コラム

ITソフトウェア業界 第2次業界再編時代の幕開け

瀬谷 祐介

株式会社日本M&Aセンター/業界再編部 部長

M&A全般
更新日:

⽬次

[表示]

「新たな価値創造」を目指す企業にとって、ITソフトウェア業界のもてる人材・ノウハウ・技術・知財などは、まさにM&Aで獲得すべき「リソースの宝庫」だ。その業界の担当者として、近年の当該業界のM&A動向を概観してみる。

2014年のITソフトウェア業界M&A件数は全業種中最多の514件

ITソフトウェア業界のM&A件数は、2014年に514件と過去最高となった(図1)。国内全40業種分類の中で最も多い件数である。2015年においても7月末までに314件と、昨年を上回るペースでM&Aが成立している。過去の推移を見ると2006年をピークに減少し、金融危機を経た後2010年を底に反転し現在まで上昇が続いている。この背景にあるのは、(1)好調な業界環境、(2)技術者不足、(3)ビジネスモデルの変化である。

図1 ITソフトウェア業界M&A件数

図1 ITソフトウェア業界M&A件数

まず、(1)好調な業界環境についてであるが、IT業界の足元においては、みずほ銀行のシステム投資やマイナンバー制に伴う開発案件等、2016年頃まで大型のシステム開発案件が目白押しとなっている(図2)。長引く不景気で手控えられてきた企業のIT投資が活発化、ITソフトウェア企業の多くが増収増益となり、その結果引き起こされているのが、(2)技術者不足の問題だ。

図2 現在進行中及び予定の大型システム開発案件例

図2 現在進行中及び予定の大型システム開発案件例

「IT人材白書2015」によると、IT人材の「量」に対する過不足感は、「大幅に不足している」と「やや不足している」を合計した割合は87.4%とリーマンショック前の水準まで戻っている(図3)。前述の通り、今は足元の経営環境は非常に良く、人材さえいれば収益拡大を見込めることから、人材確保目的でのM&Aニーズが以前にも増して強くなっている。

図3 IT人材の「量」に対する過不足感

図3 IT人材の「量」に対する過不足感

一方、旧来型のシステム開発案件特需で業界が潤う中、(3)ビジネスモデル自体が変化してきていることも見逃せない。クラウド化やIoT技術の進歩により、システムは「所有」するものから、「利用」するものへと大きく変わりつつある。この環境変化を先取りし、いち早くビジネス化を目論む企業群は、自社にはない技術や機能を持つ他社と、戦略的に資本提携する事例が顕著に増加している。

大型案件の特需も2016年末頃には一巡すると見られている。足元の経営環境が良い今のうちに、新たなサービス、価値創造を実現するための経営戦略として、M&Aが選択されているとみる。

「多重下請け構造」是正に向け今後もM&Aによる再編は不可避

ここ数年ITソフトウェア業界でM&Aが急増している背景を述べてきたが、この流れは今後も続くものと予想されている。その理由の一つが「多重下請け構造」是正への国の取り組みだ。

ユーザー企業が自社のシステム構築をする場合、元請け企業に発注するが、元請けは企業は、開発するシステムの規模や技術レベルの違いなどに応じて、下請け企業に再発注する。いわば建設業界と同様に、ITソフトウェア業界においても、元請企業を頂点に、二次請け、三次請けといったピラミッド構造を形成している(図4)。これが「多重下請け構造」だ。

図4 ITソフトウェア業界にみられるピラミッド構造

図4 ITソフトウェア業界にみられるピラミッド構造

元請け企業と二次請け企業、三次請け企業のそれぞれの階層間で、契約上立場の弱い下請け企業の利幅が圧縮され、その結果大きな給与格差が生じる構図になっている。

さらに多重下請け構造の弊害として、情報リスク管理の不徹底・偽装請負の問題や、階層下位企業では人月単位で売上が決まるため高付加価値の提案がしにくい、下請けの技術者が付加価値の低い領域に固定されてしまう、といったことがあげられる。

こうした多重下請け構造を是正すべく、国は法律・指針の整備を進めており、外注を利用した取引は適正化される流れになっている。結果、二次請け以下の企業において、単独で付加価値を生み出せない企業は、今のうちに将来を展望できる他社と戦略的な提携を検討すべきと考える。ここでは詳細な説明は省くが、本年予定されている派遣法の改正もこの再編の流れに拍車をかけることになりそうだ。

ITソフトウェア業界の更なる発展のためには異業種との提携などビジネスモデル変革の必要性

これまでユーザー企業のIT 投資は、業務の効率化やコスト削減を目的としたが、今後はビジネスモデルを変革し、新たな価値創造や競争力の強化を成し遂げ、稼ぐ基盤をつくることを目的とする投資へとシフトしていくことになる。

