コラム

調剤薬局M&Aの現場から

瀬谷 祐介

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 部長

M&A全般
更新日:

⽬次

[表示]

譲渡できる地域薬局は限定的に

調剤薬局業界の再編は、1~2店舗の零細薬局から地域のトップクラスの薬局へと波及している。数年前から、県で10位程度までの薬局が大手企業へ事業を譲渡する動きが活発になっている。下記の表にもあるように2013年には10店舗クラス、2014年には20~50店舗クラスの地域薬局が全国展開する大手調剤薬局グループへ相次いで譲渡した。

一方で、零細規模の薬局はどうだろうか。もちろん1店舗でも優良な薬局であれば譲渡が可能であるが、日本M&Aセンターの2015年度成約実績を見ても、1店舗かつ売上高1億円以下の実績はゼロ件となった。現在は1店舗当たりの売上規模(処方箋枚数)が一定程度確保できないと、譲渡することが難しくなっている。

1店舗薬局の事情

ここで、2014年に1店舗薬局の譲渡を実現した事例を見てみよう。関東で創業20年超の調剤薬局を1店舗経営するオーナー経営者である。売上高は年間約3億円以上の優良薬局だ。

譲渡企業概要

地域:関東 売上高:3億円以上 オーナー年齢:60代前半 店舗数:1店舗 利益:5千万円以上 譲渡理由:先行き不安、地域医療の発展

業界の「先行き不安」は売り手企業の経営者がM&Aを決意する主な理由のひとつだ。本件の経営者も同じように、変動激しく先行きの不透明な業界状況と毎年行われる報酬改定への対応に疲弊し、M&Aによる企業譲渡を考え始めていた。以前から調剤薬局業界の再編については当然知っていて、興味を持って調べていたとのことだった。

オーナーいわく、「今の経営状態は良好だが、いつどうなるかは分からない。今後は在宅やかかりつけ薬剤師など、小規模薬局の経営は厳しくなってくる。そんな不安を漠然と抱えたまま経営していくことは非常に辛く、暗い海をボートで進んでいるような感じで心許ない。ひとつの経営手段としてM&Aは知っておきたい」。 今日の経営者に共通する所感であろう。

候補先の選定/トップ面談

非常に優良な薬局ということもあり、相手先を募るとすぐに候補先が現れ、トップ面談となった。候補先は中堅規模の調剤薬局で、MR出身の経営者である。経営者自らがドクターとの友好な関係を築いていた。面談においては、両社の設立の経緯に始まり、ドクターや従業員、譲渡後のオーナーの働き方やお互いの趣味に至るまで、一度も会話が途切れることがなかった。

1店舗薬局の場合の注意点-処方元ドクターとの関係-

1店舗経営の場合、処方元医院のドクターとの関係が一番の懸念点となる。長年二人三脚で地域医療に貢献してきたドクターと薬剤師のオーナーの関係は密接であることが多く、ドクターの理解なしにはM&Aは進まない。引継ぎがうまくいかないと、地域医療にも影響が出てしまう。この悩みは薬局の譲渡の際には避けて通れない悩みで、どの経営者も同じように不安に苛まれる。

実際にM&Aを行う際には、細かいことも含めてすべてを明確にしておかなくてはならない。ドクターから敷地を借りている、駐車場を共有している、看板やバスでの宣伝などを一緒に行っている、など共同で経営を行っているケースも多い。こういった一つ一つの細かいやり取りについて、譲渡した後どうなるのかの明確な答えを用意し、M&A後ドクターを不安にさせないように準備しなければならない。

1店舗薬局の場合の注意点-情報開示-

薬局のM&Aの事実を知らされたときに怒ってしまうドクターもいまだにいる。こうした理解不足からの誤解を生んでしまわないよう、日本M&Aセンターでは、ドクターに話しておく内容や、開示の際にお渡しする手紙、相手企業との顔合わせの流れなど、事前にドクターとの関係や状況に応じて個別に準備をする。

また早い段階から、「そろそろ引退しなければならないこと」「大手と提携しなければ薬剤師の採用や仕入れの面で経営が難しくなること」など、自分自身や調剤薬局経営を取り巻く環境について、ドクターと意見を交わしておくことも重要だ。 これまでに200店舗以上の地域薬局の譲渡をお手伝いしてきたが、「オーナーが一定期間残って今まで通りの経営をしていくので安心してください」とドクターに伝えると、安心してもらえるケースが多い。

