言葉に「事業はやる以上続けなければならない」があります。私自身も、自社の次の後継者のことを既に考えていて世襲がよいのか・第三者がよいのか近い将来方向性を決めなければなりません。きちんと後継者を決めて早くから育ててあげることが代表者の経営上の最大の責任ではないでしょうか。また、M&Aで会社を引き受けるなら、あらかじめ幹部候補を選定して育成しておくことも重要だと思います。

人材なくして事業を拡大するのは難しいですからね。継続しながら拡大していく、幸い私はまだ経営者としては若いほうなのでチャレンジしていきたいと思います。これまで続けてきた伝統を更によい形で承継していけるよう、しっかり企業価値を高めて次につなげていく、そのひとつの戦略としてM&Aにチャレンジしてみる、というのもこれから必要に なってくるのではないでしょうか。

広報誌「next」 vol.11
next vol.11

M&A成功インタビューは、
日本M&Aセンター広報誌「next vol.11」にも掲載されています。

広報誌「next」バックナンバー

同じ業種のインタビュー

成功事例

まずは無料で
ご相談ください。

「自分でもできる?」「従業員にどう言えば?」 そんな不安があるのは当たり前です。お気軽にご相談ください。