コラム

経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

生貫 彦三郎

株式会社矢野経済研究所ライフサイエンスグループ主席研究員

M&A全般
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調剤報酬マイナス見通しで成熟期に突入した調剤薬局市場

日本薬剤師会によると2014年度(2014年3月~2015年2月)の調剤点数は681,205,423千点、金額ベースで6兆8,120億5,423万円となった。前年比2.3%という伸び率は、過去最低の伸び率を記録した2012年度に次ぐ低い伸び率に留まった。また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価、処方箋受取率(分業率)の伸び率も鈍化しており、市場は完全に成熟期に突入したと言える。

2016年度の調剤報酬改定では、かかりつけ薬剤師指導料およびかかりつけ薬剤師包括管理料が新設されるなど、かかりつけ薬剤師制度が明確に打ち出されたほか、調剤基本料の改定をはじめ門前薬局には厳しい内容となった。1請求薬局当たりの処方箋枚数は微減傾向、処方箋1枚当たりの金額も伸び率が鈍化しており、処方箋に占める調剤技術料および薬学管理料比率は低下傾向にある。

加えて、異業態・異業種企業の参入、ドラッグストアの調剤事業強化など、競争状況は一段と厳しさを増している。調剤薬局における収益確保は一段と厳しい状況となっており、調剤薬局業界全体としては低成長時代に突入している。

調剤点数、処方箋単価の推移

調剤点数、処方箋単価の推移

大手調剤薬局チェーンは店舗数拡大へM&Aを活発化

調剤報酬改定や薬価改定、処方箋枚数の伸び悩みなどのマイナス要因はあるものの、大手調剤薬局チェーンは安定的に業績を拡大している。引き続き、各社とも事業規模の拡大を図るとともに、出店地域の拡大を目指した動きを強化している。店舗数の拡大による売上規模の拡大、処方箋枚数の増加を目的に、各社とも積極的な出店展開を図っているほか、M&Aも活発化している。

市場の成熟化が進展する中で、調剤薬局店舗数は増加を続けており、競争状況は激しさを増している。出店数の拡大、人材の確保と教育研修の拡充を図るためには、さらなる企業規模の拡大が不可欠である。こうした観点から、調剤薬局業界の再編が本格化かつ迅速化するものと見込まれる。医療業界では医薬品卸の業界再編がいち早く進み、次いで製薬企業やドラッグストアの再編が進展しつつある。全般的な医療費抑制の流れの中で、調剤薬局業界が再編期に突入するのも必然である。

これまでのM&Aは、大手チェーンによる中小チェーンの買収や中小薬局の営業権譲受けが中心であったが、今後は中堅チェーンのM&Aや中堅チェーン同士の統合などの可能性が高まると予測される。とくに、地域中堅チェーンがM&A対象の中心として注目される。これまでは医薬分業の進展を背景に比較的順調に成長を遂げてきたものの、環境が変化する中で規模が大きくなったがゆえに経営の維持が困難となる企業も出て来るだろう。さらに、調剤薬局チェーンはオーナー企業が多く、継承の時期を迎えた企業も多い。後継者問題などの課題も重なれば、売却に踏み切る企業が増加するものと見込まれる。

主要調剤薬局チェーンの新規出店数(調剤薬局)推移

主要調剤薬局チェーンの新規出店数(調剤薬局)推移

薬剤師不足と後継者問題を背景に中堅チェーンや中小薬局の売却案件が増加見込み

消費税率の引き上げと薬価改定は医療機関の院外処方箋発行を加速化すると同時に、調剤薬局の収益にも大きな影響を及ぼすと見込まれ、調剤薬局業界再編の呼び水となる可能性も高い。消費税率10%への引き上げは延期されたものの、調剤報酬改定と薬価改定により、とくに中小調剤薬局の収益性は低下している。さらに、経営持続の鍵となる薬剤師確保の厳しさが継続している。薬剤師国家試験の低合格率を反映して、とくに中小調剤薬局では新卒者の採用が難しくなっている。これを補うため、中途採用や人材派遣などを活用した場合は経費が増加する要因となる。厚生労働省が2015年10月に公表した「患者のための薬局ビジョン」に明記された24時間体制や在宅業務などに対応するためには薬剤師確保が不可欠である。

こうした薬剤師不足と後継者問題を背景に、中堅チェーンや中小薬局の売却案件が増加すると見込まれる。また、これまで大量出店を継続することで売上規模の拡大を達成してきた大手企業は、分業率の上昇に伴う新規出店案件の減少により大量出店の継続が難しくなっている。激動期を迎えると見られる今後の調剤薬局業界で、持続的成長を図るとともに主導権を握るためには、一定以上の規模が必要とされる。そこで、これまで以上にM&Aに対して積極的に取り組むほか、これまではM&Aには積極的ではなかった企業も、今後はM&Aに積極的に取り組む姿勢を示す例も増加している。調剤薬局業界の市場規模を6兆8,120億円(調剤金額)とした場合、トップのアインホールディングスでもシェアは2.4%に過ぎない。経営の安定化と事業規模拡大に向けて大手企業はシェアの拡大に注力しており、M&Aが本格化すると見込まれる。

主要調剤薬局チェーンの店舗数(調剤薬局)推移

主要調剤薬局チェーンの店舗数(調剤薬局)推移

広報誌「Future」 vol.11

Future vol.11

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.11」に掲載されています。

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著者

生貫 彦三郎

生貫うぶぬき 彦三郎ひこさぶろう

株式会社矢野経済研究所ライフサイエンスグループ主席研究員

【会社概要】事業所:東京、名古屋、大阪、上海、ソウル、台北産業別に編成されたプロフェッショナル・チームが顧客のマーケティング活動をサポート。日本、中国、韓国に加えてアセアン、インドにおける調査ネットワークを構築、アジア全域において市場調査活動を展開するとともに販路開拓や業務提携支援等のビジネス・ソリューションを提供。

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