本件の場合も、実は譲渡後のドクターと薬局の関係に不和が生じないかが不安なために、オーナーが譲渡を決めあぐねていた時期があった、と後日判明した。オーナーは薬局が譲渡後も今まで通り存続することを何より望む。具体的な承継方法を示すことで両者ともに安心し、決断できるのだ。

近年の地域大手のM&A

近年の地域大手のM&A

M&A開示当日

本件の関係者への開示は、全て1日で終わらせる段取りとなった。開局前にドクターを訪問、経緯を説明し、すぐに譲受け企業の代表者を紹介した。ドクターの『良い相手が見つかって良かったね。これからも頼むよ』という一言で何ともあっさりとドクターへの開示は終了した。その後は従業員や不動産の家主、卸会社などへ順次開示をしていき、無事に全関係者への開示を終えることができた。

「あれだけ不安だった開示がこんなに何もなく終わるとは拍子抜けだった」とオーナーは振り返っていたが、この日のためにオーナーがあらゆる準備をしてきたからこそ万事うまく進んだのだということは、M&Aアドバイザーの目から見れば明らかだ。

決断を迫られる中堅薬局

上記の例では比較的売上高が大きい優良薬局であることから早くお相手が見つかったが、総じて1店舗薬局のM&A件数が減った理由は、1億円以下の売上高かつ1店舗薬局を買う薬局が少なくなったからに他ならない。大手グループは中堅規模の薬局の譲受けに奔走し、中堅薬局自体は大手グループへ譲渡する動向を追う動きに目を奪われている。その結果、中堅薬局の多くがM&Aに対する態度を保留し、譲受け側として積極的に小規模薬局を買収していく、という姿勢を見せるプレーヤーが少ないのは確かだ。しかし、将来大手傘下入りを目指すとしても、1億円以下の中小薬局を譲受けることでドミナント展開を行い、地域で一定のシェア拡大を図っておくことは一つの企業価値の向上手段といえる。

中堅薬局は、「いつ」大手グループに譲渡するか、「どのくらいの」中小薬局を譲受けてシェア拡大を図るか、そのどちらの戦略をとるのか、という決断を「今」迫られている。

2015年度の日本M&Aセンターの調剤薬局成約実績の一例

2015年度の日本M&Aセンターの調剤薬局成約実績の一例

総括

最後に、調剤薬局のM&Aにおいて、M&A後にどのように存続していくのかをまとめた。

  • 従業員の待遇は基本的には変わらず、そのまま継続雇用される
  • 譲渡オーナーの約半数は、譲渡した企業でそのまま働いている
  • 薬局名や薬局の看板を変えずに経営を続ける譲受け企業も多い
  • M&Aにより薬剤師を安定して確保できるようになる

業界の中で自身の薬局がどのポジションにいるのかを把握し、M&Aに対する理解を深めることが、業界再編の波を乗り切るための第1歩となる。

広報誌「Future」 vol.11

Future vol.11

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.11」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

瀬谷 祐介

瀬谷せや 祐介ゆうすけ

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 部長

外資系金融機関を経て、日本M&Aセンターに入社。業界再編部の立ち上げメンバーであり、2012年から、調剤薬局業界・IT業界を中心に、中小零細企業から、上場企業まで数多くの友好的なM&A、事業承継を実現している。これまで主担当として70件以上を成約に導いており、国内有数のM&Aプレイヤーの1人である。顧客満足度評価は、日本M&Aセンターのコンサルタント約500名中1位。

この記事に関連するタグ

「広報誌・調剤薬局・業界再編」に関連するコラム

業界再編と企業戦略

M&A全般
業界再編と企業戦略

Futurevol.4「業界再編スタート」において、「業界再編と企業戦略」と題して、(1)業界再編の背景・理由、(2)業界再編のメカニズム、(3)業界再編の対処、という3つの論点に関して考察を行った。それぞれを簡単に振り返ると、(1)においてはハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱する「5つの力」のフレームワークを用いることで、業界構造の変化が要因となって再編が起きていることを示した(図1参

経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

M&A全般
経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

調剤報酬マイナス見通しで成熟期に突入した調剤薬局市場日本薬剤師会によると2014年度(2014年3月~2015年2月)の調剤点数は681,205,423千点、金額ベースで6兆8,120億5,423万円となった。前年比2.3%という伸び率は、過去最低の伸び率を記録した2012年度に次ぐ低い伸び率に留まった。また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価、処方箋受取率(分業率)の伸び率も鈍化しており、市場は完