その中にあってITソフトウェア企業は、ユーザー企業とこれまで以上に深い繋がりを持ち、戦略的パートナーとして全く新しい事業を創出するという意識と覚悟が必要である。既存ビジネスの延長線上のアプローチではなく、異業種も含めた様々な企業間連携、積極的なM&Aによる外部リソースの取り込みといったダイナミックかつスピーディーな企業活動が必要となる。それが結果的に業界の更なる発展に繋がっていくと考える。

広報誌「Future」 vol.9

Future vol.9

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.9」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

瀬谷 祐介

瀬谷せや 祐介ゆうすけ

株式会社日本M&Aセンター/業界再編部 部長

外資系金融機関を経て、日本M&Aセンターに入社。業界再編部の立ち上げメンバーであり、2012年から、調剤薬局業界・IT業界を中心に、中小零細企業から、上場企業まで数多くの友好的なM&A、事業承継を実現している。これまで主担当として70件以上を成約に導いており、国内有数のM&Aプレイヤーの1人である。顧客満足度評価は、日本M&Aセンターのコンサルタント約500名中1位。

この記事に関連するタグ

「広報誌・業界再編・企業評価」に関連するコラム

<特別インタビュー>M&Aによって成長し続け、グローバルトップクラス企業を目指す

M&A全般
<特別インタビュー>M&Aによって成長し続け、グローバルトップクラス企業を目指す

株式会社アウトソーシング(東証1部2427)は、1997年創業、メーカーの生産性向上のためのアウトソーシング事業を行い、国内外にグループ会社58社、連結社員数が25,606人(2015年9月30日現在)という規模に成長している。急成長を遂げているアウトソーシング社の戦略やROE向上に向けた取り組みを、同社が積極的に推進するM&Aの中心的人物である、専務取締役茂手木雅樹様に伺った。国内は高付加価値追

M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

企業評価
M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

売り手と買い手双方が納得できる適正価格未上場会社のM&Aは活況を呈しており、マーケットが形成されつつある。そんな中、一層のM&Aの普及に関しては、M&Aにおける取引価格決定の透明化・円滑化が大きな課題のひとつとなっている。一般的に“価格”と“価値”は異なると言われている。日本公認会計士協会が公表している企業価値評価ガイドラインによると、「価格とは、売り手と買い手の間で決定された値段である。それに対

調剤薬局M&Aの現場から

M&A全般
調剤薬局M&Aの現場から

譲渡できる地域薬局は限定的に調剤薬局業界の再編は、1~2店舗の零細薬局から地域のトップクラスの薬局へと波及している。数年前から、県で10位程度までの薬局が大手企業へ事業を譲渡する動きが活発になっている。下記の表にもあるように2013年には10店舗クラス、2014年には20~50店舗クラスの地域薬局が全国展開する大手調剤薬局グループへ相次いで譲渡した。一方で、零細規模の薬局はどうだろうか。もちろん1

業界再編と企業戦略

M&A全般
業界再編と企業戦略

Futurevol.4「業界再編スタート」において、「業界再編と企業戦略」と題して、(1)業界再編の背景・理由、(2)業界再編のメカニズム、(3)業界再編の対処、という3つの論点に関して考察を行った。それぞれを簡単に振り返ると、(1)においてはハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱する「5つの力」のフレームワークを用いることで、業界構造の変化が要因となって再編が起きていることを示した(図1参

経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

M&A全般
経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

調剤報酬マイナス見通しで成熟期に突入した調剤薬局市場日本薬剤師会によると2014年度(2014年3月~2015年2月)の調剤点数は681,205,423千点、金額ベースで6兆8,120億5,423万円となった。前年比2.3%という伸び率は、過去最低の伸び率を記録した2012年度に次ぐ低い伸び率に留まった。また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価、処方箋受取率(分業率)の伸び率も鈍化しており、市場は完

<特別インタビュー>トップに聞く調剤薬局業界大手4社の戦略

M&A全般
<特別インタビュー>トップに聞く調剤薬局業界大手4社の戦略

株式会社メディカルシステムネットワーク専務取締役田中義寛氏日本調剤株式会社常務取締役三津原庸介氏阪神調剤ホールディング株式会社専務取締役岩崎裕昭氏株式会社アビメディカル代表取締役保田裕司氏※役職名はインタビュー当時のもの2016年4月に厚生労働省より診療報酬改定が発表された。今回の報酬改定では、「患者本位の医薬分業」の実現のため、患者の薬物療法の安全性や有効性の向上、ならびに医療費の適正化のため、

「広報誌・業界再編・企業評価」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aで失敗したくないなら、まずは日本M&Aセンターへ無料相談

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース