コラム

M&Aにおける株式交換活用のメリットと法的規制のポイント

江端 重信

三宅坂総合法律事務所弁護士

M&A法務
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株式交換の仕組み

株式交換とは、既存の会社間において100%親子関係を構築する組織再編手法であり、100%子会社(完全子会社)となる会社の発行済株式の全部を100%親会社(完全親会社)となる会社に取得させる行為をいう。すなわち、株式交換により、完全子会社となる会社の株主が有する全ての株式が完全親会社となる会社に移転し、それと引換えに、当該株主には完全親会社となる会社の株式等の財産が交付されることになる(図1)。

図1:株式交換

図1:株式交換

株式交換は、

  • M&A(買収会社による買収対象会社の完全子会社化、売手において株式交換により買収対象会社を完全子会社化した上での買収対象会社株式の買手への譲渡)
  • グループ内再編(既存子会社の完全子会社化)
  • スクイーズアウト(買収対象会社の少数株主からの株式取得による買収対象会社の完全子会社化)

の手段として利用される。

M&Aにおける株式交換の活用場面

株式交換においては買収対価として買収会社の株式を用いることができるため、株式交換のメリットの1つとして、キャッシュを用いずにM&Aを行うことができるという点がある。もっとも、買収対象会社のオーナー経営者にとっては、株式交換の対価が株式である場合には、当該株式の流動性の面で早期のキャッシュ獲得を実現できない可能性や株価下落リスクがあるため、一定数の株式譲渡(によるキャッシュの獲得)と併せて株式交換を行うケースもある。

買収会社の株式を株式交換の対価とする場合、買収会社は、新株を発行して対価に充てることもできるが、新株を発行せずに自社株(金庫株)を利用することもできる。上場企業の抱える自社株は総額16兆円規模、筆頭株主が自社である上場企業は300社超とも言われており、このような金庫株の活用策の1つとして、株式交換を利用することも検討に値する。また、買収会社の株式ではなく、買収会社の親会社の株式を株式交換の対価とすることもできる(このような株式交換を「三角株式交換」という。図2)。

図2 三角株式交換

図2 三角株式交換

ただし、買収会社の株式や買収会社の親会社の株式を株式交換の対価とする場合には、買収会社にとっては、完全子会社となる会社の株主が株式交換により自社や自社の親会社の株主となるため、それが資本政策の観点から妥当なのかという点の検討は別途必要となる。

株式交換に関する法的規制のポイント

以下では、株式交換による買収を進めるにあたって企業の実務担当者が最低限押さえておくべき主な法的規制のポイントを、紙幅の許す範囲で概説する。

【会社法】

原則として、株主総会決議(特別決議)、株主保護手続(株主に対する通知又は公告)、事前・事後開示手続(法定書類の作成・備置)が必要となる。ただし、株式交換の対価が買収会社の純資産額の20%以下の場合は、買収 会社における株主総会決議は原則不要である(簡易株式交換)。また、株式交換の当事会社の一方が他方(従属会社)の議決権の90%以上を保有する場合は、従属会社における株主総会決議は原則不要である(略式株式交換)。これらに該当する場合には、取締役会決議による機動的な株式交換の実行が可能となる。

なお、他の組織再編手法においては必要とされることの多い債権者保護手続(債権者に対する公告・個別催告)は、限られた場合(株式交換の対価のうち5%以上が買収会社株式以外の財産である場合、買収対象会社の新株予約権付社債権者に買収会社の新株予約権を交付する場合)を除き、不要とされている。

【金融商品取引法】

一定の場合には、金商法上の開示規制(臨時報告書、有価証券届出書・有価証券通知書等の提出)やインサイダー取引規制の対象となる。

【独占禁止法】

買収会社の企業結合集団の国内売上高合計額が200億円超で、買収対象会社及びその子会社の国内売上高合計額が50億円超の場合には、原則として公正取引委員会に対する事前届出が必要となり、届出受理から原則30日間の待機期間中は株式交換を実行することができない。また、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる株式交換は禁止されている。

【東証等の金融商品取引所規則】

上場企業が株式交換の機関決定を行った場合、適時開示が必要であり、上場企業が完全子会社となる場合など一定の場合には、当該株式交換の公正性を担保するための措置や利益相反を回避するための措置の記載が必要となる。また、簡易株式交換に該当する場合を除き、算定機関作成の算定書の提出が義務づけられている。

【米国証券法】

買収対象会社における米国居住株主の株式保有比率が10%超の場合は、株式交換に際して発行する証券の米国証券取引委員会(SEC)への登録及びその後の継続開示が必要となる。SEC登録等には多大な事務的・金銭的負担が伴い、実務上、株式交換選択の大きな障害となるため、留意が必要である。

以上の各種手続を行うべき時期は法令・規則により定められている。管轄財務局や取引所等の関係諸機関への事前相談に要する期間も考慮の上、綿密なスケジューリングのもとに各種手続を適切に進めていく必要がある。

広報誌「Future」 vol.5

Future vol.5

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.5」に掲載されています。

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著者

江端 重信

江端えばた 重信しげのぶ

三宅坂総合法律事務所弁護士

2001年東京大学法学部卒業、2002年弁護士登録。三宅坂総合法律事務所パートナー。上場・非上場企業の会社法案件、M&A・グループ内再編案件、各種企業間紛争解決(M&A関連紛争を含む契約紛争、損害賠償、権利侵害差止、経営権紛争等)、事業再生案件を多数取り扱う。会社法、金商法、M&A等をテーマとするセミナー講師歴多数。 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

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