<特別インタビュー>トップに聞く調剤薬局業界大手4社の戦略

M&A全般
<特別インタビュー>トップに聞く調剤薬局業界大手4社の戦略

株式会社メディカルシステムネットワーク専務取締役田中義寛氏日本調剤株式会社常務取締役三津原庸介氏阪神調剤ホールディング株式会社専務取締役岩崎裕昭氏株式会社アビメディカル代表取締役保田裕司氏※役職名はインタビュー当時のもの2016年4月に厚生労働省より診療報酬改定が発表された。今回の報酬改定では、「患者本位の医薬分業」の実現のため、患者の薬物療法の安全性や有効性の向上、ならびに医療費の適正化のため、

業界再編を起因とするM&A

M&A全般
業界再編を起因とするM&A

業界再編とは、「業界全体を考える優良企業が集まって業界構造を変え、新しいビジネスに挑戦すること」である。「一国一城の主」である創業オーナー経営者は、自力での成長を考えることが多い。経営者が、自社の企業がどう成長すべきか、どう利益を出していくのか考えるのは当然だ。しかしながら、再編を主導する経営者は独自の考えを持ち、個人や一企業の利益のためだけでなく、業界の行く末を見据え業界全体をより良くするという

調剤薬局業界再編の今

M&A全般
調剤薬局業界再編の今

調剤薬局業界の成約件数は倍増2013年4月より、調剤薬局業界特化のM&Aプロジェクトチームの責任者を拝命した。その後わずか1年弱の間に株式会社メディカルシステムネットワークと株式会社トータル・メディカルサービスの経営統合案件を含め、10件のM&A成約を支援させて頂いた。第1線のM&A担当者として、本業界にて再編が急速に加速していることを肌でひしひしと感じている。地場でトップクラスの調剤薬局が譲渡へ

成熟化を背景に新たな再編期に入った調剤薬局市場

M&A全般
成熟化を背景に新たな再編期に入った調剤薬局市場

成長市場から成熟市場へ日本薬剤師会によると2012年度(2012年3月-2013年2月)の調剤点数は630,576,653千点、金額ベースで6兆3,057億6,653万円となった。前年比1.7%という伸び率は過去5年間で最低の数値であり、また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価の伸び率も鈍化しており、ここへきて市場の成熟化が急速に進んだと言える。2014年度の調剤報酬改定も楽観できる状況になく、薬価

「広報誌・調剤薬局・業界再編」に関連する学ぶコンテンツ

「広報誌・調剤薬局・業界再編」に関連するM&Aニュース

地域ヘルスケア連携基盤、調剤薬局運営のエムエム薬局・エムアペックス・ももたろう薬局の株式取得

株式会社地域ヘルスケア連携基盤(東京都千代田区、以下「CHCP」)は、グループ会社を通じて、調剤薬局4店舗を運営する有限会社エムエム薬局、有限会社エムアペックス、有限会社ももたろう薬局(岡山県岡山市)の株式を取得した。株式取得の背景現在、日本の医療・介護費は約55兆円と日本のGDPの10%の規模に達しており、今後も高齢化の進展に伴い増加が見込まれている。社会保障費の抑制はわが国喫緊の課題であり、医

地域ヘルスケア連携基盤、調剤薬局運営のメディカルケミストの株式を取得

株式会社地域ヘルスケア連携基盤(東京都千代田区、以下「CHCP」)は、グループ会社を通じて、調剤薬局10店舗を運営する株式会社メディカルケミスト(東京都大田区)の株式を取得した。株式取得の背景現在、日本の医療・介護費は約55兆円と日本のGDPの10%の規模に達しており、今後も高齢化の進展に伴い増加が見込まれている。社会保障費の抑制はわが国喫緊の課題であり、医療機関・調剤薬局・在宅系サービスの各領域

イオン、ツルハHD、ウエルシアHDと経営統合を目指し協議開始

株式会社ツルハホールディングス(3391)、イオン株式会社(8267)及びウエルシアホールディングス株式会社(3141)は、経営統合の協議を開始することに合意し、資本業務提携契約を締結することを決定した。ツルハグループ(ツルハHD並びにその連結子会社14社及び非連結子会社1社(2023年11月15日現在)で構成される企業グループを)は、医薬品や化粧品だけでなく、食品や日用雑貨等の多種多彩な商品を取

M&Aで失敗したくないなら、まずは日本M&Aセンターへ無料相談

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース