コラム

海外のM&Aにおいて税務・会計面での留意点

中野 陽介

株式会社AGSコンサルティング公認会計士

海外M&A
更新日:

⽬次

[表示]

はじめに

自動車や家電など資本財メーカーに加え、消費財メーカーやサービス業の日本企業によるアジア、特にASEAN5(インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア)へのM&Aによる進出が盛んだ。近年ではさらに、メコン経済圏(ミャンマー・カンボジア・ラオス)も注目を集めている。

数はまだ少ないが、メコン経済圏への日本企業の直接投資も始まっている。ユニチャームは、2013年3月、ミャンマーの紙おむつ最大手の発行済株式の98%を取得することを発表した。また、SBIグループがカンボジア最大手財閥と提携して証券事業に進出済みだ。

それではこのように新興国へ進出する際の、ビジネス上の考慮事項以外に、税務と会計の側面からその留意すべき事項を検討していきたい。

税務面

アジア諸国への海外進出を後押しする税制上のメリットに、低税率及び優遇税制が挙げられる。

アジア諸国の法人税実効税率は図1に示した通りであり、高税率の日本に比べ、アジア諸国は多くの国が20%台となっている。また、優遇税制については、アジア諸国は基本的に税制上の優遇措置により外資誘致を進めてきた経緯があり、近年は縮小傾向にあるものの、依然として多くの国が優遇税制を有している。主に特定の産業・業種に対する優遇税制と特定の地域に対する優遇税制に分けられ、適用税率の減免や加速度減価償却など、その内容は多岐に渡っている。

これらの低税率や優遇税制を利用することで連結実効税率を引き下げる効果をもたらしている。

さらに、日本国の税制においても、2009年に外国子会社配当益金不算入制度の導入、2010年にタックス・ヘイブン対策税制の見直し(トリガー税率25%から20%への引き下げ、統括会社への適用除外要件の緩和等)が行われ、これらも海外進出を後押ししている。

図1 アジア諸国の法人税実効税率(単位:%)

図1 アジア諸国の法人税実効税率(単位:%)

一方、海外進出にかかる税制上のリスクについても十分に認識しておく必要がある。まず、優遇税制の適用により租税負担割合が低下することで、日本のタックス・ヘイブン対策税制への抵触可能性があるため、適用除外要件を充足する必要があり、さらに適用除外要件を充足したとしても、一定の所得については合算課税の可能性がある。

また、近年アジア諸国では、税務当局による移転価格税制の課税が強化傾向にあり、多額の課税という重大な税務リスクに直面する可能性もある。税務調査に関連して、税法の規定が曖昧な場合もあるため、調査官の裁量の余地が大きく、課税根拠が薄いまま強引に課税処分が行われるケースも見られる。

以上のように、アジア諸国への海外進出においては、税制上のメリットのみならず、種々のリスクや現地税制、租税条約の適用についても十分に認識・検討する必要がある。

会計面

税制とは異なり、会計や財務の側面が直接的な動機になることは稀であろう。ただ、会計も税制と同様に、新興国ならではのリスクには留意が必要となる。

たしかに、アジア諸国の多くにおいては、国際会計基準(IFRS)の適用が上場企業に義務付けられる予定であり、また非上場企業を含む全企業に会計監査を要求している国もあるなど、制度面の整備は進行していると言える。しかしながら、買収時デュー・ディリジェンスや買収後において、その会計の質が問題となることが多い。これは、一般的には以下のような特性があるためと考えられる。

  • 国民性の相違(不正か否かの判断基準が日本人と異なる)
  • 格差の大きさ(不正による個人利益を正当化する背景)
  • 公務員の腐敗(賄賂やリベートが日常的で、腐敗認識指数が高い)
  • 内部統制やコンプライアンスへの意識の未発達
  • 裏帳簿が当たり前の意識(決算用、税務用、銀行用等々)
  • 上場企業はIFRS(に準ずる)基準を適用するが、非上場企業は自国基準を適用
  • 会計監査の質の低さ

これらは一般的な特性であり、必ずしもすべてのケースで該当するとは限らない。しかし、このような意識・背景のもとで作成された財務諸表や事業計画をもとにデュー・ディリジェンスやバリュエーションを行わざるを得ないリスクを予め理解したうえで、海外投資を検討すべきである。

また、買収後においても、ローカルスタッフとの言語の相違によるコミュニケーション不足や管理不足に乗じて不正が発生し、急遽管理を強化するため日本人社員が派遣される、といった事例も見られる。買収失敗のリスクを軽減するためには、買収対価の支払方法を工夫するのも一策である。例えば、支払を分割にすることや条件付き支払条件とすること(アーンアウト)もリスク管理の一助となる。

図2 海外進出のポイント

図2 海外進出のポイント

まとめ

以上、アジア諸国に進出する際の税務・会計の側面から留意点をまとめてきた。少子高齢化が進行する日本から、成長著しいアジア諸国へ成長をシフトさせることは事業戦略上不可欠となってきており、かつ税制にも魅力があるものの、税制や会計で足元をすくわれるケースがあるのも事実であり、進出時には十分に注意を払われたい。

広報誌「Future」 vol.2

Future vol.2

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.2」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

中野 陽介

中野なかの 陽介ようすけ

株式会社AGSコンサルティング公認会計士

【会社概要】株式会社AGSコンサルティング・AGS税理士法人事業内容:MS(マネジメント・サービス)事業、IPO支援事業、M&A事業、TA(企業再生支援)事業、IS事業(国際業務)、J-SOX関連サービス、会計及び税務顧問他

この記事に関連するタグ

「ASEAN・広報誌・M&A会計・M&A税務・海外M&A」に関連するコラム

海外M&Aでは現地特有の論点に注意 ~会計~

海外M&A
海外M&Aでは現地特有の論点に注意 ~会計~

海外M&AではM&Aの対象となりうる企業が海外に所在していることから、文化や言語、宗教にはじまり、準拠するルールや実務慣行等も日本とは異なります。すなわち、会社法や労働法、税法、会計基準、ビジネス慣習等の違いを把握したうえで、海外M&Aを検討する必要があります。そこで、今回は海外M&A、特にASEAN(東南アジア諸国連合)域内におけるM&Aを検討する上で注意すべき事項の一部を紹介したいと思います。

クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~

海外M&A
クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~

日本M&Aセンターのシンガポール・オフィスには、4人の現地スタッフ、4人の日本人スタッフの合計8名が常駐している。現在のスタッフ体制が確立したのは、およそ1年前。その中核となる二人のコンサルタント、ジョアンナとイーチェンが、日本オフィスに現状を伝えるべく、2019年7月に来日。シンガポールにおけるM&Aの最新情報をレポートする。(文中:J=ジョアンナ、Y=イーチェン|2019年7月時点)左:イーチ

シンガポール進出4年目を迎えて

海外M&A
シンガポール進出4年目を迎えて

日本M&Aセンターの初のASEAN海外拠点として、2016年4月にシンガポールに事務所を開設した。以来3年間の活動で得たシンガポールのM&A動向について記したい。ASEANにおけるM&A件数推移下の図を参照いただきたい。近年のアジアにおけるIn-Outの件数推移である。2018年はシンガポール企業の買収が53件と、最も多い。単年に限ったことではなく、ここ5年ほどはASEANのM&Aにおいて最も日本

ASEAN主要国(タイ、インドネシア、ベトナム)におけるM&Aの留意点

海外M&A
ASEAN主要国(タイ、インドネシア、ベトナム)におけるM&Aの留意点

今回は、ASEAN主要国における現地法人M&Aの留意点を概説する。本稿では、比較的数多くの実例がみられる非上場企業の買収を念頭に、株式・持分取得と外資規制上の主な留意点を以下に記載する。ASEAN諸国等における国外企業による資本提携など買収案件では、現地進出自体のビジネス上のフィージビリティの検討に加え、外資に対するライセンス等の規制、雇用法制・雇用慣行や税制面での検討が重要である。なお、以下の記

シンガポールからの考察:日本企業による東南アジアでのM&A

海外M&A
シンガポールからの考察:日本企業による東南アジアでのM&A

長らくシンガポールを拠点としてビジネスに携わり、縁あって日本のコンサルティング・ファームの一員となった。それらの経験等から、日本企業による東南アジアでのM&Aを考察したい。総論国際化時代を迎え、日本企業がグローバル競争に生き残り、事業を拡大していくためには、東南アジアにおけるM&Aが不可欠の戦略である。すでに日本企業は、東南アジアにおいて、金額ベースでは他国をしのいで最大の投資元となっている。ディ

アジアにおけるクロスボーダーM&A -失敗しないためのアプローチ-

海外M&A
アジアにおけるクロスボーダーM&A -失敗しないためのアプローチ-

アジアへの投資は衰えずアベノミクスにより日本国内景気が上向き、円安の進行が進んでいる。それにもかかわらず、日本企業の海外進出・投資は依然として衰えていない。シンガポールにおいて日本企業を支援している筆者からも、日本市場の縮小とアジア新興国の所得水準向上という長期的トレンドから、国内市場を主戦場としてきた企業でさえ、持続的な成長のために海外戦略を加速させている状況が見て取れる。アジア地区への日本から

「ASEAN・広報誌・M&A会計・M&A税務・海外M&A」に関連する学ぶコンテンツ

地域別にみる中小企業のM&A動向

地域別にみる中小企業のM&A動向

国内の421万企業のうち99.7%を占める中小企業。地域資源の活用、歴史的背景、立地特性など地域ごとにその特徴も様々です。本記事では、地域別に中小企業のM&A動向について迫ります。全国でM&A件数の圧倒的No.1は?中小企業M&Aの件数は経済活動の規模に比例します。下記の図1は当社におけるM&Aの実績と、「県別の経済活動の規模」を比較したものです。東京を例にとると、グラフ左端が東京の企業が譲渡もし

M&Aにおける税務。ポイントを分かりやすく解説

M&Aにおける税務。ポイントを分かりやすく解説

「M&Aに興味はあるけど、どんな税金が課されるのか知りたい」、「M&Aって多額の税金が課されそうで心配」など、M&Aによる税金に関して疑問や不安を抱えている方は多いのではないでしょうか。M&Aは、中堅・中小企業でも対価が大きくなる傾向があり、その実行時に課される税金も多額になることが想定されます。M&Aを行う際には、様々なコストがかかりますが、その中でもこの「税金」が一番のコストと言っても過言では

M&Aと会計。種類やスキーム、それぞれの特徴について分かりやすく解説

M&Aと会計。種類やスキーム、それぞれの特徴について分かりやすく解説

M&Aにおいて会計は非常に大きな役割を果たします。具体的には企業価値評価や財務分析といった場面であり、会計の知識がベースとなります。またM&Aによる会計上のインパクトを理解することも有用です。B/SやP/Lに与えるインパクトを考慮した結果、当初検討していたスキームを変更するといったことも十分にあり得ます。そのため会計を理解できれば、M&Aをより深く、広く理解することができるようになるといえます。本

「ASEAN・広報誌・M&A会計・M&A税務・海外M&A」に関連するM&Aニュース

セプテーニHD、韓国子会社の全株式をベクトル子会社に譲渡へ

株式会社セプテーニ・ホールディングス(4293)は、孫会社であるJNJINTERACTIVEINC.(韓国ソウル、以下JNJ)の発行済全株式を、株式会社ベクトル(6058)の子会社であるVectorComInc.(韓国ソウル、以下ベクトルコム)へ譲渡することを決定した。セプテーニ・ホールディングスは、インターネット広告事業を手がけるセプテーニグループの持株会社。JNJは、韓国におけるデジタルマーケ

味の素、米国の遺伝子治療薬企業を約828億円で買収

味の素株式会社(2802)は、連結子会社である味の素北米ホールディングス社(米国カリフォルニア州)を通じて、米国の遺伝子治療薬CDMOのForgeBiologicsHoldings,LLC(米国オハイオ州、以下Forge社)の全持分を約554百万米ドル(約828億円)で取得し、完全子会社化することを発表した。味の素は、調味料最大手企業としてアミノ酸技術で飼料・医薬などの多角化を行い、海外で家庭用食

M&Aで失敗したくないなら、まずは日本M&Aセンターへ無料相談

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース